その昔、実家には白黒のイングリッシュ・ポインターがいました
私が5歳の頃です
鉄砲打ちとして遅がけデビューした父が
いまさら子犬から調教できないため、友人からお婆ちゃん猟犬を譲り受けてきたのです
当時はポインターなんて珍しかったので
101匹わんちゃんの犬!と近所で有名になり(完全にダルメシアンと間違われていた)
毎日誰かが、ガレージ越しに見に来ていた記憶があります
私にとって初めて遭遇する「犬」という生き物でした
とっくに名前も忘れました・・・というか、結果、覚える暇もなかったのです
なぜなら
ウチにきてから1ヶ月後、キジ撃ちに出た父が1人で帰ってきたからです
父は、犬が集合場所を間違えたと言いましたが、母は
間違えたのは父で、あんな賢い子を山でロストさせるなんて信じられない、
今からもう一度探しに戻って!!と凄い剣幕だったのを憶えております
父は真っ暗のなか、再び車で40分の猟場まで探しに行ったようですが、
結局見つからず・・・
その後、2か月ほど経ったある日
父がまた、2匹の兄弟ビーグルを連れて帰ってきました
別の先輩猟師から譲り受けたというのです
これに関しては後に母から聞かされましたが、かなり高い金を支払ったようですね
基本ビーグルは温厚な犬種で、パック(集団)で猟を行うのですが
兄弟ともに気性が荒く、互いに単独行動しようとするため、猟犬としてはあまり筋が良くなかったようです
それでも猟に出ると父は、結構な確率でキジを持って帰ってきた記憶があります
父にはそれほど腕が無かったはずだから、やはり兄弟犬のおかげでしょうね
この2匹は2年半居りましたが、学ばぬ父はあろうことか
ポインターと同じ山で、また兄弟ごと遭難させ、自分1人で帰ってきたのです(ー ー;)
それ以来、猟は辞めました(辞めさせられた、ですね)
その後、菊一文字の事件(♯231)もあって、私自身がどうしても犬を飼いたくなり
ビーグルのあと数ヶ月振りに、父の知り合いから雑種の子犬を譲ってもらいました
まさに「菊一文字」と命名しようとしましたが
両親から「名前負けするからやめなさい」と言われ、結局サスケと名付けました
小学校時代は、真っ先にこの子に通知表を見せてた記憶があります
「こんなのじゃ怒られる?」とか聞きながら。
この子は私が実家を離れてからも、私が19の頃まで生きて、老夫婦の忠犬であってくれました
その後も私自身、歴代2匹の犬と暮らしてきました
直近のシーズーは、上の娘が結婚記念に欲しいというから(娘に懐いていたし)譲り渡しました(♯6)
その犬を譲ってから早や、3年以上も経ってしまいました
あの老犬ポインターから始まり、ず〜っと側に犬の居た生活をしてきたので
流石にもう、いい加減に相棒を見つけなければ、ロス期間が長くなり過ぎました・・・
実は大東犬(沖縄にある島の固有種。台風に負けないよう、脚が短くなったそうです)の純血種を探しているのですが、
見つかる可能性はゼロに近いのが実情
もう犬種は何でもいいか・・・
いや猫デビューしようかな今更・・・
※画像はお借りしました(大東犬)