努力についての話題となると大抵炎上したりひと騒動起きるんですけど、今回はなるべく波風が立たないように語ろうかと思います。
俺が知る中で努力に対して一番上手い例えがあったんですが、それは
「運はサイコロの出目。努力はサイコロを振る回数。才能はサイコロの目の数」って事。
俺も昔に似たようなこと言ったけど(あの時は努力すれば1度に振れるサイコロの数や目の数を増やせる、って言ってたはず)上手いなって本当に思う。
大谷翔平クラスになるとサイコロの目の数が「最低でも1.000.000」みたいなとんでもない数になってて、
それは努力ではどうしようもなくて努力さえすれば誰もが大谷翔平になれるわけでは無い、彼みたいに10年で1.000億円稼げるプレーヤーになることは出来ない。っていう証明にもなります。
才能ってのは「確実にある」し、努力しても敵わない相手というのはどの業界でも確実にいます。
ただ、それでも努力を放棄すべきではない。っていうのは断言してもいいでしょう。
出目や目の数がショボくてもサイコロを振れば振る程有利になるのは確かなので、努力=サイコロを振る数を増やすってのは特に「同レベルの人」相手では有効だと思います。
その上で才能を磨く=サイコロの目の数を増やすのが成功への最短距離だとは個人的には思います。
あとは努力って『禁止されても「ついこっそりとやってしまう」バレたら怒られると分かっていても「思わずやってしまいたくなる」』ものや
あなたにとって「え!? みんなこんな簡単な事すら出来ないの!? ホモサピエンスおかしいんじゃない!?」っていう位普通に出来るのに周りの人は出来ない事なんですよ。
だからあなたが思うであろう「努力」つまりは「嫌いな事を無理してでもやり続ける」ってのは努力じゃないんですよね実は。
特に日本人は「根性とは結婚したい位」好きで昔はスポ根=スポーツ根性もののアニメが大流行りしたし、さらに時代をさかのぼれば世界大戦で根性論を旗ぶりしていたし、日本人って昔からそうなんですよ。
その思い込みを誰かが解かないと勝てる戦いも勝てなくなると思います。
もちろん「最初は嫌いだったけどコツをつかめると好きになる」ものも山ほどあるから(スポーツとかは特にそう)「最初だけは」無理してでもやるっていうのも必要でしょうが。
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