高校3年の冬、ひとりで黙々と試験勉強をしている主人公の前に、同じクラスだけど接点がほとんど無かった女の子が現れて、突飛なお願いを口にする――
このお話は、遠い昔にすごした高校生活を思い出している時にふと浮かんだそのシーンから始まりました。
山あいの小さな町の小さな高校に通う主人公の和佳奈は、クラスの中ではどちらかというと目立たない方で、恋愛よりは友達と過ごす時間の方が好きで、自分には恋のエピソードもないまま卒業するんだろうなと達観しているような女の子です。
恋愛ごとに忙しい友達が近くにいたこともあって、そういう話は聞くだけで十分、なんて思ってるような…。
もう一人の主人公、桃花は、和佳奈とは反対に一年生の時から目立つ部活――和佳奈から見ればキラキラしてて、まとまりが良すぎて部外者お断りみたいな空気を感じてしまう放送部――で活躍し、クラスの中にも外にも友達が多くていつも誰かに囲まれてるような、そんな女の子でした。
接点のなかった二人が、ふとしたきっかけでお互いのコトを知り、そしてそれが恋に育つ――卒業間近の冬という時間、人気のない教室という舞台で、私の好きなモチーフを描きました。
偶然、好きな本を読んでいたところを見かけても物語が始まらず、体育祭で大活躍してハイテンションになって一緒に喜んでも物語が始まらず、放送劇で心を動かされてその感動を伝えても物語が始まらなかった二人ですが、短い、そして限られた時間の中で「ニセモノ」として始めた恋だけは、それぞれが別々の道をたどりながら二人の物語にしていきました。
今、私が住んでいるのは沖縄という南の島ですが、このお話を書いている間中、私の心は故郷である信州の冬の終わり、明け方にできた大きな霜柱が昼間には解けていくあの空気の中にありました。
記憶の中にある景色や風や音を伝えることはとても難しいですが、このお話を読んで少しでも私の大切な風景が伝われば嬉しいです。
和佳奈も、そして桃花も、相手への想いと相手が自分に向けている想いが本当はどんな形、どんな大きさで、自分がそれとどう向き合っていくか、まだまだ手探りの状態でしょう。だけど、好きという想いだけはどうやら本物らしいと信じられるようになった二人なら、これから始まる新しい時間の中でその大切な想いを育てていけると信じています。
このお話を読んでくださって、本当にありがとうございました。
2025.3.31 魔法のiらんどのサービス終了を惜しみつつ 黒川 亜季
(in 魔法のiらんど:2024.9.27)