老人になったので「自省録」を紐解く。
五賢帝の最後の一人マルクス・アウレリウスは人として大きからず小さからず、平凡な人間だったのだと思う。
彼は晩年に入り、決して死を恐れているのでは無いのに、常に死を意識するようになる。
そうしたで日々でも、彼は他人を放っておけないし、仕事を辞めることができない。
彼は哲学者になりたかった自分を頼りに、帝国の指導者として誠実にあろうとする。
「自省録」とは些か人生にくたびれた老人の愚痴を書き連ねたノートであろう。
プライベートな呟きが、まさか後世の人間に覗き見されようとは、筆者の思いも寄らぬところだろう。
幸福とは細やかなる時の連なりで形になるのではないか。
読みかけの本に栞をはさむ。
湯を沸かし深煎りのマンデリンを細挽きにする。
そうして時間を掛けてコーヒーを入れる。
妻が作ってくれたマドレーヌを二つレンチンして、
大ぶりのカップと一緒にランチョンマットにセットする。
開け放った窓からは雨音が聞こえる。
ソファーに伸びて読書に戻る。
香りと味と音が気持ちを満たし、ページを繰る度に知らない世界が目の前に広がる。
老人の幸せなど他愛のないものである。