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夜中のテンションで思い出したことを長文で書いてます。
暇な方だけお読みください。


私は中学生の頃、学校に通わない人間でした(笑)
通いたくても通えなくて、なんでだったっけー?って今思い出そうとしてもどうやらトラウマがあるらしく、当時の前後一年は記憶がありません。

私が今、書いている小説の担任はクソですが、実際、中学の時、私を受け持ってくれた先生方は全員、優しくて素敵な人たちでした。特に中3のときの担任の先生には何度お礼を言っても足りないほど助けていただきました。

よく「朝に担任が電話してきて俺も来てるから来いなんて電話が来る」って言う話を聞くんですが、それってひどい話だなって思うんです。だっておめぇは仕事だからな!?って(笑)

不登校生だった当時、私も担任の先生に電話をいただいていました。でも早朝じゃなくて、暗くなった夕方の時間。話の内容も学校に来いよ!!とかじゃなくて「今日何してた?」「今日学校でこんなことあったよ」「〇〇がしーのことを心配しててな」「席替えしたよ」とか。「もししんどくなかったらおいで。待ってるからね」と。
毎週金曜日の夜、仕事帰りに先生は私に必要なプリントを全て届けてくれ、ノートもクラスの子達から借りて渡してくれたり。

でも、どうっっっっしても教室には入れなくて。

そしたら先生、空いている教室(放送室など)の鍵を渡してくれて、そこで好きに勉強してていいよって。

ひどい話なんですが「お前みたいな不登校生が受験できるわけがない!!!」って怒鳴ってくる先生も「体調が悪いわけがない!!!仮病だ!!!」って私を見るたびに大騒ぎする先生だっていたわけで、誰もいない教室に行くとわかっていてもそんな先生達とすれ違うのではないかと怯えていました。

そしたら、理由をわかってくれている先生方(担任の先生以外で教科を受け持ってくれている先生方)が空いてる時間だと迎えにきてくれたり、様子を見にきてくれたり、担任の先生は休み時間必ず会いにきてくれました。
そうしていくうちに短い時間ではありましたが、初めて学校に毎日通えたんです。

朝、校門が閉まるギリギリの時間に行ってて、本来、生活指導の先生は一時間目の授業に備え生徒を走らせ早めに職員室に行くわけですが、私がゆっくり歩いているのを遠くからじっと見守ってくださって「今日は暑いな」「体調はどうだ?」っていつもゆっくり一緒に学校の校門まで行ってくれました。
私が描いた絵を職員室に飾ってくださった美術の先生、トランプでマジックを見せて私の不安を和らげてくださった校長先生、貴方が職員室に来るのを待ってたの!っていつも嬉しそうに空いてる教室の鍵を渡してくださった教頭先生、英語の勉強をしていると伝えるとお前ならできる!と鼓舞してくださり、また遠くから(本当に遠すぎてよく私ってわかったなっていつも思ってた)おーい!って元気に挨拶してくれた体育の先生、私の教科を担当していたわけではないのにいつも励ましてくれた兄の担任だった先生、担当科目じゃなくてもわからないことがあったら聞いてくれと言ってくださった理科の先生、大丈夫よっていつも迎えにきてくれた国語の先生、英語を教えてくださった2年の時の担任の先生、貴方の絵を見て絵が好きな子なんだなって思ったのと沢山褒めてくださった何の科目かわからない先生←

ほかにもたっくさん、助けていただいて。ほんと抜粋した感じで他にもたくさんあって、でも当時睡眠導入剤しこたま飲んで記憶なくて朧げで……今は全員別の中学に移ってしまい、もう直接お礼を言えませんが私は幸せ者でした。ありがとうございました(そしてここでいうっていう馬鹿野郎は私です)

そして中3のときの担任の先生。
一番、忘れられない思い出があって…。

夏休みの誰もいない教室に連れて行ってくれて授業をしてくださったんです。
私は自分の机に座って、先生と対面して。
朧げな記憶の中でもそれだけは特に鮮明に覚えています。

まさか教室に入ってちゃんと授業を受けれるなんて、と。

会議で無理をしてでも私を志望校に受験させてくださったこと、先生も大変だったはずなのにいつも様子を見にきてくださったこと。

本当に本当に、幸せ者です。

コロナになって、オンライン授業が増え、不登校生の子達が「学校に行きたくない」のではなく「行けない」こと。「勉強をしたくない」のではなく「勉強をしたい」こと。いろいろ、見えてきたのではないかなと思っています。

大勢の方が亡くなって、沢山の企業が潰れて、不安ばかりの未来ですが、不登校生の子達を救えるきっかけになったのではと、少し思っています。
私のように先生に恵まれて学校に通える子供達は本当に少なく、また、私の先生達のようにつきっきりは無理だよ、なんて学校もあると思います。
ですから、早く、時代が変わって、学校に行けない子供達が学校に行ってる子達と同じ勉強をできる日がくればいいと願っています。

私は結局高校も上手く通えなくて、中学も行ってなくて、授業をほとんど受けることができず無知無知の無知のまま育ちました。
20を超えてやっと自分に余裕が出て必死に勉強をしています。でも、本当はそんなことしなくていいはず。私みたいに恥ずかしい思いをしないでほしい。

どうか、全ての子供達が平等に教育を受けれますように。
そんな日が早く来ますように。

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