私も運営さんに常日頃から感謝の意を伝えたいと思っていたところでしたので、相良壱さん主催の「カクヨム運営さんありがとう」企画に遅ればせながらノッてみたい
……と思って一瞬だけ公開したのですが、コンテストがある中で参加している状況が☆集め目的だと思われてしまう気もしたので、取り下げてこちらに残しておきます。
コーヒーとタバコと、小説投稿WEBサイト
――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だと、ある人が書いていた。
来る日も来る日も取り憑かれたようにWEB小説を読んでいるような私は、物語というものに自分自身を投影しすぎているのかもしれない。
「やあ。今日も読書かい? 熱心だね」
待ち合わせの喫茶店で腰掛けていた私の元へ、その人はやってくる。
シャツの襟を乱雑に着崩し、吐く息に少しタバコの臭いが残る。
相も変わらず、だらしのない人だ。
「追っている人の更新が、今日もあったので」
「紙の本は読まないのかい?」
「最近は電子書籍も充実してますし、無料で読める投稿サイトもありますから」
「投稿サイト。ああ、なんだっけ。あのカギカッコ」
「カクヨム、です」
「ああそうそう、それ。でも俺は、なんかさ。物憂げな女性がさ、分厚い本を読みふけっててさ。そんでもってさ、時折黒くて長い髪をかきあげたりするの。そんなしぐさが見たいと思っちゃうのも男心というものでね」
いやこういうのはノスタルジックなのかな、とその人は無邪気におどける。
本を読むという姿をステレオタイプに捉える彼は、ごくたまに読むといってもマンガばかり。休みの日とあればやれパチンコだ競馬だ麻雀だ。
小説を薦めても「あーそんなのは頭が痛くなるんだ」の一点張り。
活字を読むという行為をどこか聖域のように一段上のものとして認識しているようである。
世の中にはそのような人もいるのかと、出逢った当初はまったくの異世界人と接しているかのような驚きがあった。
社会に出ればまったく価値観の異なる人と同じ空気を吸わなければならないものなのだなとかえって感心してしまったものである。
私から言わせれば、そんな高尚なものでもなければ難しいものでもないのだけど。
「WEB小説をスマホで追いかける姿は物憂げに、見えませんか。あなたの期待に答えられずに残念です」
「なんだ。俺の期待に応えたいとは思ってくれてるんだ」
「……皮肉、なんですけど。私は私のためにWEB小説を読んでいるので。あなたのことは知りません」
「つれないな……俺は君といるのが特別な物語のようであるんだけどな」
「私といることが……ですか? あなたのことよりも、こうしてスマホで小説を読み漁ることを優先するような私なんかといてもつまらないのでは?」
「おお、こわ。今日はやけに突っかかってくるじゃないか」
「そうでしょうか? 私はいつも通りですよ」
私はいつもより少し苦味の強いコーヒーに一口つけたあと、再び視線を落とした。
スマートフォンに映し出される『カクヨム』のページ。
青と白を基調とした、この文字ばかりのサイト。
ともすれば味気なく地味にも見えるが、カラフルなキャッチコピーから物語にアクセスすれば、私の隙間を埋めてくれるような、無限にも思えるほどの出逢いがある。
「私」がフォローしている、本当の名前も知らなければ顔もうかがい知ることもできない人の書いた物語群の羅列。
その羅列の、文字化されえないところにこそ、確かに、ありありと私がいる。
理想と現実という二項対立などに意味などない。
あまた転がっている小説たちの中から、私の意志で、選択的に摂取する。
いくらでも代替がきくようなものの中から、「あえて」それを選んだという事実こそが私にとっては重要なのだ。
そこに私という痕跡が立ち現れているのだと信じている私にとって、物語とは私を構成する要素そのものなのだ。
だから、常に物語を摂取していかなければならない。
そう、私は私のためにWEB小説を読んでいるのだ――
「タバコ、吸っていいかい?」
お決まりの文句だ。それを拒んでみてもなんの意味があるのかわからないし、なんにしても今更すぎるので「どうぞ」と、これまたいつものように返す。
君にも迷惑がかかるしアイコスに切り替えたいんだけどまだ本体の転売が絶えなくてね、と言いつつその人はタバコに火をつける。
一服して落ち着いた後、さも興味のない風にその人は私に問いかける。
「にしても、そこにある小説、プロのばかりじゃないんだろ? お金も出ないのに、よくみんな書いてるよなあ。別に盛り上げることを強いられたりしてないんだろ? なんで小説なんて書いて、タダで君のような読者たちに読ませているんだろうね?」
向かい合って座っている人、今日はよく喋る。
「さあ、私にもわかりませんね――ただ、もしかすると、読んでくれる誰かのために、書いているのかもしれません。色々な人が次から次へと、数え切れないほどの物語を投稿する。それだけ沢山あれば――私のためにあるような物語が、読まれたがって待っているかもしれない。そんな作品と出逢いたいんです」
そしてよく喋るのは、私も――私はシュガーを少し足した。
「難しいことは俺にはわからんけどさ。……なんだか君は、物語に埋もれて死んでも構わない、というようにも見えるんだよね。危なっかしい、というか、さ……」
「もったいぶらずに言えばいいじゃないですか。俺を見てくれない女は嫌いだって」
「おいおい、待ってくれよ。そこまでは言ってない。ただ、君は物語を必要としすぎる。……その物語を読んでいる時間の、ほんの少しでもいい。君を主人公とした物語に、俺というキャラクターと過ごす文字数を、くれないかな?」
「あなたそんな表現、どこで覚えたんですか? ……まぁいいです。あなたがここに発表されている物語以上に私を満たしてくれるというんですか?」
うわ、こいつめんどくさい。と、その人の顔に書かれているようだった。
物語というものを必要としない人生のほうがさいわいである――そんなふうに、くだんの人は書いていた。
そうなのかもしれない。
他者が生み出したフィクションは往々にして私の想像する作品像を気まぐれに裏切っていく。そのような意味で、私という存在は不安定なものとならざるを得ない。
他人が他人の思惑で生み出したものに勝手に感動し、勝手に傷ついて。
愚かなこと。なのかもしれない。
あまりにも物語というものを必要するあまり、物語のない日常が退屈で仕方がない。
けして物語中では語られることない行間にある、ありふれた日常。
そんなものは、つまらない。
ありふれた日常を大切な人と共に過ごすことこそが幸せなのに――と憐れむ人もいた。私は物語に縛られているのかもしれない。
けれど私が物語というものを必要としなくなるその時、あるいは私に読まれるために存在するかのような物語が、私という隙間を完全に埋めてくれるまで。
私にとって恋人は――小説でじゅうぶんだ。
コーヒーをすする。まだ、苦味が強い。
シュガーをさらに足す。理想としていた味にはほど遠いけれど、これでようやく飲めないこともない塩梅になった。
さてこれで読書もはかどる――と少しばかり心を落ち着けていたところに、思わぬ言葉が待っていた。
「――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だ」
思わず飲んでいたものを吹き出しそうになった。
「!? ――あなた、それ……!」
鼓動が早まる。なぜ……?
「見覚えのある表現だろう? それを小説なんか読んでるはずもないヤツの口から出てきたのが不思議で仕方ない、という顔だね」
「――!? まさか……!? あなた、だっていつも、麻雀だのパチンコだの……」
「嘘をついて悪かったね。パチンコも競馬も麻雀もまったくしない君のような人なら、バレないと思ったから。趣味で小説を書いてるなんて、恥ずかしくてどうしても言えなくて」
「なんで。なんであなた、あなたのような人が……」
「――私のためにあるような物語を書いているのか、だろう? その答え、君ならわかるんじゃないかな?」
「……不特定多数の多くの人に読んでもらうために投稿するサイトで!? あなた、バカではないですか!?」
「君が読んでくれている。それだけで、俺は今までがんばっていられたんだ。俺にとって物語の中心にいたのは、ほかならぬ君なんだ。今日はそのことを伝えたいと思ってね、ここに来てもらったんだ」
「……なんで!」
私は思わず叫んだ。コーヒーの苦味が喉に張り付いて離れない。
「なんで……あなたなんですか……! 私の心の隙間を埋めていたのが、なんで……」
「キャッチコピー」
「――え?」
「その作品のキャッチコピー」
「君の痕跡をたどって、見つけてみせる。ありのままの、君自身を――……」
「俺は、物語を選んだ先にいる君自身を見つけたよ。……君という物語に、俺という存在を付け加えさせて欲しい」
――物語の中に自分を重ね合わせる生き方は危険だと、ある人が書いていた。
確かに、そうなのかもしれない。
私は、物語に過度に依存しているのかもしれない。
けれど、私は出逢ってしまったのだ。
生涯じぶんと重ね合わせることになるであろう物語と。
その、苦くも甘く、タバコの匂いを思い起こさせずにはいられないお話を、ずっと作品フォローしておきたいと思うのだ。
私は今後も読者であり続けるだろう。この人が描き出す、物語の続きの。
そして、ふとしたきっかけでかけがえない物語との出逢いの機会を与えてくれた、カクヨムというWEB小説サイトが、今後も続いて欲しいと思うのだ。