【絶華の契り 仮初め呪術師夫婦は後宮を駆ける】発売から本日で2週間になりました!
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さて、今回は発売2週間記念ということで、先週公開した1週間記念SSの涼サイドのお話になります。李陵(涼)と瑠華です。先週分と本編を読んでいた方が美味しく読めると思います。
1週間記念SSはこちらから↓↓
https://kakuyomu.jp/users/Iyo_Anzaki/news/16818093093626409663────────────────
【千思万考】
……最近、主の帰宅がやけに遅いような気がする。
玄関に仁王立ちになった瑠華は、腕を組んだまま小さく息をついた。
瑠華の主である李陵は、現在、第三皇子という身分を隠して学生をしている。しかもただの学生ではない。祓師塾という呪術師養成所に在籍する、呪術師の学生だ。
『学生』という身分でありながら、本人曰く『極めて優秀』であるらしい李陵は、すでに一端の呪術師らしくそれなりに難しい実地課題……宮廷呪術師組織である明仙連から祓師塾へ下げ渡された案件をこなす日々を送っているらしい。
呪術師としての才を一切持っていない瑠華には、それがどういった内容のものかまでは理解できない。だが『こき使われるのも楽じゃないな』とボヤきながらも充実した顔をしている主を見ていると、それなりに日々を楽しんでいるのだろうということは分かる。
──何か難しい課題でも与えられているのだろうか?
妖魔奇怪が跋扈するのは、総じて日が沈んでからだ。今までも『ちょっと難しい課題を与えられたから』と言って夜間に出かけることは度々あった。
だがそういった場合、李陵は必ず瑠華にその旨を伝達してくれていた。今回はそういった類の話は一切耳にしていない。
何より。
──ずっと、何かに思い悩んでおられる。
毎日ほんのり遅い帰宅をする主が、何となく難しい顔をしている。
この『何となく』というのが、瑠華にとっては厄介だった。思いっきり難しい顔をしていれば積極的に首を突っ込むこともできるが、当人も自覚しているのか否かという程度の難しい顔の時は下手に首を突っ込むと藪蛇になることも最近は多い。
──殿下に『そういった類』の感情が芽生えたこと自体は、喜ばしい出来事なのでしょうが……
などと思った瞬間。
扉が開く音が響き、件の主がノソッと姿を現した。
「今戻った……うぉっ!?」
「お帰りなさいませ、殿下」
本日もそこはかとなく難しい表情を浮かべたまま帰宅してきた李陵は、玄関に仁王立ちになっていた瑠華に気付くとビクッと肩を跳ね上げた。何かに思い悩んでいたせいで、瑠華の気配に気付いていなかったのだろう。驚きを顔中に広げた李陵は、数度目を瞬かせてからソロリと中へ入ってくる。
「お前、ここで何してんの?」
「殿下のお出迎えを」
「いや、……そんな物々しい雰囲気で?」
瑠華は多くを語らないまま、フスーッと鼻息だけで李陵に答えた。
そんな瑠華の態度で、ここ数日の自分の不審な行動に瑠華が気付いていたと察したのだろう。後ろ手で扉を閉めた李陵は、瑠華から視線を逸らしながら気まずそうに口を開く。
「あー、その。……お前、ちょっと前に開店した『小華楼』っていう茶寮を知ってるか?」
「小華楼、でございますか?」
李陵の口から出てきた思わぬ言葉に、瑠華はキョトリと首を傾げた。
──確か、南方の茶と菓子を扱う、人気茶寮のはずですが。
何でも、南方に店を構えていたが、この度贔屓客の援助を得て都に支店を出したのだという。その噂が都の中を駆け巡り、今では予約札を持っていなければ入店さえ許されない人気店になっているのだとか。
「風の噂程度には」
李陵の側仕えである瑠華の本領は隠密だ。李陵の役に立つべく、情報と呼ばれるものには耳を澄ませるようにしている。
その一環として、都の流行にも瑠華は耳ざとい。だが李陵が興味を示す話題とは思えなかった。
──殿下は茶にも菓子にも、特に興味をお持ちでは……
ふと、そこまで思った瞬間。
脳裏にひらめくものがあった瑠華は、わずかに目を見開いた。
「その優先入店札って、どの時間帯に並べば手に入りやすいとかって……お前、知ってたりしないか?」
そんな瑠華のひらめきを裏付けるかのように、李陵は気まずそうな表情を崩さないままおずおずと問いを口にする。その顔がわずかに上気していることに、瑠華は目ざとく気付いていた。
こういう表情をしている時、主の脳裏には決まってとある女性の姿がチラついている。
「なるほど。紅珠様が小華楼に行きたがっておられるのですね」
瑠華は確信とともに納得の声を上げた。
その瞬間、李陵の顔が一気に茹で上がる。
「べっ、ベベベ別にっ!? 紅珠のためとかじゃ全っっっ然ねぇしっ!!」
──思いっきり声が裏返っておりますよ、殿下。
生まれた時から未来の隠密呪術師として鍛えられてきた李陵は、十代半ばという年齢にありながら泰然自若とした性格をしている。良く言えば肝が据わっており、悪く言えば万事に達観している、と表現すべきだろうか。
大抵のことでは揺らがない心の在り様は、優れた呪術師であるためには必要不可欠なものなのだろう。
だがそれを作り上げているのが絶望からの無関心であることを、瑠華は以前から知っていた。
そんな主が、こんな簡単な一言で心を乱す。ごくごく普通の若者らしく、恋に振り回されている。
「なんか? 紅珠が頑張っても全然手に入らないらしいから? それを俺がしれーっと手に入れられたら、紅珠が悔しがるんじゃねぇかなぁって思っただけだし? そんな紅珠の反応見て笑ってやろうと思っただけだし? てかしょげ返ってる紅珠がらしくなさすぎて見てらんねぇってだけだし?」
必死に言い訳を口にする李陵は、ツンッと瑠華から視線を逸らしている。だがその顔がいまだに茹で上がったままだということに、瑠華はもちろん気付いていた。
──まったく……、殿下も素直じゃありませんねぇ……
生まれた時から、全てに絶望していた。その絶望ゆえに何も思わず、何も望まず、何にも手を伸ばさずに生きてきた。
それが瑠華の知っている李陵だった。整った顔立ちには常に何の表情も載らず、ただただ課されたことだけをこなす生き人形。祓師塾に通うべく、この屋敷に追いやられるまでの李陵は、本当にそんな感じの人間だったのだ。
それが今やこうだ。今の李陵を見て、彼を『生き人形』と評する人間など、世界のどこにもいやしない。
そのことが、瑠華には嬉しかった。もちろん以前から李陵に忠誠を誓ってはいたが、今の李陵の方が瑠華は好きだ。
そして主に変化をもたらしてくれた『彼女』には、……主が『人』に生まれ直す契機を与えてくれた『彼女』には、一方的に深い感謝の念を抱いている。先方は瑠華の存在など知るよしもないはずだが、彼女が危難に立たされれば、きっと瑠華は陰ながら彼女に助力を惜しまない。
──まぁ、今の状況を『危難』と呼ぶのは、かなり大袈裟ではありますが。
二人のために暗躍するのが、瑠華の本分だ。
今の瑠華は、勝手にそう思っている。
「『第三皇子・李陵』の名を出せば、優先入店札の入手はおろか、店を貸し切ることも可能ですが」
「そんなこっちの身元がバレるような手は使えない」
「ですよね」
「自分で並んで手に入れるか、誰かに譲ってもらうか。あくまでただの『涼』として入手したいんだが」
「承知いたしました。詳しいことは、後でお伺いしても?」
瑠華が身を引いて屋敷の奥を示すと、李陵はようやく玄関で話し込んでいたことを思い出したようだった。目を瞬かせた李陵は、ひとまず自室を目指して屋敷の奥へ足を向ける。
「とりあえず着替えて、飯。作戦会議はその後でいいか?」
「承知いたしました。各所にそのように伝えます」
「ん。頼む」
軽く頷いた李陵の横顔は、瑠華に打ち明けたことで気が晴れたのか、帰宅した瞬間よりも穏やかになっていた。前へ進む足は心持ち普段より早く、涼が一刻も早く『作戦会議』をしたいのだという内心が透けて見えるような気がする。
──こういうお姿だけ見ていると、年相応の青年なんですけどね。
作戦会議のついでに『一緒に行きたいなら行きたいで素直にお誘いしないと、ボコされた上で札だけ奪われかねませんよ』という助言も添えておこう。
そんなことを思った自分自身にクスリと笑みをこぼしながら、瑠華は李陵の後に続いたのだった。
【了】
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