【絶華の契り 仮初め呪術師夫婦は後宮を駆ける】発売から本日で1週間になりました!
お手に取ってくださった皆様、ありがとうございます! ぜひ読者アンケートも送ってください。作者に身バレすることなく、編集部まで要望をダイレクトアタックできる好機ですので!
「まだ買おうか迷ってるんだよねぇ……」という皆様、新刊台に並んでいる今が好機ですので、ひとまずゲットしておいてください←
さて、今回は「ご購入してくださった皆様ありがとう!」と「未読の方に主役コンビをご紹介」という意味を兼ねまして、紅珠と涼、主役二人の本編前時間軸のSSになります。祓師塾時代の二人です。本編未読でも楽しめる(はずな)ので、どなた様も楽しんでいってください!
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【和気藹藹】
『高難易度実地課題』『黎紅珠を使命』『相方と現場にて合流すべし』という式文を見た瞬間、嫌な予感はしていたのだ。
「ゲッ」
だが嫌な予感がしているからと言って、とっさにこぼれる声を押し留められるわけではない。
「『ゲッ』とは何よ紅珠ちゃん、『ゲッ』とは」
「涼、あんたこんなトコで何してんのよ?」
「『高難易度実地課題』『涼を使命』『相方と現場にて合流すべし』っていう式文が来たから、現場に向かってるトコだけど?」
『向かってる』と言いながら、涼は完璧に紅珠を待ち構えている体勢だった。
涼も涼で祓師塾からではなく他の現場から直接やってきたのか、衣はほんのり砂埃に汚れている。『何よあんた、前の現場でヘマったの?』とからかってやりたいのは山々だが、紅珠も紅珠で結い上げた髪がよれていたり、膝やら背中やらに土汚れがついていることはここに向かう途中で確認済みだ。
「お前、ここの現場の前はどこに派遣されてたのよ?」
そんな紅珠に目敏く気付いたのだろう。涼は背中を預けていた壁を軽く蹴って紅珠の横に躍り出ながら問いを投げてきた。
その問いが純粋な疑問で、特に厭味が含まれているわけではないと涼の表情から察した紅珠は、涼が隣に並ぶのを溜め息ひとつで許すと唇を開く。
「下級生の実地に、先生の補助役で同行してたのよ」
「あー、なるほど? 腑抜けたザマを晒した下級生を庇って地面転がってきたわけね」
「そういうあんたは?」
「実地の結界展開役の見本として引っ張り出されてた」
「で、ヘマやって地面に転がってきたの?」
「いやぁ、俺の相方役に抜擢された野郎がまぁ〜グズだのなんだのって! おかげで防御役の俺が地面転がって逃げるハメに陥った上に迎撃役まで兼ねることになってよぉ」
「それは災難だったわね。誰よ、そのグズ」
「ハン? ソン? とかいう先輩」
「あー……それは御愁傷様」
ポンポンと言葉を投げ合う間も、二人の足は目的地へ進んでいた。打ち合わせたわけでも確認したわけでもないのに同じ方向に足が向かうということは、やはり紅珠の『相方』として現場に招集されたのは涼なのだろう。
──ま、涼に言わせれば、涼の相方として私が呼ばれたんだって言いそうだけども。
「次の現場の相方がお前なら、今回は楽勝で終わるな」
そんなことを思った瞬間、涼はポンッと実に軽やかにそんなことを宣った。
紅珠が視線を投げれば、涼はいつものように頭の後ろで手を組み、実に気楽な様子で足を進めている。
その顔に浮かんでいたのは、足取りよりも気楽で、いつも以上に砕けた、……それでいて不敵で、確信に満ちた笑みだった。
「俺を地面に転がすようなマネ、お前がさせるわけないだろ?」
「当たり前じゃない」
防御を担当する後衛役に攻撃が降りかかるということは、攻撃を担当する前衛が敵を捌ききれず、己が引いた防衛戦以上に敵の侵攻を許した証左に他ならない。
そんな無様をさらすことなど、己の矜持が許さない。
前衛・後衛の打ち合わせがあったわけではいが、紅珠と涼が組む場合は自然と紅珠が攻撃担当の前衛、涼が守備担当の後衛という分担になる。
その『当たり前』を下地に、内心を一言に込めてキッパリ言い放ってやると、涼は紅珠を見つめたまま満足そうに瞳を細めた。唇の端がさらに吊り上がり、より一層深くなった笑みが涼の顔を彩る。
「んじゃ、ちゃっちゃと片付けようぜ」
「言われなくてもそのつもりよ」
「ちなみにお前、この後の予定は?」
「は? 今日はもう講義もないし、特に予定はないけど……」
「んじゃ、一緒に茶でも飲みに行かね?」
「はぁ? 何であんたなんかと……」
「これ、なーんだ?」
『実地課題を前に腑抜けたこと言うのやめてくれない?』という内心を存分に込めて涼を睨み付けた瞬間、紅珠の視線を遮るかのように涼は何かを紅珠の方へ差し出した。
「ジャーンッ」
「はぁ? ちょっと、何……」
文句を言いながらも、反射的に紅珠の視線は涼の手元に向けられる。
涼が手にしていたのは、小さな木札だった。可愛らしく花の形に切り抜かれた木札には紐が通されていて、通行手形のような雰囲気も併せ持っている。
その木札の中央に書かれた文字に気付いた瞬間、紅珠は涼の手に飛びつきながら裏返った声を上げていた。
「あんた、これ……っ!! 小華楼の優先入店札っ!?」
涼が差し出していたのは、最近開店したばかりの人気高級茶寮が発行している札だった。
何でもその店、とある貴族が前々から南方の支店を贔屓にしていた関係で前評判からしてすごい人気だったのだという。開店してからすでにひと月が経っているがいまだ人気は衰えず、店側が発行している『優先入店札』と呼ばれる符丁を手に入れられた人間が、店側から指定された日時にのみ入店することを許される状況であるらしい。
「どうやってっ!? 今どう頑張っても取れないのにっ!!」
なぜ紅珠がそんな話を知っているのかと言われれば、紅珠自身が何回もこの優先入店札を求めて配布列に並んだからだ。
何でもこの茶寮のイチオシである月餅がそれはそれは美味しいらしい。棗と胡桃のザクザク感がたまらないんだとか。出されるお茶も美味しいんだとか。紅珠が好んで飲む華月青茶の取り扱いもあるんだとか。
そんなの、並んででも食べたいに決まっている。
そう意気込んで並んでみたのだが、並べども並べども毎度札の配布は紅珠の番が回ってくる前に終わってしまっていた。『これはもう、半年くらい待つしかないのかしら』と密かにヘコんでいたのが数日前の話だ。
「さぁ? どーやってでしょうねぇ?」
一度紅珠の手に捕まったくせに、涼はヒラリと実にあっさり紅珠の手から逃げ出した。反射的に札を追いかけて伸びる紅珠の手を伸び上がることで避けた涼は、思わず涼を睨み付けた紅珠をニヤニヤと眺めている。
「ちなみに指定日は今日」
「今日っ!?」
「時刻はあと一刻後」
「一刻後っ!?」
「予約人数は二人」
「分かった。即刻片付けるわよ」
涼の言葉を受けた紅珠は、腕を引っ込める代わりに据わった目を涼に向けた。対する涼は『そうこなくっちゃ』と言わんばかりの笑みで紅珠に答える。
「小華楼に入れるなら、贅沢は言わないわ。仕方がないからあんたと一緒に行ってあげる」
「紅珠サン? 優先入店札持ってんのは俺の方なのよ?」
「ツベコベうるさい。無駄口叩かずにさっさと行くわよっ!」
「ヘイヘイ。相変わらず横暴なこって」
「うるさいっ!」
涼を放り出し、先にズンズンと歩を進めていた紅珠は、クルリと涼を振り返るとビシッと指を突きつけた。
「わざわざ私の前で見せびらかしたってことは、あんただって私と行きたかったってことでしょっ!?」
深く考えずに思ったことをそのまま叩き付けてやると、涼は呆気に取られたかのように目を丸くする。
しかし気が急いている紅珠がその表情の意味を察することはない。
「さっさとしないと指定時刻を過ぎちゃうじゃないっ! 気合入れて片付けるわよっ!!」
「お、おぉ……」
『腑抜けた返事ね!』と思いながらも、紅珠がそれ以上涼に突っかかることはなかった。
何せ機せず手に入った優先入店札だ。これを逃がす手はない。
そのことに柄にもなく心を弾ませながら、紅珠は先を急ぐ足に力を込めた。
* ・ * ・ *
憧れの店に機せず入れる機会を手に入れた紅珠は、どうやらそのことで頭が一杯になっているらしい。
だからこそ、気付かない。
「……んだよ、バカ」
ジワリと熱を上げる頬を誤魔化すように片手で頬を擦り上げた涼は、拗ねとも照れとも怒りともつかない声を密やかにこぼす。
「こっちの内心に常々気付かねぇ癖に、そういうトコだけ気付くんじゃねぇっての」
面白くない内心と、それでも紅珠と一緒に出かけられる喜び。
その内心が入り乱れた複雑な思いを溜め息に溶かして吐き出しながら、涼は止まってしまっていた足をようやく前へ踏み出したのだった。
【了】
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