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「押しかけ」「比翼」連続刊行記念コラボSS

12/1発売
『押しかけ執事と無言姫 忠誠の始まりは裏切りから』

  と

12/28発売
『比翼は連理を望まない 退魔の師弟、蒼天を翔ける』

の連続刊行を記念して、まったく別次元の世界にいる主役達に邂逅してもらいました!

ここだけのパラレルワールドをお楽しみください!



【素直な師弟とツンな主従
  〜二対はさっさと帰りたい〜】



 離宮に帰ると、真っ白だった。

 比喩表現ではなく、玄関ホールの先は、何もない真っ白な空間だった。

 ──え?

 予想外の事態に硬直したカレンの後ろでパタリと扉がしまる。思わず背後を振り返ったが、その時には自分が入ってきたはずである扉そのものが消えていた。

 ──え? えええっ!? どういうことなのっ!? 何が起きてるのっ!?

 慌ててグルリと周囲を見回すが本当に何もない真っ白な空間だった。床と天井と壁があるおかげで真っ白なだだっ広い部屋の中にいるのだということだけはかろうじて分かるが、ここがどこなのか、一体なぜこんな場所に入り込んでしまったのか、そんな単純なことさえ分からない。

 ──とりあえず、魔力的な異常は……

 誰かに罠にはめられたのかと魔力の流れを探査してみたが、特に罠らしき魔法陣、および魔術式らしき存在は感知できない。

「!?」

 その代わりに意識を同期させた流れの先で莫大な魔力の塊を探知したカレンは、反射的に身構えながら探知先を振り返った。

 さらにその先に見つけたモノに、カレンは思わずペリドットの瞳を丸くする。

 ──え……

 この部屋と同じ、真っ白な衣服に身を包んだ人だった。その上を癖ひとつない漆黒の髪がサラリと滑っていく。アルマリエ周辺では見かけない、体のラインが見えないゆったりとした形の衣服が髪と一緒に優雅に揺れる。

 だがそんなことよりもカレンの目を奪ったのは、カレンと同じく身構えて振り返ったその人の容姿だった。

 ──男の人……だよね?

 一瞬、本当に同じ人間なのかと疑った。もしかしたら、人間よりも人形の方が存在として近いのかもしれない。そんな馬鹿げた妄想が理知的な思考回路を止めてしまうくらい、この部屋に現れた男は美しい顔立ちをしていた。感情が見えない漆黒の瞳はわずかに見開かれていて、相手もカレンの存在に驚いているのが分かる。

 カレンは両足を肩幅に開いたままギュッとクッションを抱きしめて男を見据えた。警戒を保ったまま男を観察するカレンの様子に気付いたのか、相手も同じようにカレンに視線を据えたままゆっくりとカレンに相対するように態勢を整える。布地がたっぷりと使われた袖元の中に隠された手には、チラリと小型の刃物が握られているのが見えた。

 ──どうしよう。言葉が通じるなら、会話を試みてみた方がいいんだろうけども……

 無口無表情が売りの『無言姫』であるカレンが言うのもなんだが、相手の無表情っぷりがすごかった。無表情が常のカレンをしてでも相手の内心が読めない。ついでに言えば、相手も口を開かない。

 ──き、気まずい……!

 まさか普段己がドップリと浸かっている沈黙に対してこんな思いを抱く日がこようとは思ってもいなかった。今度からは自分も態度を改めた方がいいのだろうか。

 そんなことを思った、次の瞬間だった。

「!?」

 急に魔力が蠢いたことを察知したカレンは、部屋の中に新たに現れた物へ警戒対象を切り替えた。



  ※  ※  ※



 ──えええ……どうすればいいんだ、この状況……

 ホカホカと湯気が上がる肉饅が乗った盆を手にしたまま、黄季は突如目の前に現れた看板を見上げていた。そんな黄季の隣にはホカホカと湯気が上がる茶道具一式が乗った盆を片腕に乗せた男が、実に厳しい表情で並んでいる。髪も瞳も黒、沙那では見かけない体の線にピッタリと沿う形の衣服も黒と全身黒に包まれているせいか、しかめっ面の男はやたら威圧感を帯びている。

 ──早くここから脱出して氷柳さんと合流しないと、蒸したての肉饅が冷める。

 いや、そんなところを気にしている場合ではないということは分かっているのだが。

 黄季は小さく溜め息をつくと、盆の上で柔らかな湯気を上げている肉饅に視線を落とした。

 黄季の盆に乗っている肉饅は、氷柳の軽食になるはずのものだ。いい感じに蒸し上がった肉饅を早く食べてもらいたくて、いそいそと盆に乗せて屋敷の中を小走りに進んでいたら、なぜか氷柳がいる露台ではなくこの真っ白な空間に出ていた。意味が分からない状況に黄季が硬直した時にはこの男も目の前にいて、思わず二人して無言で視線を交わしあったところに、いきなり看板が現れた、というのが今のところの流れだ。

 黄季は途方に暮れたまま、自分達の正面の壁の、少し高い位置に掲げられた看板の文字を追う。

 その看板に曰く。

『相方の好きなところを十ヶ所述べよ』

 ──どういうこと? 述べたら無事にこの部屋から解放してもらえるってことなのか?

 気を張り巡らせて探ってみても、この怪奇現象を起こしている術式らしきものは探知できなかった。何がこんな現象を起こしているか分からない以上、下手に退魔術を行使するのは控えた方がいいだろう。物理手段に訴えようにも、今の黄季は武器らしき武器のひとつも持っていない。

 先方の指示がこちらを害するものでない以上、素直に従った方が得策だろうか。

 そう考えた瞬間、隣で微かな金属音が響いた。『え?』と黄季が隣に視線を投げた時には、看板に向かって腕を伸ばした男の手元から激しい破裂音が立て続けに鳴り響いている。

「わっ!?」

 思わず取り落としそうになった盆を黄季は慌てて両手で支えた。対する男は黄季には構わずチッと低く舌打ちをする。よく見てみると男の手の中には黒い筒を組み上げたような物が握られており、周囲には焦げ臭いにおいが広がっていた。どうやら男の手に握られているのは何らかの武器で、男は看板に向かって物理攻撃を仕掛けたらしい。

 ──結構な勢いで攻撃してたみたいだけど。……効果はなかったみたいだな。

 周囲を見回してみても、これといった変化は見受けられなかった。看板にもかすり傷ひとつついていない。これはいよいよ素直に指示に従うしかないようだ。

 とりあえず諸々への疑問を一度棚の上に上げた黄季は、ひとつ息をついてから腹を括って顔を上げた。

「落ちこぼれの俺にも根気よく指導してくれるところ、俺の料理をものすごく美味しそうに食べてくれるところ、何だかんだお人好しなところ、凄腕最強退魔師なところ、博識なところ、超絶美人なところ、笑った時の破壊力がすごいところ、案外退魔術以外は大雑把なところは人間味が感じられて好きだし、飯食ってる時は小動物味が感じられて可愛いし、あーっと……あと一口がメッチャ小さい!」

 最後のひとつは口にしてから『これでいいのか?』とも思ったが、飛び出てしまった言葉はなかったことにはできない。

 黄季は『これでどうだ!』と固唾を呑んで看板を見上げる。そんな黄季に対して男はなぜか愕然とした表情を向けてきた。『信じられない』と言わんばかりの表情に、黄季はソロリと男に視線を流しながら『何かヤバかったですか?』と内心だけで問いかける。

 その瞬間、だった。

「はぇっ!?」

 なぜかいきなり足元の感触が消えた。慌てて視線を下に投げれば、なぜか黄季の足元だけ切り取られたかのように床が消えている。

 黄季はそのまま為す術もなく下へ落ちていく。反射的に上を見上げた瞬間、隣にいた男が一緒に飛び込もうとしていたのが見えたが、一瞬早く穴は閉じてしまったらしく、男は床上に取り残されていた。

 悔しげに床を踏みつける男の姿が、段々白い靄の中に消えていく。

 ──てかこれ、俺どうなるのっ!?

『出れるにしたって、まさか足元からとは思わないじゃんっ!?』と内心でツッコミを入れながら、黄季はどこともつかない真っ白な世界の中へ落ちていった。



  ※  ※  ※



 ──これは一体、どういうことなんだ?

 涼麗は凄まじい雷撃を受けても傷ひとつつかなかった看板を見上げて、内心途方に暮れていた。ちなみにその『凄まじい雷撃』を行使した少女は、少し離れた場所で息を荒げて肩を上下させている。

 いや、そもそも彼女が真実ヒトであるのかどうか、確証はない。金細工に喩えるには少々くすんだ色合いの髪に橄欖石のような瞳はどちらも見慣れない色彩であるし、まとっている装束も見たことがない形をしている。

 極めつけは、少女が宿した霊力とも妖力ともつかない力だった。

 ──宿した力の総量で言えば、私と互角……か。

 彼女からは大妖並の力を感じていたのだが、涼麗の直感は間違っていなかった。単純な雷撃の威力ならば、彼女は涼麗よりも上の使い手なのかもしれない。

 ──私はさっさとここから出て、黄季の手作り肉饅が食べたいのだが。

 昼寝をしていた涼麗の元まで良い香りが漂っていたから、きっと完成間近だったのだろう。こんなところでうかうかしていてはせっかくのできたて肉饅を食いっぱぐれることになる。

 ──今の攻撃の効果を見るに、部屋を破壊して脱出することは不可能。術式が探知できない以上、解呪も不可能。ならば。

 涼麗は『相方の好きなところを十ヶ所述べよ』と書かれた看板を見上げると、スッと目をすがめた。その文字が時々ジジッと揺れ動くのは、涼麗と傍らの少女、両方に文字を読み取らせるように何らかの力が働いているからだろう。

 ──ここはひとつ、素直に指示に従うべきか。

 幸いなことに、そこまで難しい命題でもない。何せ涼麗の現在の相方は大変できた人間である。口下手な自覚がある涼麗でも、十ならば何とか該当箇所を挙げることができるだろう。

「……逆境に負けない強い心」

 涼麗が切り出すと、なぜか少女が驚いたように目を丸くした。まさか涼麗が口を開くとは思っていなかったのだろうか。

「粘り強い精神。根気の良さ。弱者を慮ろうとする姿勢。いつでも朗らか。料理がどれも美味い。家事の手際が良い。偏屈な私の相方が務まる性格の良さ。……あとは」

 何かあるはずだ。ここまででも何点か内容が被っているような気がするが、何かしらまだあるはずだ。

 眉間に皺を刻みながら、涼麗は必死に言葉を探す。

「……かなり、努力家だな。そのくせ、そんな己の性状を驕らない。……いや、自覚していないだけかもしれないが」

 最後の一言は余計だったかと、涼麗は口を閉ざして看板を見上げる。そんな涼麗と看板の両方を、固唾を呑んだ少女が見守っていた。

 呼吸数回分の沈黙。

 その後にカチリと微かに聞こえた音に視線を巡らせると、先程まで確実に何もなかった看板下の壁に扉が生まれていた。キィッと微かな音とともに開いた扉に招かれたかのように歩み寄る。扉の先は白い靄に包まれていたが、涼麗は迷うことなく扉の先へ踏み出した。

「※※※※※!」

 背後から鈴を振るような声で未知の言語が投げかけられたような気がしたが、涼麗はもう部屋の中を振り返らなかった。



  ※  ※  ※



「だぁぁぁっ!! クッソふざけんなっ!!」

 執事の皮を被ることさえ忘れたクォードは、絶叫しながら目の前の扉に手をかけた。

「まさか天井に吸い込まれるなんて予想できるはずがねぇだろっ! いや、向こうが床からだったから、逆張りは想定しとくべきだったのかっ!?」

 見覚えのある扉がどこの扉だったか思い出す間もなく、体当たりするように扉を押し開く。その先に広がっていたのは見慣れたカレンの研究室で、なぜかその部屋の主は別の扉からクォードと同じように登場したところだった。肩で息をしたカレンは無表情をゲッソリとやつれさせている。

 そんなカレンとクォードの視線がかち合った。

「……」

 一瞬、己の絶叫を聞かれたことに凍りつきながらも、クォードは流れるように執事の皮を被り直すと何事もなかったかのように後手で扉を閉めた。対するカレンも、いかにも『ちょっと隣の書庫に用事があっただけですが?』と言わんばかりの表情を取り繕うと、何事もなかったかのようにティーテーブルへ歩み寄る。

「…………」

 澄まし顔のまま無言で着席したカレンの前へ、クォードは無言でティーセットを配備する。脱出する際にあれだけ暴れたというのに、ポットに淹れられた紅茶はこぼれることなく無事だった。ただ出し時は大幅にズレてしまっていて、温くなった紅茶にカレンがピクリと眉を跳ね上げたのが分かる。

「………………」

 何となくカレンの顔を見つめ続けることができなかったクォードは、フイッと顔を背けると自分用に用意されたカレンの対面の席へ腰を落ち着けた。そんなクォードに一瞬カレンが視線を寄越したのが分かったが、クォードが顔を上げるとカレンはあからさまにプイッと顔を背けてしまう。

 そんなカレンの態度が、今は妙に気にかかる。

「……お嬢様」

 呼びかけてみても、カレン当人の口はもちろん、卓上に載せられたクッションにさえ言葉は現れなかった。

 そんな些細なことに座りの悪さを感じるのは、先程自分がどことも知れない場所で、目の前にいるこの主の好ましい点を八つ当たりとばかりに力一杯叫んできたせいなのだろうか。

「何か仰りたいことがあるならば、きちんとこちらを見て言ってみてはいかがです?」

 聞きようによっては『機嫌が悪い』とも取られそうなクォードの低い声に、カレンは明後日の方向を向いたままカップを眼前にかざした。

 その行動になぜかイラッとしたクォードは、身を乗り出しながらカレンへ手を伸ばす。『使用人が主に対して取る行動ではない』と自覚しながらも衝動的にカレンの手首を取ったクォードは、グイッと力を込めるとカレンの顔の前からカップをどけた。

 だがカップの影に隠れていたカレンの表情に気付いた瞬間、クォードは思わず腕の力を抜く。

 無言のまま小さく震えるカレンは、何か羞恥に耐えているかのように顔を真っ赤に染め、ペリドットの瞳の縁に薄く涙を溜めていた。まったく予想もしていなかった表情に思わず面食らっていると、キッとクォードを睨み付けたカレンがヤケ酒を煽るかのごとく紅茶を飲み干す。

「お……おい!」
【別に! カッコイイとか思ってないからっ!!】
「はぁ?」
【頭いいとか、運動神経いいとか、淹れる紅茶がどれも美味しいとかっ! 思ってなんかないんだからっ!!】
「ちょっ……」
【ご馳走様っ! 冷めても美味しかったっ!!】

 タンッとティーカップをテーブルに叩き付けたカレンは、そのまま逃げるように研究室から飛び出していく。思わぬ言葉に呆気に取られていたクォードは、思わずそのままカレンの背中を見送った。

「……別に俺も、お前の声が綺麗だとか思ってねぇし」

 さらに呆然と呟いてから、己は一体何を口走ったのかと我に返る。ジワッと顔が熱くなったような気がするのは、きっと研究室に差し込む陽の光が暖かいせいだ。

「クッソ……」

 この後の夕飯の席でどんな顔をして傍らに侍ればいいのかと答えが出ない自問自答を繰り広げながら、クォードは己の前髪にクシャリと手を通すのだった。


【END】

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