「推し活」
「先輩先輩。押し問答がしたいって本当ですか?」
「本当。したくてたまらない。ああ押し問答がしたいなあ」
「じゃあやりましょう。理論上あるカテゴリの中に複数の要素がある場合、なんでも推せるわけじゃあないですか」
「じゃあ唯一神は推せないというのか?」
「それは信仰と言うんだと思いますが、推しも信仰って言いますもんね……。この世に存在する遍く全てが推せるわけじゃあないですか」
「……………まあ、それはそうだな」
「推しの維新志士とか、推しの戦国武将とかはもう当然あるわけですから、実在の人物でも良いわけでしょ」
「『でも良い』ってか、最初はアイドルグループの特定の誰かを応援する行為を指して言ってたんじゃあないのか? そう考えると、実在の人物がむしろ適当なのでは」
「なんでも推せるけど、実在の人物を推すのが最も語義に合うじゃあないですか」
「そう……かもね」
「だから、まだ推されてない箱を見つけておいて、ツバつけとくと、古参を気取れると思うんですよ」
「古参を気取ることにメリットがなんかあるのか知らんけど、まあそうね」
「推し活って言うと、まず何を思い浮かべますか?」
「長時間配信のタイムスタンプを事細かにコメント欄に書くとか」
「ええー? それそんな代表的ですか?」
「別におれが何を最初に思いつこうとおれの勝手だろが。いやあのさあ、昔youtubeだったかwinnyだったか忘れたが、なんかテレビ番組の録画を、しかもCMカットして公開してる人がいてさあ。で、確かだけど逮捕されてんだよな。winnyって覚えてるか? まあ、覚えてなかったらいいよ。
「とにかくその人の逮捕された時の弁がさ、『自分がテレビ番組をアップロードすることで喜んでくれる人がいて、神とか言ってくれるのが嬉しくて続けてた』みたいなことだと思ったんだけどさ。これなんかさあ、すごくない? そのだから、youtubeにアップして広告収入を得ようとして、じゃあないのよ。人を喜ばせたい、感謝されたい、そういう気持ちでやってるわけ。善を為そうとする心を美と呼ぶんだったら、これは美なんじゃあないのかって思ったんだよおれは。
「それでだから、youtuberの長時間配信のコメント欄に、その配信のタイムスタンプを書く人ってこれに近いと思うんだよね。精神性が。なんか、切り抜きとかはまだちょっと金銭とかが発生しうるじゃんか。でもたぶんだけど、長時間配信のコメント欄にその配信のタイムスタンプ記載するのって、どう考えても広告とかつかないでしょ。完全なる無償の奉仕だと思うんだよ。だからなんか最初に思い浮かぶ『推し活』なんだよな」
「うーん。でもそれ、やっぱ、一般的な『推し活』とは言えない気がしますけどねえ」
「ただじゃあもっとも原初の『推し活』を『信仰』と定義するじゃんか」
「まあ、さっき唯一神も推せるってことにしましたからね。いいでしょう」
「そうすると、この『推し活』の最大の作業の一つは、『推し』の言動を事細かに記録して、インデックスとかを付けることじゃあないか? 聖書とか、仏典とか、そういうのを作った人は、現代的な意味での『推し活』の一つで、で、この行為があるからこそその『教え』が現代にも残ったりしているわけで、これこそが『推し活』と言えるんじゃあないかと思うわけだよ」
「なるほど……。まあ言われてみればそうかもしれないですね」
「あのさあ」
「はい?」
「さっきから、おればっか喋ってないか?」
「そうかもしれないですね」
「おれは押し問答がしたいんだよ。でもおればっか答えてるじゃあないか。『問』の方ももっと押してもらわないとさあ。もっと粗探しして主張を覆してくれないと。粗探しって言うか、粗しかないような主張だろこんなの。もっとどんどん来いよ」
「それはすいません。でも、これって、『推し』に関する質問と答えですよね」
「……ま、まさか」
「そう! これがホントの『推し問答』、ってね!」
「ちょっと違うんだよなあ」