抽選のなんかだけ欲しい人はロイヤルティプログラム入ってなくても応募しても良いことにして欲しい気もしますが、まあ、そこまで強く訴えることでもないと思ったので今年も近況ノート参加とします。
「二刀流」
会議が終わって解散、というところでTに珍しく声を掛けられた。もっと珍しいことに、「乗ってくか?」と言われる。断る理由もないので、ありがたく乗らせて貰う。
背中越しにTが言う。
「今度なあ。新人が来るって言うだろ」
「ああ、なんか、なんだったかな。『二刀流』とか言う」
「そうそう。そうなんだよ。それなんだよ。なあ、『二刀流』ってどういうことだと思う?」
Tは突然怪気炎を上げる。急だなあ、と思いながら、私は答える。
「いやだからその、刀?……ではないんだろうが、なんかをこう、両手に持って」
「と思うだろう。違うんだって。そいつは、『攻めも守りも出来るから二刀流』なんだそうだ」
「……はあ」
それ、「二刀流」の用法として合ってるんだろうか? なんか、微妙に違うような気もする。「二刀流」ってのは、こう、普通やらない奇手で、だから対応が難しく、結果強いみたいな、そういうイメージがある。一方、「攻めも守りもできる」というのは、なんか、単に器用というか、便利というか、そういうことであって、別に「二刀流」とは言わないんじゃあないかな、と思わなくもない。
と言っても、言葉というのは流動的なもので、昔と今では言葉の意味合いは変わるものである。例えば「勇者」なんて最たるもので、昔は単に勇気がある人を指す言葉というか、そもそもそんなに使われるような言葉ではなかったと思うが、今や、特別な才能とか祝福を得た少数の存在を「勇者」呼ぶようになり、ものすごく知られた言葉になってしまった。
だからまあ、「なんだか知らない言葉が増えるねえ」と、曖昧な相槌を打った。
瞬間、Tのボルテージが上がる。
「いやおかしいと思わないかよォ。なぁにが『二刀流』だって話だよ。そんなので『二刀流』だって言うんだったら、俺だって『二刀流』じゃあないかよ、なあ」
そう言ってTは雷を落とす。
「あのな。私が乗ってることを忘れないでくれよ」
振り落とされないようにつかまりながら、私はなんとかそう言う。
「……ああ、すまんすまん。いやしかしな、別に若いのがチヤホヤされてて羨ましいってわけじゃあ、ないんだよ。ただ、その、なんというかな……。そうやって誉めそやすんだったら、俺だってそうだろというか……」
「まあ、分からなくはないよ。ただやっぱり、我々ロートルを、わざわざ評価しようなんて奴はいないよ。私たちはもう、評価する側に回ったのさ。せいぜい、若いのを持ち上げて、ラクさせてもらうことにしようよ、なあ」
「ううん……そういうものかなあ」
Tはあまり納得していないように、細く煙を吐き出した。もちろん私も心の底から納得していたわけではない。実感として、年々体力は落ちていく。にもかかわらず仕事は増えていて、しかも、責任まで負わされるようになっている。それでいて、報酬は大して変わらない。業績もあまり振るわないから仕方ないような気もするが、そういう防衛線を強いられているなか、イケイケの新人が入ってきて、しかも自分が持っている・近い属性で褒められたりしていると、なにを調子に乗っているのかと思ってしまう気持ちも分かる。ただ、一方で、こういうのを「老害」と言うのだろうな――とも思う。だからなるべく自制した方がいい。そういう気持ちを込めて、
「私にも、そういう気持ちはあるよ。だけどな。まあ、今あるものを大事にするしかないんだよ」
このように伝える。Tにも気持ちは伝わったのかもしれない。
「フン……」
と鼻を鳴らした後は穏やかに私を乗せてくれたのだった。
後日。監査に向かったときのことだ。
最近分かってきたことだが、「勇者」どもは息の根を止めてしまうと、「復活」するようだ。だから、あえて殺さず、ある程度機能を削いで捕らえておくと、その期間は「復活」しないので、「勇者」の絶対数は減る。もちろん逃げられたり、監視役が傷つけられたりするリスクはあるが、元気いっぱいで復讐しに来る奴らを相手にするよりは、腕だの足だの舌だのを削いで生かしておいた方がラクが出来る。
そういう訳で今日も捕らえた「勇者」の見回りに行く。長期的に拿捕している「勇者」の中には、大分従順になって、こちらの簡単な質問には答えてくれる者もいる。もちろん、完全に信用はしないし、そこまでの自由は与えないが、そこまで行った「勇者」に対してはある程度苦痛を与える頻度を下げて、その姿をほかの「勇者」に見せることで、一種の広報として機能させるわけだ。
その日もそんな「勇者」に、私は尋ねた。「君たちの世界にも、『二刀流』ってのはいるのかね」と。「勇者」は、「そういうタイプの戦法を取る奴もいる」と教えてくれた。つまり、単純に武器を二つ持つタイプ、ということだ。へえ、と思う。「攻めと守りのどっちも得意という人間を『二刀流』と呼ぶことはしないのかい」と聞くと、「あまりそういう例はない」と首を傾げる。そして、「こういうことなんじゃあないか」と向こうから説明をする。その話はとても興味深かったので、私は馬を駆って、Tの領土まで出向いた。
Tは驚いたようだったが、私を歓待してくれた。先日はどうも、と社交辞令的な挨拶を交わした後、一体どうしたのかと聞かれた。私は答える。
「実はね、人間界の文字では、君の名前をこうも書けるそうなんだ」
そう言って、「勇者」に書かせた紙を広げる。
「二頭龍」
で、これは「にとうりゅう」と読むらしいんだね。そう言うと、T——Twin head dragonは、炎龍の首と雷龍の首を震わせ、大声で笑う。
「がっはっは。つまり、俺も人間どもには、『にとうりゅう』と認められているってわけかい。いや、ありがとう。いい知らせだ。それに、俺はお前に謝らなければならないと思っていた」
「謝るというのは、君の危険飛行のことかね」
「それは……悪かったが、お前なら大丈夫だろうよ。そうじゃあなくてな。『今あるものを大事にしなくては』って言ってたろ。それを聞いてハッとしたんだ。確かに俺は頭を持ってる。それも二つもだ。それなのに、たかが『二刀流』と呼ばれないくらいで駄々をこねてな。俺は恥ずかしいよ。」
「あんたには――頭も無いのにな。デュラハン<<首無し騎士>>殿」
別にそれで気分を害したわけじゃあ、ないんだがな。私は心の中で、苦笑いをした。心の中でしかできなかったからだ、もちろん。