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視力検査における主観の関与度の振れ幅に関する一考察

 メガネの表面に細かい傷がつきまくってて。なんかはみがき粉で磨いたら研磨剤が入ってるからコーティングが落ちちゃいます、ぜったいやんないでね、みたいなことが書いてあって、ってことは2~3日だったらそれで乗り切れるべって思ってはみがき粉で磨くくらいぼろぼろで前が見にくい。それ自体は自業自得、ガラスの面を下にして置いたり甘く踏んだり、なんだったら一回フレーム壊してレンズだけ入れ替えもしてるし、そのほかありとあらゆる苦難を乗り越えて共にやってきた勲章、そんな感じなので文句はなくて、たぶん一般的な耐用年数も超えてるだろうというところで、俺もメガネが単純に傷ついて見にくくなってあー買い換えなきゃなってなるまで失くさずメガネを使い続けられる人間になった、圧倒的成長、そんな感じでメガネを買いに出たんですね。

 でまあ、そこそこの年齢なので、しかも圧倒的な成長までしてるんで、ちょっといいメガネにしたほうがいいのかなって思って、なんかそういうのも調べてたんですよ。何万円とかのにしたほうがいいのかなみたいな。そしたら同行者が言うんですよ。うるせーなzoffでいいだろって。いやその、俺も年齢を重ねてですよ、メガネをなくさず耐用年数を過ぎるまでになったんですよ、圧倒的、って話をしたら、おめーは歯磨き粉でレンズ磨いてなんとかするレベルの人間で、マトモな30代はそんなことしない、レンズの耐用年数ってのはコートが剥がれるとかSPFカットができないとかそういうレベルで、表面がゴリゴリに傷ついて前見えなくレベルまで破綻するやつなんてzoffで十分、そもそもだいたい一回しれっとフレーム壊してんだろ何それはノーカンにしてんだみたいなことを言うのでぼくは悲しくなりました。しかもその浮いた金でカニとかが食えるとか言い出して、いやカニ食うのはいいけど俺の金で? と疑わしい気持ちにもなって。

 なったんですけどまあ、一理はあるなって思って。っていうのは大前提としてそんなオシャレなわけではないし、札駅の地下にゾフができてる。便利ではある。安い。ただそれだったら俺はクーレンズに恩義があるので、クーレンズで良くねえって言ってうっせーなみたいなことを言われたのでまあもうなんでもいいやってなってとにかくゾフに行きまして。

 視力は落ちてる感と、あと、老眼の恐怖というか、夜とかパソコン見るとき、メガネ外した方が見やすいような気がするときがあって、まさかなとは思ったんですが調べてもらいたいと思って、視力検査もしたんですよ。

 ようやく本題なんですが、視力検査の主観の関与度、振れ幅でかすぎません?

 最初、気球を見ますわね。で、ただ見てたらはーいオッケーでーすみたいに言われて、エッ俺なんも言ってないですよってなるわけですよ。主観ゼロで、勝手に診断される。そんなもんなのか。いいの? その、クッキリ見えたタイミングでここだっ! とか言わなくて。って一瞬思ったけどすぐ思い直した。
 何しろ相手はプロ、身を任せよう。そう思ってると、こんだぁ緑の光を見せられる。案の定、ぼーっとしてると「はいオッケーです」となる。なるほどね、完全に理解した。ヌルゲー。
 そう思ってると、次は緑と赤の中に丸があるやつ。何も言わずに黙って座ってると、訝しげに、あの、みたいなこと言われる。なんかどっちがクッキリ見えるかおしえてねって言われてたみたいで、えっ急に? これは勝手にやってくれるやつじゃないの?そんな難しいこと聞きます!? って思いながらジーーーーっと見るんだけど、難しい。なにしろこっちはついさっきまで主観を排除して、なすがまま川の流れのように暮らしていたわけで、そこでいきなりですよ、なんか意志を示せ、それが文明みたいなこと言われても困るじゃあないですか。精霊の導きに従って自然とともに暮らしてたんですよこっちはね。

 でもまあ困ってばかりもいられなくて、このまま何事もなく暮らしてれば右に曲がれとか信号赤だよとか、ぜんぶ精霊が導いてくれるっていうなら視力なんていらない、むしろ汚れたこの世界をみなくて済む分得ってなもんだけどそういうわけにもいかないので、自分で見なきゃいけない。自分の現在の能力、これを測ってもらわないことには話が進まないぞって気合い入れ直して、ジーッとみるんだけどよく分からん。1問目から難易度高すぎません? って思いながら、うーーーん……赤……ですかねえ……。というと、シャガって画像が切り替わる。今度はわかる、超簡単、難易度の設定間違ってんじゃないの? 緑がクッキリしてますね。シャガ。むっっっず。なにこれ。全然わかんない。もう観念して、分かりませんという。シャガ。わっっかんね。さっきの緑のやつが簡単だった分、衝撃がでかい。難易度の移行の仕方おかしくねーか? そう思いながら、しかし、恥を忍んで俺は分かりませんと言った。

 そしたらですよ。その検査終わるんですよ。エッ? って思って。だってそうでしょ、1.2のわっか見てわかりません、0.5のランドルト環見て上です、1.0のランドルト環見て分かりません、0.7のランドルト環見て分かりません、これで検査は終わりです。まあ0.5ではあると思うんだけどさ。もっかい0.5チャンスくれよってはなるじゃないですか。最後は「わかりました!」で終わりたいって言うか。一回しか分かってないのに終わっていいのか。

 と思ってるうちに今度は見慣れた文字列、そんでランドルト環。これはまあ、さすがにぼーっと見てちゃあダメだろってわかるので、へにけく、上、左、とか答えて、これが今日の復活の呪文かぁなんて思いながら時を過ごして、これは程よいですよね。確かに主観は関与する、でも確実な客観的正解というものがあって、「分かる」「分からない」の狭間が非常に明確。俺のにごった目でもクリアーにわかる。それでどうにか気持ちを持ち直して、最後の検査ですよ。

 今度は四角いぶつぶつがあって、そのぶつぶつがクリアーに見えるのはどっち!? クイズ。これもむずいんですよね。まず同時提示じゃあないんですよ、1個目です、2個目です、どっちがクリアに見えますか? いやその……視力検査で記憶力まで問われると思ってなかったんでぜんぜん覚えてないです……。ただでさえ最近とみに物覚えが悪くて……ほんとスイマセン……。
 で何回か切り替えてもらったんだけど、結局1問目は分かんなくて。2問目3問目はまあ最初の方かなぁ。4問目がむずかしくて、うーん難しい、これどっちなんですか正解? と俺はつい尋ねてしまう。

 いや分かりますよみなさんの言いたいことも。こういう検査で正解聞いてもしゃーねーだろと。でも、自分自身を信じるって結構難しいんですよ。俺の主観が正しいのか? っての、不安になることもあるわけです。つうかそんなことばっかですよ。自分の主観を押し通すってのは怖いことです。分かるでしょう? でその中で、一度客観というなんというかなあ、お墨付きと言いましょうかね。そういうものを貰えれば、それが寄る辺になるじゃあないですか。あーこういう見え方が「正解」のくっきりなのね。そしたら次からはもうちょっとだけ自分の判断を信じられる。人間にはそういう側面がある。そうだと思ったんです。

 そしたら。
「いや、これ正解とかはないんですよ」
 って言われる。

 いーやいやいやいや。騙されないよ俺は。そんなの検査の常套句じゃあないですか。別に正解とかはないから一生懸命自分で考えた答えを言ってね、と言いながらですよ。裏では俺を採点してる。本当は適切な答えがあって、それにそぐわない俺を嘲笑っている。そうに違いない。

 ってまで被害妄想的になったわけではないですけども、いやそのゥ、俺は自分の主観に自信がなくって、どういうのが「くっきり」なのか、一応聞いとくと判断に自信が持てると思うんですよ、別に今正解を聞いたからって、それに寄せるとかはないですから。何しろ自分の視力のことですからね、嘘言ってもしょうがない。ただ、俺は愚かで鈍なので、マジで「くっきり」っていうのがどういう状態なのか捉えきれてない可能性があって、そうすっと結果がかえって歪む可能性さえあるじゃあないですか、ね? ってつい食い下がってしまう。

 視力検査担当の人は困ったような顔で言った。
「いや、本当に正解とかはなくて……単に、レンズの組合せみたいなのを見てるだけで、あっくっきり見えるなってのがあれば、それにあわせるし、別に変わらなければこの二つだったらどっちでもいいんだなって決める、そういう感じです」

 ジャスト・ア・モーメント・プリーズ。俺はそう思った。

 いやちょっと待って待って、ってことはこれはアレなの、絶対的正解とかないやつなの? 主観が全てってこと? つまりただの検査ってこと?
 
 いやまあ視力検査だからそりゃあそうなんですけど、それで俺は混乱、じゃあちょっと待ってそのさっきの赤緑のやつもそうなんですか、って聞いたら、そうです、といわれて。

 ウワーって思ったんですよね。やっちまった。今まで俺が答えたのは全てウソ、虚言なので最初っからやり直してください、くらいに思ったけど、まあそれ言ってもしょうがないからさあ、しょうがないこっからその気持ちでやろって思ってまあやって。最後、レンズだけはめて、「そしたら周り見渡して、気持ち悪くならないかとか確認してください」って言われてね。こんな主観の極み、分かるわけねーだろ! あの気球とか緑の光のやつゾーンに戻してくれ!! ってなって大混乱したんですけど、最終的には薦められるがままレンズを買って、でもなんとなぁく釈然としない。

 つうのはね。これ構成ちょっと悪くないです? 検査を受ける最初の瞬間ってのは、よぉし俺は自分の目を快適に使っていくために、主観をバリバリに働かせるぞォっていう覚悟で行くわけじゃあないですか。ところがそのバリバリのギャリギャリのところで、「いやあなたは何もしなくていいんですよ、客観、機械、AIが全てやりますからね」って甘やかしにかかる。そしたら甘やかされますよ。って油断しているところに、どっちがクッキリ見えますか? って言われたら、これはもちろん主観もあるけど、さっきの客観の世界がちょっと残ってるわけだから、客観的正解があると思うじゃあないですか。しかもそのあとにいわゆる視力検査、絶対的正解のあるランドルト環が出てきてですよ。あーやっぱあれはクイズだったんだなって思うでしょう。ところがそこは完全主観がモノを言う世界だったわけですよ。わっかんないよ。

 それで、あーあこれで俺のレンズは本当の俺の目に最適なものではない、最悪の経験に1万円くらい取られて、ひどいめにあった、もう終わりだ、って思ったんですけど、結果的には世界の解像度あがってとても快適になりましたし、あと老眼はまだないらしくて良かったなーって思ったので、良かったです。

2件のコメント

  • 春先にレンズだけ変えたんですけどね、夏に健診の時に視力検査したら(メガネかけた状態)視力が下がってる! と

    元々そんなに目が悪いわけじゃないけど、ちょっと左目の度数が合わなくなってるかな? って思ってレンズ変えたのに、マヂ主観の世界だったみたいですよ
    o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!

    くろ
  • 早くAIが全部やってほしいですよね
    身体データスキャン中……て全部チェックしてくれて、その情報はコンピュータに保管されるようになるが、事前に犯罪の危険因子を発見して排除を始めてしまうのでそれは良くないってコンピュータ停めようとするんですけど、それがコンピュータへの攻撃行為と見なされて、ダダンダンダダン、アスタラビスタ、そんな感じですね。
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