ダブルワーク日雇い派遣の仕事が19時開始だからまあその日のうちには終わるだろ、なんて呑気に構えていたら終了は翌四時。へとへとになりながら2時間ほど眠って本職に向かい、そして夜には親睦会のような飲み会。ふらっふらになって、眠気の塊のようになってなんとかシャワーを浴びて眠った。
そして眠気を抱えたまま地下鉄に向かい、定期券を取り出そうと鞄を探る。
ガサ。
ビニールの感触が手に触れた。
ビニール? なんだろこれ。なんかパンでも買って忘れていただろうか。財布を引き摺り出す前にそのビニールの何かをつかんで取り出す。
しめじ、一パックだった。
大変庶民的なおいしいキノコ、ではあるが、あるはずがないものがあるはずのないところから出て来るとビビる。さすがに地下鉄の改札口で叫ぶわけにはいかないから、喉の奥で叫びを噛み殺して、途端に心拍数が上がるのを感じる。
全く身に覚えがないのに、「これ、あなたの子よ」と言われたみたいな、不気味な気分。またキノコってやつはよく見ると異形で、それが怖気をさらに促す。
とはいえ。とは言えである。
京極堂だって言っていた。
「この世に不思議なことなどないのです」と。
昨日は疲れて酔っていた。あまり覚えてないがスーパーマーケットに寄って、キノコ足りないなと思って買った、のかもしれない。というかそれ以外は考えられない。
そうだそうだ。問題はこれが帰るまで腐らずにいるかどうかだな。俺はすっかり安心して、キノコを背負って暮らすことをちょっと面白がったりしながら1日を過ごした。
翌朝。キノコはきちんと冷蔵庫に入れ、念のため鞄を点検し、久しぶりに晴れやかな気持ちで地下鉄に向かい、財布を取り出そうとする。と、また手先に何かが触れる。
嘘だろ?
そう思いながら、おそるおそる鞄を大きく広げると、果たしてそこには真ん中から切られたネギが入っていた。
どうなってんの?
頭中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、1日をなんとかやり過ごし、そして考えた。なんでネギが?
夢遊病でも患っているのかと思ったが、すぐにそれは否定できた。なぜなら、朝出勤直前に鞄を点検しているからだ。
スーパーの営業時間的にも距離的にも、意識がふいに途切れて買い物に行っているセンは考えにくい。
とするとーーこれだって相当考えにくいがーー誰かが歩いている俺の鞄に、熟練の手品師のような手先で野菜を入れてることになる。あるかそんなこと?
とにかく気持ち悪いのでネギは部屋の隅に寄せて、そしてなんだか曖昧な夢を見て、翌朝。
俺は我ながら間抜けな格好ーーつまり、産まれたての子供を抱くように鞄を腹に抱き抱えながら地下鉄に向かった。
何に誓ったっていい。
俺は一度も鞄を手から離さなかった。
そして瞬きも最小限にした。
それなのに鞄の中には春菊が入っていた。
俺は覚悟を決めた。
どうもこの、「何者か」は俺に鍋料理を作らせたいらしい。キノコ、ネギ、春菊と来たら間違いないだろう。明日は豚肉か?
豆腐だった。
もう俺も意地だった。土日に仕事なんてないが、無理やり地下鉄に行き、鞄を探ると食材が出て来る。生姜。白菜。
初日のキノコをそこらのカラスに投げてみた。カラスは喜んでキノコを食べて、どこかに何事もなかったかのように飛び去って行った。毒が入ってるとか、そんなことでもないらしい。
そして今日だ。あの日から一週間が経った。なんとなく、今日メインの具材が入ってて、それで終わりのようなそんな気がした。まあ肉だろう。春菊やら生姜やらを入れろということは、比較的癖が強い肉なんじゃあなかろうか。ラムか? イノシシか? はたまた鯨か。魚というセンもなくはない。
少々どきどきしながら、地下鉄の中で鞄の中に手を伸ばした。
やわらかい、人間の肌のような手触りだった。毛は生えていなくてつるつるだ。鞄を少し大きく開くと。
そこには。
丸々太った、人間の赤子が入っていた。
多分乳飲み子だったのか、思ったよりってか全然臭みもなくて、食べるところもほぼなかったので、ちょっと物足りなかったです。
(一部を除いてフィクションです)