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ガンアクションってなんだろう

 銃はそれ自体で動作している。自己愛とセルフケアの問題があって、銃撃戦が起こるような状況では銃はproperly手入れされていないと作動不良を起こして死ぬかもしれない。銃それ自体がデウス・エクス・マキナというより、むしろ銃とは自己の分身であってキャラクター性や主人公が自己をどの程度労わっているか、の指標として機能できると思う。
 ひとが社会で生きるために「自己管理」というバズワードが多用される為、それを表現するために適切な運動、食事、煙草を吸わないこと、酒をほどほどに…という描写をするのは日常の表現であって、健康小説というジャンルがあれば(伊藤計劃かそれ?)いいのかもしれないが、他の依り代によって機能性の側面を代替することは可能のように思う。というか、エンタメの方向性とそういう日常とを重ね合わるというかそういう感じ。キノの旅では記憶だと銃の手入れの描写は欠かしてなくて、健康小説なんだけど、あとメシもそうなんであって、そういう事を欠かしていないから人(主人公キャラクター)は生き残る事が出来る。というのは当たり前の話。不健康な人間が生き残ることは想定されていないのであって、銃の手入れを怠ればジャムる。つまり自己愛とセルフケアなんですよ、いかに自分を大切に思っているか、というのが道具(銃、あるいは肉体という物理的延長)の手入れにかかっている。
 少年兵は銃の手入れを怠る(というか、している暇がない?)ので死ぬんじゃないですか。そういえば最前線物語でも、主人公たちは銃の手入れをする描写がたびたび挿入されていたし、メシを食っているシーンも数多くある。やっぱ餓島じゃ負けるんだよ、という反省なのかもしれない(それは日本だろう)。最前線物語のヒトラーユーゲントも、なんか銃が故障した? みたいなSEが挿入されて主人公たちに捕えられていたな。やっぱ不健康で自分嫌いだと負けるのがセオリーなんだな。

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