だから言論統制や言葉狩りがある。魔女狩りと同じ。
自分の理解だと、むかしの(ざっくりしてるな)魔女というのは知識のある女性を指した。聖典に無い薬草の知識や、それを使った医療行為なんかが、異教徒のそれだとして排外されたのだと思っているが、つまり言語;それによって伝達される情報には、真と偽がある。その辺は聖典の解釈と宗教対立。
プロテスタントの女性信者がどの程度個人として聖典を読み出したのかは、自分の理解が浅いけど、学問の世界では女が軽んじられてたみたいな歴史はあったように思う。言語/理性のちから(傍点)はあくまで男のものであるとされ、女は感情的だ、ヒスがある、悪魔憑きだ、魔女だ、というのが西洋の歴史の一部にあるみたいな感じじゃなかったかなぁ。
この今書かれている言語の国では、狐憑きみたいな表現があり、それが日巫女、ないし卑弥呼みたいなシャーマンとして祟て祀られる歴史だった気がするし、だから戸川純から初音ミクまで女が歌を唄うわけですよ。あれらは全てマジナイのチャントで、男がやっても仕方がない(差別)。
真偽があるというのは、定められるプロセスがあるということで、それが議論や宗教論争、神学の領域であり、こっちだと女がヒスだ、畏れ多い、なだめましょうみたいなやり方になっているんであり、そこで言葉は議論を補強する材料となるのでなく、感情(ヒス)を制御する為のツールとして消費される。向こうでもあるんだとは思うけど。
というのが私の思うフィクションであり、実際の国や歴史や言語とは一切関係ありません。創作に面白く使えたらいいよね。最近断定口調で適当な事喋るのフィクション以外ではあまりよくない気がしてきた。