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夏のイデアに囚われて

こんばんは、涼しい夜になりましたね。
中秋の名月も秋分の日も終わり、葉も落ちてゆくばかりです。
もうすぐ、いや、あと数時間で十月になります。さよなら長月、そんなことを考えているとどこか寂しくなってしまいます。

突然ですが自分は、夏のイデアが好きです。
単純に夏が好きなのではなく、概念的なものが好きなのだと最近気が付きました。

実際に季節はあるけれど、それ以上にはっきりと分かれた春、夏、秋、冬に憧れてる人が多いような気がします。でも季節ってグラデーションだから、そんなに分けられるものでもなく、きっともっと淡いもので。

夏に想う冬、冬に想う夏みたいな、「あるはずのない概念としての澄んだ季節」を私たちは無意識のうちに作りあげているのではないか、と感じました。私が夏を神格化してしまっているのも、冬に想像する「絵に描いたような青い夏」に憧れて信仰しているから。特に日本人は、夏のイデアに強い憧れを抱いているように思います。ジブリ映画で描かれた田舎の風景、ノスタルジックなピアノの音色。私が大好きな、夏を代表するボカロPさんたちの輝く楽曲。鳥居の下で幼馴染と約束をしたような、波打ち際で一夏の恋が散ったような。そんな、記憶にない夏休みが蘇ってしまうような感覚を、何度も味わったことがあります。無性に懐かしくなり、気が付けば感傷に浸っているような、あの感じですね。

でも、だからこそ私たちは、夏の中で夏を探してしまうのかもしれないです。

夢の中で夢を見るように、夏の中で夏を見ているのかな。
でもそれもそれで、素敵なことなのかもしれない。なんてことを思った、九月最後の夜でした。

(これは、先ほどnoteに公開したものとほぼ同じ内容です)

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