派遣で病院勤務をしていたのは、10年以上前のことです。
個人情報保護法も浸透していない頃のお話。
でも、個人名は一切出しません。特定されないような部分のみ、お話しします。
私は怪談話が大好物なんですが、実際に病院勤めをしていた頃にそのような話を聞いた事は一切ありません。
それどころか、お化けなんかよりもその当時に一番怖かったのは、入院カルテのトップに「プリオン」の記載があることでした。
「う、わっ!?」
続いて、クロイトフェルト何チャラと来ると、超ヤバイ!
狂牛病!!!!!!ええええええーっ!?
めっちゃ、怖っ!
先生の直接のお友達で、総合商社とかに勤めていて知的レベルも高くて、海外出張に行く前に親友の健康診断も受けて、「問題なし!」の太鼓判を貰い、順風満帆に海の向こうに旅立った人が、帰国後しばらく経ってから人事不肖で救急搬入されてくる。
―ヤバイです。
この症例については、病状の経過がゆっくりしているので、かなりツライです。
後から聞いたところによると、「せっかく肉食国の本場に来たんだし♪」と言うことで、患者さん当人は連日ステーキハウスに通い詰めていたそうです。
まぁ、その時食った肉は美味かったかも知れないが、結果的にはなあ…。
経過としては、モンダイの肉を食ってもすぐには発症しない。
死病にも期限があるのでしょう。しばらく待ってからの発症。
だから、帰国後もすぐには何の異常も認められない。
たいていは、「ある日」。
転んだ。
単純な事から始ります。
始まると毎日毎日転ぶ。
そのうちに、美筆が自慢だったのに急に字が下手になる。
よそから見ているとあまりにも急激な変化なので、異常を感じるのですが、当人の認識はというと、「歳だし」で、終わるようです。
この先の経過も、よそ目だと「げぇっつ!!」なのに、家族は気がつかない。
何かしらの(歳だし)結論がついていると、平気で放置されるようなのです。
いよいよ当人の呂律が回らなくなり、なにを言っているのかも分らなくなった状態になった時に、やっと救急車の要請。
でも、もう手遅れです。
病院に到着する頃には、彼や彼女はもはや人間ではない。
看護日記も、さながら動物観察の様相。
かつての親友の変わり果てた姿を迎えた先生に至っては、その心情を想像もしたくもありません。
還暦を迎えて赤ちゃん帰りしたのとは、まったく違いますから。