• 現代ドラマ
  • SF

虹乃ノラン先生 作家デビュー・トーク&サイン会行ってきましたレポ。

虹乃ノラン先生 作家デビュー・トーク&サイン会行ってきましたレポ。

去る12/22(日)に名古屋市志段味図書館で行われた、虹乃ノラン先生のトーク&サイン会に行ってまいりました。

   *

虹乃ノラン先生は『そのハミングは7』(以降、『ハミング』と記載)にて、カクヨムコン9特別賞(エンタメ総合)を受賞された作家さん。カクヨムユーザーの方々にとって憧れの書き手さんのひとりではないでしょうか。
愛知県在住で、この会の会場である名古屋市志段味図書館・守山図書館(名古屋市は大きい自治体なのでたくさん分館があるのです!)の藤坂館長の先見の明によって、受賞前から館でのイベント講師をなさっていました。
わたくし長尾はそのイベント(「守山図書館創作ワークショップ ~みんなの原稿~」(https://kakuyomu.jp/works/16818093073886039100)「志段味図書館創作ワークショップ ~みんなの原稿~」(https://kakuyomu.jp/works/16818093077711426090)とか)に参加しており、いわゆる受賞以前からのお知り合いであります。

同じ愛知県在住の書き手であり、以前から存じ上げていて、しかも書くものが素敵だと思っている方の書籍化記念イベント、行くしかない! そして愛知までお越しになれない方に向けてなんとか様子をレポしたい! その一心にて今回これを書き上げました。

あ、あくまでわたくしによる非公式のレポートでございます。また、お知り合いということで呼び慣れた「ノランさん」の敬称にてお送りします。これらの点、どうぞご留意くださいませ。
それでは、レッツゴー🚙

   *

■ 自分で本を買って読んだことのない幼少期!?
作家といえば書き手である前に読書家、本の虫というイメージはありませんか?

ノランさんもそのイメージの例外ではなく、子供時代から本をたくさん読んでいました。
ただし、初めて自分で本を選んで買ったのは高校生の時とのこと。
では、それまで何を読んでいたのかというと、お母さまが買いそろえた「日本近代文学全集」「世界文学全集」などの全集シリーズだそうです。もちろん全集は買いそろえれば、とんでもない量の作品があるのは間違いありません。それがあれば読むものには困らない。
ですが、小・中学生が読むにはけっこう難しい内容も多いのでは? と司会である藤坂館長からツッコミが。『嵐が丘』など、分からないものは分からないなりに読んでいたそうです。なるほど。

ちなみに、創作精神は小中学生のころにはすでに発揮されていたそうです。
小学生のころは読書感想文のコンクールで賞をもらったり(読んだ本が「蟹工船」というのがまたすごい)、連載式で書き留めた8コマのギャグマンガがクラスで回し読みされたり、と発揮された創作精神によって書かれたものがすでに評価されています。すごい。
中学生の頃は学級新聞の記事と理科教育マンガ(水の循環について!)を書いていたそうです。

では小説は? というと、この頃していたことに小説の執筆は含まれていません。
ご本人談では、「小説なんてすごいものは自分が書けるものだと思ったこともなかった」(要約)だそうです。
では、なぜ小説を書くことに……ということは少し後の方で明らかになりますので、ここではさらにノランさんの少女時代について話を続けます。


■ 体育会系文学少女
さて、読書家の子供のイメージから最も縁遠いもの。それは「身体を動かす」ではないでしょうか。
ところが、ノランさんはそのステレオタイプなこちらの偏見を打ち破ってきます。

なにせ、高校生の時は強豪サッカー部のマネジャーを、大学生の時は応援部でチアリーダーをやっていたというのですから!
ノランさんは小学生の時からアクティブなタイプだったそうで、当時の将来の夢は、学校の先生・歌のお姉さん・ディズニーランドのキャスト、というラインナップとのこと。うーん、自宅で文学全集を読みふけっている子供とは思えない。

ただ、忙しい部活動の合間をぬって読書は欠かさなかったノランさん。
高校生の時は、古書店でカフカの本を手に取って購入し「これ、好き!」と雷に打たれたり、筒井康隆や小松左京といった作家の作品を読んだりしていたそうです。

子供の頃の読書について、ノランさんはこうおっしゃっていました。
「本は今よりずっと強い味方だった」
本がいれば、誰と喋っていなくても平気。
その感覚に覚えがある人は多いのではないでしょうか。ノランさんは高校でとても気の合うご友人たち(当日会場にもいらしてました!)と出会う前は、人間関係に違和感や孤独感を覚えることもあったそうです。本はそういう人の味方なのだな、と改めて思わされるエピソードです。

■ 会社選びにも発揮されるチャレンジ精神
話は少し前後しますが、ノランさんは愛知県内の高校を卒業後に関西の大学に進学し、そこの文学部……ではなく、社会学系の学部に所属し、文化人類学を専攻して卒業論文を書いたそうです。
これだけですでに典型的な「小説家」の経歴像とギャップがあるのですが、さらにそのギャップが広がるのが大学卒業後に入社した企業です。
いかにも本好きらしく、出版社や広告代理店などの採用試験も受けていたそうなのですが、ノランさんが実際の就職先として選んだのは……某大手通信事業者。

他の企業からも内定はあったのに、その企業を選んだ決め手は
「仕事の想像がつかないから」
だそうです。すごい! このチャレンジ精神、実は書き手としてすごく大事なもので、もう少し後に書く、ノランさんの『ハミング』発刊以後の先のビジョンについての部分で深く触れることとします。

余談ですが……ノランさんの入社先の会社の当時の採用試験は次々と社員の方と面談を繰り返していくスタイルで、入社後、ノランさんは最初に面談をした大学の先輩と顔を合わせたときに「よくウチ受かったね!」と言われた、というくだりで会場が笑いに包まれました。
ただ、社員の方が「一緒に働きたいと思った」なら合格して次のステップに進むことになるシステムだった、ということで今度は一転して会場に唸り声が響きました。
これだけで、ノランさんのお人柄というのは伝わるのではないでしょうか。


■ 書き手・虹乃ノランの誕生
こうして、大手通信業者の社員として働き始めたノランさん。研修期間中の営業活動で、回線契約数が同期の中で一位になるなど、すごいエピソードを挟みつつ……会社では希望通り、ITシステムの開発部門に配属され、システムの仕様を決める仕事をなさっていたそうです。

そんな風に東京でバリバリと働いていたノランさんに転機が訪れたのは2011年。東日本大震災があってのことでした。

ノランさんが飼っていた猫が、度重なる余震などの影響で酷いノイローゼに。ノランさん自身もかなり参ってしまい「猫と財布とケータイだけ持って」実家のある愛知県名古屋市に戻ってきたそうです。

その後、新しい猫を保護したり、高校時代に一緒に暮らしていたおばあ様の介護と看取り(おばあ様との別れについてはこちらのエッセイ、「骨を孕む」(https://kakuyomu.jp/works/16817330667761206668/episodes/16817330667761298377#p27)に書かれています)、とさまざまな出会いと分かれがノランさんにありました。
その中で、会場でうかがったお話の中でやはり際立つのは『ハミング』にも深く関係する、ひとりのご友人との出会いです。

そもそも、先ほど書いたように「小説なんてすごいものは自分が書けるものだと思ったこともなかった」と思っていたノランさん。
最初に書いた小説は、「小説を書く」という意識なしそのご友人と話しながら書いていったものだそう。
それは、どちらかというとマンガの制作方法に近い「キャラクターの設定を中心に話を作る」手法で綴られたものだったそうです。それが10万字(!)を超えたあたりで、自分が小説を書ける、ということに気が付いたノランさん。では、改めて腰をすえてちゃんと小説を書こう、と書き始めたのが『ハミング』だったそうです。


■ そして『そのハミングは7』へ
『ハミング』は、先ほども出てきたご友人が、ノランさんが発した「目から鱗が落ちる」という慣用句を変だと笑い飛ばしたことがきっかけで生まれたものだそうです。(*注)
家庭環境が複雑なせいで、しっかりと学校で教育を受けてこられなかったそのご友人。
大人になるまでに教育を受けて、でもその分いろいろなことを当たり前のこととして、目に映すことなく生きている人が、自分含め多くいること。その気づきはノランさんの心の中に強く刻まれたそうです。

そして、二作目の執筆に取り掛かり始めたノランさん。
ノランさんは自分がどんでん返しが繰り返される作品を書くタイプではなく、「シンプルなストーリーラインを深堀りしていく」ものを書くタイプだとおっしゃっていました。
『ハミング』もその通りで、当初決まっていたのは「目の見えない少年が鍵を拾って、心の闇から抜け出す」というシンプルなその1点だったそうです。
「心の闇を抜けだす」というゴールに向かって、じりじりと少年に寄り添ってストーリーを進める。それがノランさんの目標でした。

そのためには、
1. 少年の目が見えなくなるのは誰のせいでもない
2. 少年の家族は少年に対して「愛してるよ」と言ってくれるような完璧なものである
と、考えたノランさん。それを解決する方法……それが「アメリカを舞台に少年がハリケーンで失明する」という設定だったのです。

……『ハミング』のあらすじは、正直ここカクヨム(コンテスト)でそう見られるものではありません。エンタメ総合部門にしぼっても、多くは舞台は現代の日本で、主人公は二十代くらいの若者。あらすじやレビューを読んで「珍しいな」と思った人は多いのではないでしょうか。
それは、こういう流れがあってのものだったのです。

また、視覚障がい者の主人公トビーのリアルな言動、自然なシーンには、ノランさん自身の体当たりな試みや、ノランさんが親しくしていた「おじちゃん」とのエピソードがもとになっています。(*注)
それに関してトーク会でピックアップされたのが、トビーが親しくなった少し年上のお姉さん・サラに「ねえ、サラ。僕の目はどうなっている?」(p. 161)と尋ねるシーン。

「おじちゃん」は事故で失明し、それから半身不随の車椅子生活となった方でした。そしてそれから二十年あまり経ったある日、トビーがサラにそうしたように、ノランさんに尋ねてきたそうです。
ノランさんは、作中でのサラの答えとまったく同じような回答を「おじちゃん」にしたそうです。
そして「おじちゃん」は「そっか」とごく軽くその答えを受け取ったそうです。

「それだけの長い間、誰にも聞けなかったんですよ」と言うノランさんの顔に、一人の人間に対する深い哀切と、作家としてそれを書くべきものだと思った、という強い信念が一瞬見えた気がしました。


■ カクヨムコン受賞作としての『そのハミングは7』
さて、会場にはノランさんの担当編集者であり、カクヨムコンで『ハミング』を見出した編集者の奥村さんもいらしていました。

予定時間の三分の二が過ぎたころ、図書館の館長が奥村さんを壇上にあげて、担当編集者としてのお話をうかがうことに。

奥村さんは、まずコンテストの中間選考通過作のタイトル一覧の時点で『ハミング』は目を惹いたといいます。
そしてあらすじを読んだ奥村さんの感想は「この特異なあらすじ通りの、いい作品があるのか?」だったそうです。

なぜ、こんなちょっぴり不信が感じられる感想だったのか、というと、
1. 「アメリカが舞台で、少年が主人公」という設定のハードルが高い
2. 現実離れしたエピソードが含まれている
3. 先住民の話がでてくる
あたりが歴戦の編集者としては、うまく作品にするのが難しい、と感じられる部分だったようです。

そして、中身をいざ読んだ奥村さんの感想は……
「すごかった」
だそうです。
「この本には、十代の少年がひと夏に体験できるといいことが全部含まれていて、そして美しい物語になっている」とまとめていらっしゃいました。さすが編集者、読者として頷くしかありません。

ここで興味深いのが、これだけ編集者から絶賛され、受賞と刊行が決まった『ハミング』であっても、いま世にある文学賞のほとんどで受賞が難しいと奥村さんがおっしゃったこと。

これは現状、新人賞は純文学系かエンタメ系という二つの軸の間で、賞ごとにある程度決まった範囲の中で優れた作品が受賞する、という仕組みであるためというのがあるようです。
『ハミング』のようにハードルが高いことをやりながら、本好きの小学生でも読める作品はいわゆる「カテゴリーエラー」に陥ってしまう、というお話でした。

ただ、奥村さんは「ノランさんが子供のころに読んでいた、世界文学全集に入っているような話には、たとえばレ・ミゼラブルのように純文学やエンタメという区切りとは別の所にある作品もある」とおっしゃっていました。
この言葉には確かに、と読者としても書き手としてもハッとさせられました。


■ 作家・虹乃ノラン、この先へ
さて、会もいよいよ終盤。奥村さんの絶賛と冷静な『ハミング』の分析をふまえて、藤坂館長がノランさんと奥村さんへ、ノランさんの今後の展望について質問をしました。

ノランさんの回答は「今まで書いたことのない、ミステリ含め、色々なことに挑戦していきたい」で、
奥村さんの回答は「人(読者)がたくさんいる場所(ジャンル)をめがけて書く、というのもありだと思う」
でした。

恐るべしノランさんのチャレンジ精神!
でも、作家さんがネタや情熱を切らしてしまって、結果として自分の過去作と似たような作品を書いてしまう、自己模倣という状態に陥ってしまうこともあると考えれば(注:もちろん意図して読者のために自己模倣する作家さんもいますし、それが一概に悪いわけではありません)このチャレンジ精神はすごく大切なものだと思います。

そうやってチャレンジしていくことで、奥村さんがおっしゃっていたことが達成できて、するとノランさんの読者がどんどん増えていく……そんな未来が目に浮かびます。

もちろんそうした今後のために、『ハミング』がたくさん売れて欲しい! というわけです。
でも、こうしてトーク&サイン会に来てくれる人たちがいて、とても嬉しいです、ありがとうございます、というノランさんの言葉で、およそ二時間のトーク会は終了しました。


*注:これらの話は、「本の文芸ニュースサイト ナニヨモ」 (https://naniyomo.com/?p=15541)さんにくわしく載っています。ぜひこちらもご一読を!

  *

■ リポーターあとがき
こちらでレポートを綴ってきたこの会は、ノランさんの作品を書籍化前から色々と読んできた読者として、お人柄をよく知れる場であり、『ハミング』に対する思いや背景が聞ける場であり、今後への期待が膨らむ場所でありました。
つたない手つきではありますが、会場の雰囲気、ノランさんのお人柄、編集さんの熱量が読んだ方に伝われば幸いです。

お読みいただきありがとうございました!

7件のコメント

  • すごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。ありがとうございます!!
  • すごおおおおい!めちゃくちゃその場の空気が伝わる文章!!!
    素晴らしいトークでした😍
  • お見事です。
    私も会場にいましたが、こと細やかにレポートされています。
    素晴らしいの一言ですね。
  • ノランさんの近況ノートから来ました。
    レポート、ありがとうございます!
  • >>ノランさん
    文字数ほぼ6000字と、大大ボリュームでお送りしました。お粗末様です!

    >>凛さん
    あの日の空気を伝えるぜ!という気概で書きました。
    ほんとにいい会でしたよね~。

    >>@tumarunさん
    会場にいた方から、細やかだったというお言葉をいただいてほっとしています。ありがとうございます!

    >>結音(Yuine)さん
    ノランさんのフォロワーさんに届け……!とがんばったので、お礼の言葉いただけてうれしいです。どういたしまして!
  • こんにちは。
    ノランさんからご紹介頂きまして拝見いたしました。
    臨場感溢れるレポート、誠にありがとうございます!
  • >>豆ははこ さん
    ご覧いただきありがとうございます。
    臨場感をお届けできたようでなによりです!
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する