お相撲さんは身体が大きければ大きいほど強いような気がしますが、ある一定の大きさを超えてしまうと、何もしないうちから肉体が土俵の外にはみ出してしまい取り組みが成立しなくなってしまいます。何事にも限度があるということですね。
 なぜ、いきなりこんな話をしたかというとですね、もうないんですよ……この欄に書けるようなことが……。次回以降のために今のうちに小咄かアメリカンジョークでも仕込んでおくか……。というわけで(?)今回は新作特集「金のたまご」です。闇のカードゲーマーよりもっと邪悪なカードゲーマーに、無限に続く部屋で行われた殺人事件に挑む探偵、女騎士を煽るオスガキ聖者、アンドロイド銃撃業務に携わることになった公務員など、個性豊かな作品が揃っています。

ピックアップ

闇のカードゲーマーVS裏のカードゲーマー

  • ★★★ Excellent!!!

 カードゲーム『VS』が世界的な人気を博し、『VS』を学ぶ専門の学園まで存在するホビーアニメのような世界。そんな世界の裏では勝負に負けた相手のデッキと魂を奪う闇のカードゲーマーが存在するのだが、そんな連中よりももっと悪いのが本作の主人公・伊波ハクトである。

 この男、普段は裏カジノに勤務しておりカードのすり替えを始めとするイカサマが大の得意。さらに、口車による人心操作にも長けており、試合中だけじゃなく試合前から盤外戦術を駆使し、勝利のために真っ当じゃない手段に次々手を染める。

「相手が闇のカードゲーマーならそれぐらいありじゃない?」と思われるかもしれないが、この男……敵だけでなく味方である光サイドの中学生にもそれをやるのだ……! 自分にとって一番良い結果を手にするため、敵はおろか、味方も都合よく動かして暗躍するその姿は大変邪悪。あくまでゲームのルール内で行動する闇の陣営の方がまだまともに見えてくるレベルだ。

 この手のテーマだと、途中からイカサマのタネが切れてきて先細りしそうなものだが、本作の場合は話が進むにつれてどんどんイカサマや策が巧妙となり、ハクトの極悪っぷりを十分理解してきたはずの読者に「お前そこまでやるの……?」と思わせてくるから凄い。

 カードゲーム好きやホビーアニメ好きの人はもちろん、心理戦やギャンブル漫画が好きな人なんかも必見の作品ですよ、こいつは。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

無限に続く部屋には無限の死体が倒れている。

  • ★★★ Excellent!!!

 様々な怪異を収容する、アメリカのエリア51。その地下深くに「無限館」と呼ばれる部屋が存在した。そこで起きた殺人事件を解決すべく日本人探偵の外良羊介が現場を訪れるが……。

 この事件の最大の特徴がタイトルにもなっている「無限館」。無限と名がつくのは伊達ではない。一見するとただの広い部屋だが、部屋の奥にあるドアを開けると全く同じ部屋に繋がっており、さらにその部屋の奥のドアを開くと……といった具合に同じ部屋が無限に続く。名前こそ館だが、その実体は完全な怪奇現象である。

 「館もの」なので当然犯行にはこの部屋の奇妙な構造が利用されており、現実離れした設定ながらもトリック自体はあくまでフェア。与えられた手がかりを見逃さず丁寧に推理すれば解答に辿りつけるだろう。

 しかし、本作の恐ろしさは事件を解決した後に明かされる犯人の真の狙いにある。その内容は驚愕必至で、こちらに気が付ける人はそうそういるまい。また推理に疲弊した探偵・外良が醸し出す虚無感もラストを演出する良い味付けになっている。

 一万字に満たないわずか4話の短編ながらも、タイトルに「無限」を冠するだけあって、常軌を逸した奇想と壮大なスケールで読者を驚かせてくれる怪作だ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

オスガキに転生した中年男性、死んだ目で女騎士を煽りまくる

  • ★★★ Excellent!!!

 男性が希少でさらに男女間の貞操観念が逆転した異世界で、クリス・モモタローという少年に転生してしまった主人公。女性の方が力が強いこの世界で、クリスは聖者として女騎士たちに後方からバフ魔法をかけるのだが、問題はその呪文の内容。

「あれあれ~? もしかしてぇ、お姉さんたち苦戦してるんですかぁ~?」とか「くすくす、だっさ~い♪ 雑魚雑魚じゃ~ん♪」とか完全な煽りなのである。別に好きで煽っているわけではない。これは呪文の詠唱なのである。表情やしぐさが蠱惑的なのもそういうユニークスキルだから仕方がないのである。

 そんなクリスのバフ魔法に、激しく興奮し劣情まで催しているのが前線の女騎士たち。このままいけば屈強なお姉さん方のハーレム待ったなしなのだが、ここでさらに大きな問題が発生する。クリスは童貞を失うと死んでしまう呪いにかかっているのだ……!

 オスガキムーブ全開で女騎士をサポートするたびに、貞操=生命の危機が迫っているのだが、クリス本人はそのことにとことん無頓着。クリスの中に巣食う大妖魔ボブの冷静いなツッコミもむなしく響くばかり。このクリスと女騎士たちが演じるドタバタが非常に楽しいのだが、その一方で意外とシリアスな話も展開されており、そちらはそちらで大変面白い。ただの出オチでは終わらないなかなか侮れないファンタジーだ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

無気力公務員は、アンドロイドを巡る陰謀と対峙する

  • ★★★ Excellent!!!

 やる気のない公務員・田村智司は、副業でアンドロイドの修理をしながら日々を過ごしている。彼はある日、職場の回覧文書に掲載された『熊撃ち』への招集に応じる。『熊撃ち』といっても、撃つのは熊ではなく人間の手を離れて野良化したアンドロイドだ。8年前に死者を出した事故を起こしており、田村は彼らの真意が知りたいと考えて業務に参加したが、警察からの出向で参加する他の二人はそれぞれに思惑があるようで……。

 本来直す側の人間でありながら、アンドロイドを撃つことになる田村の精神状態はとても不安定だ。さらに、アンドロイドに激しい敵意を向ける秋元や、何を考えているのかわからない昼行灯の高槻など、『熊撃ち』の同僚には不安をかき立てる要素ばかりが揃っていた。しかし、その言動にはいずれも意味があり、物語の前半は彼らが業務を通じて自らの問題と向き合うまでの人間ドラマが中心となる。そして後半では、『熊撃ち』に隠された本当の狙い、そして田村の抱える秘密が明かされていき、アンドロイド開発をめぐるスリラー小説のような趣きを帯びていく。ヒューマンドラマの繊細さとミステリ的な緊張感を兼ね備えた上質なSFスリラーだ。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)