「私、王子から逃げられるんですか!?」触れられない最強聖女と、HP1の執着王子

唯崎りいち

第1話

 教皇様に聖女を辞めて去るように言われた私は、今日が帝都にとっての最後の“落とし物ができる日”になるとは知りませんでした。


 そして、


「信者たち、やめろ! 皇帝陛下、お許しを〜! うわあああああああ!!」


 教皇様が私の門出を祝う声を聞きながら、あなただけに独占されるなんて!


◇◇◇◇


 こんにちは! 私は帝都の大聖堂に住んでいる聖女です。


 子供の頃に転生者として目覚め、胸元に聖痕スティグマを持っていたので、大聖堂に連れてこられ聖女になりました。


 でもあまり役に立たない聖痕で、普段は信者さんとお話ししたり、大聖堂内で会いに行ける教会のアイドルみたいな活動をしています。


◇◇


 今日はついに教皇様に呼び出されてしまいました。


 「この、役立たずー!」とか言われて追い出されるのかもしれません……。


 うう、信者さんとはまた会いましょうって約束してるし、アイドル活動はもっと頑張りたいのに……!


◇◇


 教皇様の部屋に行ってノックをすると「入れ」と短く返事がありました。


 部屋に入ると教皇様は私に背を向けて窓の外を見ています。


 なぜ、偉いお方は窓の外を見ているのでしょう?


 「入れ」と言ったからには、私が入ってくるのは分かっていると思います。


 でも、部屋に入ってみて全然歓迎されていないこの感じは緊張してしまいます。


 さすが教皇様! いつも無駄がありません。


 私も見習って、次のアイドル活動ではこんな感じの演出も取り入れたいです!


 緊張しながら教皇様の動きを見守っていると、フッと軽く息を吐いてゆっくりこちらを振り向かれます。


 この威圧感、怖いです、完璧です!


「今日も信者と会っていたそうだな」


「はい! 役立たず聖女ですが、せめてお話しで信者さんのお役に立ちたいです」


◇◇


 教皇様が私に近づいて、聖女の白い聖衣を引っ張って胸元を見つめます。


 っ痛たぁ、少し乱暴な気がしますが、そこに私の聖痕があるので仕方がありません。


 魔法を使う時だけに浮かび上がる幾何学模様の聖痕は、私の力ではほとんど浮かび上がった事がありません。


 こうして教皇様や誰かの魔力が向けられた時だけ、私の胸元に大きく浮かび上がります。


 教皇様の定期的な検査によっても私の聖痕の真の能力は分かっていません。


 教皇様に聖痕をまじまじと見られながら、やっぱり無能な私にはアイドル活動しかないと思いました。


「やっと分かったぞ、これは……! 悪魔の印だ……!」


 教皇様がいつもの聖痕の検査とは違うことを言います。


「悪魔? ですか?」


「これは人々をたぶらかす悪魔の聖痕、『偽神の刻印フェイク・ギアス』だ。まさか、私の代で表れるとは!」


 教皇様のとんでもないことが起こったぞっとすぐ伝わる芝居がかった演出は惚れ惚れします。


 でも、悪魔とか偽神とか名称が強すぎです!


 自分の役立たずだと思っていた聖痕が怖くなってきました……。


「聖女よ、今ならまだ大丈夫だ。その聖痕は私が預かろう。お前は聖女をやめて普通の少女の生活をするといい」


 役立たずどころか厄災だった聖痕を引き受けてくださる教皇様が素敵すぎます。


 アイドル活動を楽しみにしていた信者さんたちごめんなさい! 聖女は普通の女の子に戻ります!


◆◆◆◆


——大聖堂。

 教皇の部屋——


 ははは、聖女から奪った聖痕に力が集まってくるのが分かるぞ!


 アイドル活動などと信者の人気を集め、教皇の座を奪おうとするバカな聖女でも制御できたのだ、教皇の私に出来ない訳がない。


 ドス黒い霧が私の身体から溢れ出す。


「なんだ! バカな! あんな小娘が持っていただけの聖痕が、私に制御出来ないだと!」


 呪いが身体を黒く染めあげて、痛みに悲鳴をあげる。


◇◇◇◇


「ぎゃあああああー! 助けてくれ! 聖女!」


 教皇様が用意してくれた馬車に乗って私は帝都を抜け出します。


 教皇様の最後のお見送りの言葉がここまで聞こえてくるような気がして胸が苦しいです。


 今朝まで聖女だった私が、急に普通の女の子に戻りますと言ってもそうはいきません。


 きっと帝都中が騒ぎになってしまいます。


 だから、教皇様の人のいない所まで送ってくださった優しさと気配りには眩暈がします。


 役立たずながら十年以上、教皇様の元で聖女として働いて良かったです。


「聖女様……。申し訳ありません……。貴方が人里にいると厄災が起こると言われて……」


 送ってくれた馬車の御者が悲しそうに私を見て去って行きます。


「私は大丈夫です! 教皇様によろしくお伝えくださーい」


 大きく手を振り、お別れを済ませ、私はもう聖女じゃありません。


 ここは人はいないけど、とっても素敵な所です。


 色々な果物の生えた木がたくさんあって、すぐそばには綺麗な小川があります。


 憧れのフルーツバイキング屋さんみたいな場所です。


 聖女でなければ帝都で話題のお店にはたくさん行ってみたかったのですが、叶いませんでした。


 帝都に未練があるとすればそれだけです……。


 でも、ここには天然のフルーツバイキングがあります!


 控えめに言って、サイコーです!!


◆◆◆◆


——帝都、大聖堂。

 教皇の部屋の前——


「司祭殿! 聖女様が、お辞めになって出て行かれたと言うのは本当か!」


 皇帝の使いの皇子が来ていた。


 聖女様が聖女を辞めるという話は、あっと言う間に伝わり、ファンの間で大騒ぎになっていた。


 もう何人がこうして聞きに来たか分からない。


「急だったので、大聖堂内でも、詳しくは教皇様しか分からないのです」


 他の方なら、後でと断ったが、流石に、皇子は追い返せない。


 教皇様の部屋の前まで連れていくが……。


「何だ! この黒い霧は!」


 教皇様の部屋の扉の隙間から、黒い霧が溢れ出して、下の方に溜まっている。


「聖女様の守りがなくなったからか……!」


 皇子が言う。


 足元の黒い霧を踏みつけて教皇の部屋に入る。


「……う、……聖女よ……」


 教皇の部屋は廊下よりも濃い霧が下に溜まっていて、声はするが、姿が見えない。


 声を頼りに、床に倒れていた教皇を皇子と一緒に長椅子まで運び寝かせる。


 ドス黒く染まった教皇の胸元に聖痕があった……!


偽神の刻印フェイク・ギアス


 人の悩みや悪意などの負の感情を集め、自身の力で強制的に癒しのエネルギーに変える聖痕。


「これは! あまりに危険すぎて、先代の教皇が安全な所に封印したと言う聖痕! なぜ教皇の身体にある!」


 私は知らされていなかったが、皇子が叫ぶ。


 不穏な空気が辺りを包む。


 突然、皇子の背後に、倒れていた教皇の手が伸びた。


「うわああああああ」


 皇子の身体が黒く変色し、霧のように溶けていく。

 

 持ち主の居なくなった豪華な装飾の服と装具が音を立てて崩れる。


「ひっ!」


 私は慌てて逃げようとするが、恐怖で足がもつれ、すぐに教皇に捕まってしまう。


「なるほど、他人からエネルギー奪えば悪意も私の身体で処理できるのか……、フっ」


 勝ったぞ! 聖女!


◇◇◇◇


 サイコー! のはずでしたが、甘かったです……。


 私がいくらピョンピョンとはねても、木の上の果物には手が届きません。


 カラフルで美味しそうな、黄色と紫の水玉模様の果物や、赤と黒のシマシマ模様の果物に、ここまでおいでよ! と呼ばれているのに手が届きません!


 私、聖女としてのアイドル活動では信者さんとお話ししたり握手会ばかりでした。


 反省です、アイドルというからには、歌って踊れなくてはいけなかったのです!


 ダンスをサボっていたばかりに、私はここで空腹で死ぬのですね……。


 私は果物を取ろうと十回もジャンプしたので疲れてしまいました。


 パタリと地面に横になって空を見上げると、夕焼けと夜が混じりあってとても綺麗です。


 魔界はずっと夜の闇の世界だと言います。


 ここはちょうど魔界の入り口なのでしょう。


 ずっと闇の世界も、フルーツバイキング屋さんと同じくらい行ってみたかったのです。


◇◇


 キラっと眩い光が闇の空を横断して夕焼けから、こちらの方にまっすぐに落ちて来ます。


 凄まじいスピードで堕ちた光は、私の数歩先にドーンっと大きな音と共に地面に大きな穴を開けました。


 その衝撃の凄まじさに、私の頭上の果物が二つ落ちてきます。


 おお! 神のお恵みです!


 私が果物の皮をむいてかじりついた時、土埃をあげた地面の穴の中から、甲冑をまとった騎士さんがこちらへ向かってきました。


 流れ星かと思ったら、人だったのですね。


「魔界の入り口に凄まじい浄化の力を感じてきたが……、この癒しの力は俺を救える聖女の力かもしれない……」


 独り言が多い方です。


「どこだ! 聖女! 何処にいる!」


 騎士さんは果物をかじる私を無視して聖女様を探しています。


 私はもう聖女ではないので、騎士さんの聖女様が早く見つかるように祈ります。


 シャリシャリとした果物の食感と甘さが口に広がって幸せです!


◇◇


 騎士さんの足元の土埃は落ち着きましたが、まだまだ足元には霧のように真っ黒なモノが浮いています。


 よく見ると目の前の騎士さんの鎧から漏れ出ているようです。


 これは、“悩み”ではないでしょうか?


 多分、闇の空から来たように見えた騎士さんは魔界の方なのでしょう。


 魔界の方だって、身体から黒い霧が溢れてくるなんて不便です。


 食事中にスプーンを落としてしまったら探すのに一苦労です。


 ここはアイドルとしてお話を聞いて解決策を一緒に考えていきましょう。


 聖女は引退しても、魔界でのアイドル活動で少しはお役に立てそうです!


◇◇


「な、何を食べている!」


 私が声をかける前に、近づいて来た騎士さんが、私の食べている果物に驚いています。


「そこにある木の果物れすよ。騎士さんのおかげで落ちて来て食べることがれきました! ありがとふございまふ」


 私は心からの感謝の印に深々と頭を下げます。


「これは呪いの果物、『冥府の毒林檎ハデス・アップル』と『獄炎のメロンイフリート・メロン』だぞ! 魔界でも一部のモンスター以外は毒が強すぎて食べる事ができない! だ、大丈夫なのか?」


 騎士様の威厳はどこへやらの、素で慌てる様子に私も血の気が引きます。


 嘘……、憧れのフルーツバイキングで死ぬのですか!?


 さーっと血の気が引いて、フワッと身体が浮いて、私は自分の身体を見失ってしまいました。


 身体に力が入らず、倒れながら、意識も遠のいていきます。


 でも、最後に、フルーツバイキング、できて良かった……です……。


◇◇


「いや、そこまで即効性の毒では……」


 俺は倒れる少女を抱き止める。


「!」

 

 少女に触れた瞬間に俺の身体中を光が駆け巡るような感覚がする。


 そして、長年、俺を苦しめていた身体から溢れる黒い霧、『終焉の蝕毒エターナル・ベノム』が止まった……。



 この子は聖女か……!


 食べる姿が、か、可愛すぎて、聖女を探していたことを忘れてた。


 ……寝顔も可愛い。


 やっと見つけた聖女だ、魔界に閉じ込めて俺だけのものにする!


 聖女を抱いて運ぼうとすると、バチッと身体に電流が走る。


 これが、恋か——


◆◆◆◆


——帝都、大聖堂。

 教皇の部屋——


 術者を数十人集めて、黒い霧を払って教皇の部屋の前に来る。


 後ろには帝国最強の騎士団が控えていた。


 聖女がいなくなって、居ても立っても居られず様子を見に行ったTO(トップオタ)の皇子が帰ってこない。


 一体何が起こっているのか……!


「やはり、聖女様がいないせいなのか……」


 術者が数十人集まってやっと払える黒い霧を、聖女様はたった一人で抑えていたのか!


 あまりの聖女様の力に畏怖すら感じる。


 ファンで良かった! この国の大臣で、聖女に認知してもらえて良かった!


 しかし聖女が卒業した今、この帝国はどうなってしまうんだ!


「ふはははは、何をしている。遠慮せずに入ってくるがいい」


 教皇はこの黒い霧の中、無事だったのか!?


 嫌な予感がする。


 私たちは大聖堂の、箱推しではないんだ!


 教皇の黒い霧によって、男たちは瞬く間に溶かされて消えていった。


 服だけを残して——。


◇◇◇◇


 私は生きていました。


 死を覚悟していたのに、怖がらせた騎士さんは許せません!


 けれど、ここは何処なのでしょうか?


 目が覚めたら小さなベッドで寝ていました。


 部屋の雰囲気は木の温もりがあって、山小屋のようです。


 立ち上がって窓にかかったカーテンを開けると暗い森が広がっています。


 私が倒れたのは魔界の入り口のフルーツバイキングの森でした。


 その奥に魔界の騎士さんが連れてきてくれたのだと思います。


 夜のように暗いけど、いつも暗い魔界なら夜か昼か分かりません。


 今が夜中で別の場所で寝ている騎士さんを起こしたら悪いと思いましたが、ずっとここにいてもずっと夜で、時間は分かりません。


 よく見るとベッドには転落防止用の鎖と魔法陣があります。


 ここまで転落防止を心配していただいたのに、今は使われていないのは、朝だから起きてこいと言うことでしょう。


 私は部屋を出て騎士さんを探します。


◇◇


「ど、どうやって脱出したんだ!」


 居間の様な場所に見知らぬ若い男性が座っています。


「絶対に逃げられないように魔法をかけてあったのに……、まあ、逃げる意思がないならいいが」


「誰ですか?」


 ちょっと男性アイドルっぽい甘いマスクで、カメラマンに狙われていたらとドキドキです。


 私が聞くと男性はニヤッと笑います。


「誰なんて聞かれるのは久しぶりだな。もう何年も呪いで鎧が脱げなかったから、俺が呪いの騎士だと皆んなにすぐバレた」


 彼がさっきの騎士さんだったようです。


 どこか高貴さのあるイケメンですが、私を怖がらせたことは許せません!


「鎧が脱げなかったって、お風呂はどうしていたんですか?」


「今入った」


「いえ、脱げない間はどうしていたんですか?」


「……」


 聞いてはいけないことだったようです。


 騎士さんから、アイドル必須のスルースキルを学びました!


「ありがとう、俺の呪いが消えたのは、君の癒しの力のおかげだ。風呂に何年も入れないなんてもう二度と経験したくない。俺は君をずっと俺のそばに置いて閉じ込める。俺のそばなら、なんでも君の思い通りだ」


 騎士さんは私にお礼を言いますが、もう聖女じゃありませんし、聖女時代も癒しの力なんて持っていませんでした。


「それはおかしいな……。君の食べた毒の果物は死ぬ様な物ではないが、食べると肌が果物の皮と同じ水玉やシマシマになるんだ」


 え!? 鏡を見てないけど、今の私の肌って水玉なのですか〜!


「心配するな、君の肌の色は正常だ」


「……なら良かったです。でも、騎士さんは、私を驚かせてばかりで許せません!」


「いや、あんな禍々しい果物をこんな可愛い子に目の前で食われた俺の方が驚いたわ!」


「美味しかったですよ?」


 また食べたいです。


◇◇


「君の浄化の力なんだろう。俺も君の手にしていたものを食べたがなんともない。毒が完全に消えていた」

 

 ドサっと騎士さんはあの果物達を大量にテーブルの上に広げます。


「沢山とってきたから浄化してくれ。一緒に食べよう」


 信じられません!


 またフルーツバイキングが出来るなんて!


 でも私には毒の浄化なんてできないのです。


 きっと神様が十年以上の聖女の活動に退職金代わりに奇跡を起こして下さったんだと思います。


 感謝して美味しくいただきます。


 そして、果物をこんなに沢山運んで下さった騎士さんにも!


「ありがとうございます! 大好きです!」


 私は騎士さんの目をまっすぐに見てフルーツバイキングへの熱い想いを伝えます。


「な、なにを言い出すんだ! 君は聖女なんだから皆んなのものだろう! 俺は閉じ込めたいだけだ」


 私、聖痕がないから聖女にはなれませんが、皆んなのアイドルには戻れます。


 騎士さんはなぜ分かったのでしょう? 教皇様並みにすごい方なのかも。


◇◇


 バチバチ!


 騎士さんから果物を受け取る時に手が触れたら、静電気が発生しました!


 呪いの鎧の中で、すごい静電気が溜まっていたのでしょう!


「なんだ? ……俺が帯電していたのか? すまない、聖女……」


 そう言う騎士さんはみるみる顔色が悪くなっていきます!


「HPが、1しかない……」


 大変です!


「騎士さんは、なんとかメタルとかみたいな防御力の高いレアモンスターなんですか!?」


「いや、普通の魔界の王子……」


「ええ! じゃあ、瀕死状態じゃないですか!」


 私は急いで果物を剥いて皿に並べます。


 騎士さんは、毒の果物を食べると回復していきました。


 神様! 退職金、ありがとうございます!


◇◇


「ありがとう、また君のおかげで助かった。呪いが解けたせいかな……やはり、そばにいろ」


 呪いとは初めて会った時の騎士さんの鎧からしみ出していた黒い霧のことでしょうか?


「騎士さんのお悩み……呪いはなくなってしまったんですね。アイドルとして“お悩み”相談に乗りたかったのですが、騎士さんが食事中に気軽にスプーンを落とせるようになって良かったです!」


「ん? 君と食事する時は、食事中に気軽にスプーンを落とす必要があるのか?」


◇◇


 騎士さんがいきなりひざまづいて私に頭を下げます。


「聖女様、どう俺とか魔界を救って欲しい」


「ええ!? 困っているなら救いたいけど、私はもう聖女じゃないんですよ」


 聖女だった時も誰も救えませんでしたが。


 そう言いながら私は服を引っ張って、聖痕のあった胸元を騎士さんに見せます。


「なっ!」


 騎士さんが驚いています。


「ね! 聖痕を持っていないでしょう?」


 何故か目を逸らす騎士さんにちゃんと見てもらうために近づきます。


 騎士さんは何故か見ようとせずに首を限界まで回しています。


「や、やめてくれ……、毒より刺激が強い……」


 鎧の頭もクルクル回ると思うけど、騎士さんは鎧じゃなくてもすごい回ります!


「ちゃんと見てください! 私は聖女ではありません!」


 やっと騎士さんはこっちを見てくれました。


 渋々と言う感じだけど、聖女に間違えられても誰も救えないんです。


「これは……!」


 騎士さんが私の胸元を見て驚いています。


 さっきまで見るのも嫌がっていたのに、マジマジと見つめて、震える手で私の服を押さえています。


 見ろと言ったのは私ですが、騎士さんの指先の感触になんだか困ります。


「嘘だろ!? 『神域の癒しセレスティアル・ケア』……本当にあったのか……。君は、可愛いだけじゃなくて、千年に一度の逸材だ!」


 セレ、セレス……、なんて?


 騎士さんのただならぬ様子に私も自分の胸元を見ます。


 私の胸に、魔力に反応した時だけ現れた聖痕とは違う幾何学模様が浮かび上がっていました。


◇◇


「教皇様に聖痕はお預けしましたのに! どうして!?」


 形は違いますが、もしかして、お預けせずに出て来てしまったんですか!?


 私、アイドル引退後に泥棒とか詐欺師とかそんな感じになってませんか?


 と、とんでもないスキャンダルです!


 ごめんなさい! 教皇様!


「生まれついての魂と一体化した聖痕は奪えない。預けた聖痕とは別物だろう。君が聖女である事は誰にも奪えないんだ」


 よ、良かったです。


 あの怖い名称の聖痕は、ちゃんと教皇様が管理して下さっています。


◇◇


「改めて言うが、俺は魔界の王子なんだ。魔界では呪いで苦しむものが多い。君の『神域の癒しセレスティアル・ケア』で俺と魔界を救って欲しい」


 王子様と言えば、天然のアイドル! ライバルです!


 ライバルとは言え、果物をくれた騎士さんに深く頼まれたら断りにくいです。


 でも私は、聖痕を二つも持っていたのに何も出来ない聖女だったのです。


 きっとがっかりさせてしまいます。


「君が俺のそばにいてくれるだけでもいい」


 魔界の王子様が、同じ事務所に誘ってくれている!


 私は聖女であるより前にアイドルですから、期待に応えたいです!


「魔界の王家直属アイドル聖女として、信者さんとお話ししたり、握手会頑張ります!」


「アイドル? アイドル並みに可愛いが」


 騎士さんが私をじっと見てオーディションをしてくれています。


 歌もダンスも出来ないのに王家の方と一緒にアイドル活動させて下さいなんてちょっとずうずうしかったかもしれません。


◇◇


「よく分からないが、俺のそばにいてくれ。君を捕まえて、二度と逃さない!」


 そんな! 私、魔界の王子に捕まってしまい、逃げられません!


 騎士さんが私に手を差し出します。


 熱烈なファンとの、魔界ではじめての握手会です!


 バチッ!

 

 また、騎士さんの静電気です。


「これは……」


 騎士さんが深刻そうな顔をしています。


 呪いで溜まっていた電気は相当な量なのでしょうか?


 なら、ここは一肌脱ぎます!


「お悩み相談に乗らせて下さい!」


「違う……。俺じゃない……。君の聖痕の力が強すぎて、触るもの全てを浄化しようとしている!」


「え! ええ〜!!」


「ふ、触れられないのか……。いや、もう一回……」


 バチバチ!


「うわー! またHPがー!」


 え!? 私、魔界の王子から逃げられるんですか!?


 知らずに、アイドルの高みに来てしまっていました!



◆◆◆◆


——帝都、大聖堂前——


 教皇の部屋から漏れ出た黒い霧は、帝都全体を覆う勢いだ。


 教皇の部屋まで行った、数十人の術者と帝国最強の騎士団は私の前で溶けて消えていった。


 大臣の私は命からがら逃げ出したが、帝国にはこれ以上、教皇に対抗する手段は残っていない——。


「うわあああああああああ!!」


 教皇の悲鳴が大聖堂から帝都中にこだまする。


 対抗する手段もないが、教皇の部屋に誰も近付かなければ、教皇自身も黒い霧に対抗するエネルギーを手に入れられず自滅する。


 アホか。


「うわあああああああああああああああ!!」


 ただただ、うるさい。


 これが聖女ならみんなでシュプレヒコール

するのに!

 

◇◇◇◇


 私は馬車に揺られて大聖堂に向かっています。


 強すぎる聖痕の力を抑えていたのは、教皇様が預かってくれた怖い名称の聖痕だったのです。


 騎士さんが人間に変装して付いてきてくれます。


 けれど馬車の中で揺れるたびに騎士様にぶつかってバチバチしています。


「浄化されそうだな。HPが1になるくらいで、君を諦めないが」バチッ


 騎士さんは毒の果物片手にずっと回復し続けています。


「聖女!」バチバチ!


 揺れに関係なく抱きついてきて、ドキドキです。


「流石に、休まず食べ続けるのは辛い」


「いやです! 騎士さんを浄化したくありません! でも、騎士さんに触れたいです〜!」


「せ、聖女……、君も俺の事を……!」


 騎士さんは私の魔界でのファン一号なんです!


 握手が出来ないアイドルなんてアイドル失格です!


◇◇


 帝都に着くと、大聖堂は禍々しい霧に覆われています。


「大聖堂が魔王城みたいになっています……」


「安心しろ! うちはもっとアットホームな感じだ」


 魔界の王子の騎士さんがご実家の様子を教えてくれます。


「ゴスロリっぽいのも良いと思ったんですけど……」


「帰ったら、もっと禍々しくする!」


 大聖堂から漏れているのは、騎士さんを呪っていたような黒い霧です。


 大聖堂から溢れ出した黒い霧は住宅街の方に伸びて、足元を覆っています。


 大変です! スプーンどころではありません! 鍵を落としたらお家に帰れなくなってしまいます!


 帝都ではもう落とし物が出来ません!


 今なら私の要らなすぎる『神域の癒しセレスティアル・ケア』も役立ちそうです!


◇◇


「聖女様! あなたが居なくなってから帝都は大変なことになってしまいました」


 信者の元ファンの方です。


 昔の調子で私との握手を求めてきます。


「下がって、聖女は忙しいんだ」


 騎士さんが信者さんが私に近寄って浄化されないようにしてくれます。


 これはジャーマネ! マネージャーです!


 今までソロ活動だったので、共同作業が嬉しいです!


◇◇


 大聖堂の黒い霧の溢れる大元は教皇様のお部屋でした。


 中に入ると教皇様が真っ黒になって倒れています。


 私が教皇様に近づくと、黒い霧が光に包まれて一瞬で晴れていきます。


「す、すごい! 黒い霧を一瞬で打ち払うなんて! さすが、私の推し!」


 ついて来た大臣さんが喜んでくれたので、振り返ってアイドルポーズでサービスです!


「……尊い!」


 バタッ


「だ、大臣! ずるいですよ!」


 久しぶりのアイドル活動でファンの方々が喜んで頂けています。


 ずっと会えない塩対応だったので、久々に神対応ができたでしょうか!?


「聖女! 君は俺以外と!」


 なんだか騎士さんが怒っています。


 騎士さんに強く腕を掴まれて、バチッとします。


「くっ!」


 浄化の力が、ダイレクトに騎士さんに届いてしまいました!


 けど、私の聖痕の無差別の癒しの力が黒い霧を浄化した事で少し弱くなっていました。


「まだバチバチするが、君に、触れる!」


 危ない、騎士さんを殺してしまう所でした!


 握手会の再開に騎士さんが喜んでくれて私も嬉しいです。


 教皇様は、これを計算して自らを犠牲にして私の為に黒い霧を集めて待っていてくださったのですか!?


 でも、スモークの焚き過ぎに帝都の方々が困っていましたよ。


◇◇


 すっかり忘れていましたが、真っ黒になって床に転がっている教皇様にちょっとアイドルからのお願いをします。


「教皇様! 過激なファン活動は控えて下さい! お願いします!」


 床に転がっている教皇様を上から見下すようになってしまいましたが、私は深く頭を下げてお願いします。


「……早く、この聖痕『偽神の刻印フェイク・ギアス』を外してくれ……、頼む、聖女」


 今にも消え入りそうな、か細い声が聞こえます。


 アイドルからの直接のお願いに教皇は感激して泣いています!


 教皇様! 推しへの愛が深すぎます!


「お、思い込みが暴走してる! 愛を知らないのか!? 教皇に向ける笑顔が尊すぎるし! 俺にも向けてくれ!」


 やり過ぎたファン活動を反省した教皇様から、騎士さんと魔界で暮らす私への最大級の餞別をいただきました。


◇◇


 聖痕『偽神の刻印フェイク・ギアス』が、私の『神域の癒しセレスティアル・ケア』を完全に抑えてくれます。


 けれど、何だか身体が重いです。


 何十人ものファンに押し倒されてるみたい。


 で、出待ちはダメですよ!


「どうしたんだ聖女!」


 騎士さんが、倒れそうな私の身体を支えて抱き上げてくれます。


 ズ、ズズズズウウウゥゥゥ!


「!」


 裸の男性が私の聖痕の中から次々と現れて積み重なっていきます。


「え! ええええええ!」


 二人同時に声を上げてしまいます。


「教皇に吸い込まれた人達が蘇った! 聖女がまた奇跡を起こした!」


 横にいたファンが何か言ってますが、そんなことより緊急事態です!


 全裸のファンに押し潰されるーー!


 騎士さんが私を抱き上げたまま逃げるように走ってくれますが、聖痕から出てくる全裸の男性ファンたちは逃げる私の前に落っこちてきます。


「い、いやああああああああああああああ!」


 私の絶叫が響く中、今日のライブは終了です!


◇◇


 「な、何なんだ、大聖堂って言うのは、ま、魔界より、魔境だ……」


 騎士さんが手を地面についてうなだれています。


 私も、今日のライブの光景は一生忘れられそうにありません、悪い意味でっ!


◇◇


 魔界への帰り道に騎士さんと手をつないで、これからの事を話します。


「これで、騎士さんとも触れ合える! 魔界でもアイドル活動できます!」


「聖女……、めっちゃ可愛い、いい笑顔だけど、ダメだ!」


 な、何故ですか〜!!?


◆◆◆◆


——その頃の大聖堂、教皇の部屋——


 無数の信者が私を取り囲む。


 聖痕がなくても分かる、私への剥き出しの悪意だ。


「教皇、あんたが俺たちに何をしてくれた」


「聖女様のように、話を聞いて悪意を取り除き、癒してくれたことなど無いだろう」


「むしろ、負の感情を増幅させて、帝都を壊滅状態にした」


「聖女様が許しても、俺たちは許さない」


 あの、小娘が!!


 信者だけでなく、黒い霧で近づけなかった帝都の兵士もやってくる。


 皇子も自分の服を探して着ている。


「ん! なんだ、これは!! 聖女と写っている男は誰だ!!!!!! 教皇、お前が聖女を追放するから!!!!!!!!」


 ……終わりだ、聖女が無能なせいで、破滅させられた——!


◇◇◇◇


「教皇の欺瞞を愛と勘違いして、あんな可愛い笑顔を見せるなんて、アイドル活動はもうお終いだ」


 え!? 騎士さんが、どうしてそんな事を言うんですか!?


「さっきの混乱の時に、大聖堂に聖女と俺が抱き合う写真をばら撒いてきた。今頃大騒ぎだろう」


 な、なんですか〜!


「君は、俺だけのアイドルで、これから離れるずっと俺だけを見ていろ。本当に君を愛してるのは俺だけだ。みんなの前ではただの聖女でいればいい」


 ……。


 私は騎士さんのストレート過ぎる告白に真っ赤になってしまいます。


 騎士さんは、ガチ恋勢だったんですね。


 本当ならアイドルが一人のファンを特別扱いできませんが……。


 私、普通の女の子になったんでした!


「私、騎士さんと専属契約したいです!」


「当然だ! 触れられないと思っていた君に、聖痕より深い愛の契約を刻む」


 すごいことを言う騎士さんに抱きしめられても、私の『神域の癒しセレスティアル・ケア』は、もうバチバチしません。


「もう、俺だけのものにして、閉じ込めて逃がさない」


 一人のファンからもう逃げられない私は、あなただけの最高のアイドルになりたい!

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「私、王子から逃げられるんですか!?」触れられない最強聖女と、HP1の執着王子 唯崎りいち @yuisaki_riichi

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