ある恋の物語(恋はMessengerで)

ねこ愛

.

これは恋といえるのか自分でもよくわからない。

好きという感情は確かだから、やはり恋だといいたい。

年に一度だけ逢う恋もあるし、遠距離恋愛とかもあるけど、それらとも違うと思う。


彼はインターネットから呼びかけてきた。

2024年の9月、時々チェックするGMailをなんとなく開いた時、

見覚えのある名前が目に付いた。気になった。

一回はスルーした。でもやっぱり気になる。

確かめようと、クリック。

男の顔が現れたではないか。えっ! 確かに見覚えがある顔。

アルバムを取り出して、彼の写真を探し出した。

私が持っている彼の写真は2枚。一緒に写した写真は一枚もない。

わざわざ、カメラを持ち出し写真を撮る95年代と、携帯でさっと枚数を気にもせず、自撮りさえも簡単に撮れる今の簡易さは、気分的にもかなり差があるのは確かだが。

しょうもない気を遣って一緒の画面に収まるのを、意識して私は避けたのではなかったか。

2枚ある彼の写真と照らし合わせてみる。29年たったのだから、こんな顔になるかなあ、額のほくろも少し大きくなって同じところにあるじゃないか。生え際も似てるし。

この人はフリオだと確信した。でもなんで? なんで? 

Face Book に息子が私を登録していたのを、彼が見つけたということらしいが。

「ねー、この人、あんたも知ってるでしょ? 一回会ってるじゃない?

憶えてる?」

ちょうど、階下に降りてきた息子に訊いてみた。

「ああ、」と言いながら、モニターを覗いた息子が言う。

「ネットで、今すぐ、話せるよ」

「えっ!そうなの?」

急にそんなこと言ったって、わたし・・・」と言ってるうちに、

いつもは遅めの行動で、私はイライラさせられるのに、この時の息子の行動はやたら早かった。

コンピューターにマイクをつないで、向こうを呼び出してしまった。こっちは心の準備も、言葉の準備も何もできていないのだ。

「ほら、出ろよ!」息子がせかせる。

呼び出し音が消えて、男性の声が、

「アロー、アロー!」と言っている。そんなにすんなりとスペイン語が出るはずないじゃないの。無口な息子と暮らしていると、日本語さえほとんど喋っていないのだよ。

慌ててマイクをつかんで「アロー、わたし ユーコです」言ってみた。

「Si, konozco 」といったのかな。そう、分かっているんだ。

「Julio ? 」(フリオ?)

「 Si si 」太い声がぼわ~んと聞こえて、その上外国語では、私の耳は聞き分けるのは難儀だ。もしかしてコンピューターだから音が悪いのかとも思ったが、

携帯の番号を訊かれたが、急なことで言わなかった。言えばよかった。

電話機の方がまだいいだろうとは思うけど。

彼はペルーにいるとばかり思ったが、現在はスペイン、マドリードにいるらしい。

「私は元気よ」

「Tu Hijo ? 」(息子は?)あら、息子も覚えているのね。

「息子は私と暮らしてる」

「ああ、それはよかった」

1ヶ月前からマドリードに住んでいるらしい。

私のせいで話が続かない、どう終わればいいのか。困った。

「また、次に話しましょうね。電話機を変えないと、私の耳はあなたの声がぼわ~んと響いてるだけで良く分からない」

「フリオ、電話機変えないと、あなたの声が不明瞭で良く聞こえない」「Hasta luego Julio ! 」(またね。フリオ!)

これ以上もうスペイン語は出てこないし、で、終わりにしてしまった。

電話を切った後も、何かまだ、私は興奮状態。

そして、まだ信じられない。


 30年前の12月友達が経営する“Bar”でフリオと出会った。

 そして、その数日後 “アルコイリス”で会う約束をしたのだ。

 私のスペイン語は怪しいものだったけど、この最初のデートは、ラテ ン系の男性が話すスペイン語を聞くのが好きな私には、楽しい時間  だった。

 アルコイリス(虹)はペルー料理の店で、

 初めて食べるペルー料理は珍しくて美味しいと思った。 

 彼はとても若そうに見えた。そして、ペルー生まれと聞いたが、私が テレビなどで知っているペルー人の肌の色をしておらず、ハンサムな 顔立ちという印象だった。息子よりは年は上だろうと願うけど。

 何度目かのデートで、鶏肉食べ放題の店の中、肉を焼きながら、夢中

 でそれを頬張っている、正面に座るフリオのテーブル越しに見える上 半身を私の眼は見つめ、服の下にある彼の若さを、力強さを想像する 自分に私自身が驚いたあの瞬間、久しぶりの恋の予感がしたのだっ  た。やがて、それは現実になったのだが、リードしたのはどっち   だったろう。

 

携帯電話とはなんと便利なツールだと今更ながら思う。

ラインを繋げば誰とでも会話、メールがいつでも可能なのだ。

そう、フリオと会話するのはメールがいい。

辞書を引いたり、準備する時間があるだろうから。

フリオの声を聞くことが出来るし、で、音声が良くなかった携帯を他社に乗り換えた。

ラインをつないだ瞬間、彼からすぐに写真が送られてきた。

1歳くらいの幼児と若い女性の写真だ。

えっ!なに、と思ったら、彼の娘とその子供らしい。

「今や、私はおじいちゃん」だって、な~んだ、そういうことね。

いろいろな写真がどんどん送られてきた。

新しい年になると、バルセロナに近い街に一人移り住んで、運送会社に就職して働き始めたのか、ピレネー山脈の近くだよ、とか、走行中の動画とかがライン上に次々に飛んできた。

まず最初には「Hola mi amor・・」いつも(私の恋人よ・・)と呼びかけている。くすぐったい。

「Nihonnni kaettehoshiidesuka?」ある日こんな文字が、

「日本に帰ってほしいですか?」と日本語で読めるけど、

いきなり、どういうこと? 何を考えている?

いえ、そんなこと急に言われても困りますよ。とつぶやく。

29年前にあなたはさようならの言葉さえ残さず私の前から去っていったのではなかったでしょうか。

29年を消し去るほどの何かが私たちの間にはあると思うの?かしら?

ま、いいや、静かな水面に一石を投じられ、ほんの少し波紋が広がった気もするし、出かける場所もないし、その気にもならない最近の生活にうんざりしていたところに、降って湧いたような刺激が飛び込んできたって感じなのだから。

この気分は悪くない。

バルコニーの下でギターを奏でて愛の歌を歌う情熱的な男を連想してしまうような躍動的な動画が次々と現れる、そして実際に矢印ボタンを押すとラテンの愛の歌、そしてロマンチックな男女のデュエットが流れ出てくるし。

そして、次には、ハートマークと愛の言葉の文字が並んでる。

私は更に面食らう。でも悪い気はしない。

なんなの? フリオったら・・・なんか私の声まで甘くなってないか?

ある時、7時間の時差を考えてから、勇気を出してラインの上にある電話のマークを押してみた。

なんと、「アロー、・・・」すぐにフリオの声が聞こえてきた。びっくりするほど、声が近い。

私の理解力を気にもせず、早口でしゃべる。

「ダメよ、もっとゆっくり、ゆっくり、喋って・・・」

彼は楽しそうに笑った。懐かしい笑い声だ。

私はすっかり舞い上がってしまっているではないか。

送られてきた写真には、額の髪がすこし後退して、グレーになり、胸は分厚く頑丈そうな腕が写っていて、流れ去った年月を感じるが、声は変わっていない。

もっとスペイン語がスラスラ喋れたらいいのに。私はイラつく。

何を喋ったか夢中で、向こうが理解したかどうか分からないまま、

「Puroxma ves Julio chao !」(じゃ、またねフリオ)

こんな具合に電話を終わらせてしまわねばならない自分がじれったい。

「Estujio Yuko」(学んで)と彼は言う。

ある時彼に、

「恋人はいないの?きれいな女の人を見つけなさいよ」と言ってみた。

何と彼は返事をしたのだろうか。はぐらかされたのだったかな。

フリオの私に対する熱量の高さにまだ戸惑っている。

「いつも、あなたの家でラテンの歌を聞いたね」こんな文字とともに

ナットキングコールの“キサス キサス キサス” の動画やトリオロスパンチョスの歌が送られてくる。

私は “ある恋の物語” が一番好きなのだ。話さなかったかしら。

また、ひとつ動画が送られてきた。

「Unchained Melody 」映画 “ゴースト” の主題歌だ。

私の家でフリオと観たのだった。面白くてロマンチックなストーリー、英語版だったけど、理解できたのだろう。

この歌の歌詞までも彼は理解してるのか、していないのか。

単に彼にとっては一緒に観た映画の思い出という意味だけなのか。


ある夜、テレビでスペイン特集の番組をやっていた。思わず私はフリオに電話をしてしまった。フリオの声がすぐ返事をしてきた。

「サグラダファミリアに私行ったことがある。一人でBar(バル)に入ってビールを飲んだの。それから、広場まで歩いてしまって、タクシーでホテルまで帰った。タクシーの運転手に私、スペイン語で喋ったわ」

興奮して喋る私の声をフリオは楽しそうに聞いてくれた。

むろん、フリオも観光はしたらしい。ひとしきり、私の気持は弾んで会話はいつもより続いた。

ああ、スペインにもう一度行きたい。この時私の心は震え、痛切にそう思った。

観光ではなくひと月でいい、住んでみたい。

20年前ならね、可能だ。今頃遅すぎやしないか?

ひと頃、アルゼンチンタンゴのダンスに憧れて、タンゴダンスの映画を観まくったりして、いつかアルゼンチンに行く!と思っていたが・・・

いま、その情熱は小さくなってしまった。

心が、そして当然、身体も老化してしまったのか。

気づかぬうちに費やしてしまった時間はもはや、戻ってはこない。

フリオは、私の上を通過してしまった時間に気づいていない。


6月に入って、わが家のキッチンと床を全取替えする工事に1週間かかり不自由な生活が続いた。終わって、ホッとして、説明的なすこし長文のメールを久しぶりにフリオに送る。

とたん、携帯のベルが鳴った。画面を見るとフリオからだ。

「アロー・・・」なんと、画面に彼の横顔が、えっ!

そんなー、テレビ電話経験なしのわたしだ。慌てふためく。

「ごめん、ごめん、いま、ダメ、後でね」

フリオはタイミングが悪いと感じたのか、即座に電話を切ってくれたのだが、私の残念の気分は大きい。

数日後、新しいキッチンに満足そうな表情の、我ながらご機嫌だわと思う写真を自撮りして、一枚をフリオに送った。

3年前の写真とこれでやっと2枚、いや3枚彼に送ったことになる。

出逢った時の、Bar “B .M ” で誰かが撮ってくれた写真、今よりも30年若いわたしの写真を前に送っていた。


今年の酷暑が始まって、それに耐えながら生きるのが精いっぱで

「Estujio Yuko 」 と、フリオに言われ、そうね、と答えた私だったが、スペイン語を学ぶなんて、余裕まったくなかった。

こんな夏があるだろうか。夏を恨んでもしょうもないけど。

やっと秋が来たような気温になったある日、フリオに電話をする。

「今日は、少し涼しい、秋がやっと来るわ。

今はひどく疲れていて、スペイン語で喋るのなんてめんどくさいの」

いつのまにか後半は日本語になっていた。

「くさい?なに?」くさいの日本語の意味を知っているのか、訊き返された。「違う違う。面倒って言ったの!」電子辞書で “面倒” を調べて、慌て気味に答える。めんどくさい。しちめんどくさいとも言うし、なんでくさいが付くのだろう。日本語は面白いけど、めんどくさい。

フリオと逢い続けていたのは7か月、そんなものだったのを思い出し、

「何年間、フリオは日本にいたの?」少しは日本語を憶えたでしょうにという感じで、質問した。

「Ocho anos 」(8年)「えー!8年?8ヶ月ではなく?」

「そう8年」

ばかか、と思った。8年あればその国の言葉をかなり習得できるはず。

1・2年で上手になる人だっている。なにをしとったの?ただ、ひたすら働いていたのか。

それより、その8年の間、一度も私は連絡を受けていない。

29年過ぎて、何故、私を探してコンタクト取ろうとしたのか、またもわからなくなった。

携帯でのフリオとのラインが始まった部分へ遡っていくと、始まりの箇所には彼からの不在着信がなんと、10回以上も記録されているのに気が付いた。

全然知らなかった。何故何度もそんなに急いてフリオは私と電話を繋ぎたかったのか。

やっぱり、私は彼が何を求めているのか、理解できないでいる。

そういえば、何度目かの電話で彼が話しているとき、

「来年、日本に行くよ」と言うのを聞いた気がして、慌てた私が何か言って、話題を変えてしまった。あれはそう聞こえたし、聞き違いとかではないと思う・・・。

「どうして、何しに日本へ来たいの?」と訊くべきだったのか。

少し後悔するけど、聞いてどうなるという気持ちが強い。

そりゃ、20年ぐらい前だったら、フリオが私に逢いに来るなら、おそらく大歓迎だわ。今じゃ遅すぎるのです。

年月というものがどれほど残酷な仕打ちをするか、彼はまだ、そんなには感じていないのだろう。

そう、これは恋と言えると思うが、逢うことなく、もちろん触れることもなく、このままでいい。と私は願う。


8月のある日。外気温が40度近くに到達した日、

「こんなに高い気温にさらされるの人生で初めて!助けてー!」

現状の厳しさを知ってもらいたくて、メールした。

フリオは返事を送ってくれたが、それはシルバー色の車の横に立つ彼の写真だけで、言葉は何も添えられていなかった。

どういう意味? 言葉はないの? 私は不満だが、助けに行きたいという意味だったのかなとも考えられる。

自分の心の動きが最近になって奇妙に感じて不思議な気がする。

フリオとの交信を始めた最初のころは、私の対応は少し素っ気なかったと思う。

「Tu me quieres 」(私を愛してる?)

のメールを見た時は、こんな質問があるか、と思った。うそを言うのは簡単だ。しかし私には愛という言葉を使うのは簡単ではない。

「戸惑っている。自分でもよくわからない。29年も過ぎたのよ」

と答えたのだ。

あの当時あなたに好かれていると感じてはいたが、amor(愛)という言葉を聞いた記憶はないのに何故今、私に訊くのだ。また疑問が生じる。

ラインを始めたころ、私を恋人と呼んでくれるフリオを煩わしいと感じていた時もあって、

「Hola ! 何してる?」と来ても「テレビ観てる」と短い返事しかしなかった。

だけど、時間がたち、だんだん彼のことを考え、次はどんな事を

話そうかとか、スペイン語のフレーズを考えている自分に気付いたりして、フリオの私に対する想いの強さを感じ、自分の変化に最近は苦笑してしまう。

フリオと頻繫に逢瀬をかさねた30年前のあの当時は、7か月程で彼が去り、終わったのだったが。

ライン上のこの恋?の継続はもうすでに1年を過ぎた。

寂しさを友にして生きている今、人を好きだと感じるこのしばらくぶりのやるせない感情を大事にしようと思う。でも、

どこまで行くのかしら・・・それを考えるのは止めよう。


人生で最も高い気温が続いた夏がやっと終わり、涼しいと感じる10月のある日、この夏を生き抜いたのだ、と感じて、

久しぶりにフリオにラインを送った。

「Hola que hace ? 」何してる?

「Hola que hace mi amor ? 」同じ言葉が返ってきた。

「Yo vivio ! 」(わたし、生きてる)こんな返事を返した。

即座に電話が鳴った。

ええっ!なになになに!どれどれ! 

電話のボタンを探して押す。

とたん、フリオの顔が画面いっぱいにある。その下に小さく、えっ!私が! そこで、テレビ電話だと気が付いた。

画面に映るフリオが両手で顔をつるりと撫でてから、口をポカンとあけている。英語だったら 「Oh my God ! 」のセリフが飛び出す表情をしている。

なに? わたし何か悪い? やだ、化粧してない!言いながら左手で顔を隠す。こんな不意打ちってあるか?

まだ驚いた顔のフリオは、ベッドの中にいるようだ。

「まだ、起きたところね。ごめん」たしか、今日は休日で9時にはなっているはず。ほとんど話をしないで電話は切れた。

第一、向こうが電話してきたのだ。

私のメールに、即座に反応したのはフリオの方。そして電話して、その驚いた顔は何だ?何に驚いたのだ。あれは、感動したポーズとも見えなくはないが、

いや、やっぱり何かに驚いた表情だ。

暑さ負けは確かにしたが、熱中症にはならなかったし、でもね、年寄りの疲れた顔なんて見られたもんじゃないとは、自分でもわかってる。

年齢のわりに、顔のしわは少ない方だと自負している私なのだがこれは自分の評価で、人はどう感じるか、知らないし。

30年ぶりに見るフリオの表情、意味が分からないびっくり顔が、脳裏から離れない。私は混乱し、困惑する。

8年の間彼は日本に居たと話していた。その間に誰か親しくなった女性がいたとしても不思議ではない。

その誰かと間違えているという可能性はないだろうか。とも考えてみる・・・ 無いな。

私との共通の思い出が一致しているし、私の友人の名前も覚えていた。

やっぱり、画面に映る私の顔にびっくりしたのか。

数日の間この逡巡に、頭を占領され、逃れられず、くたびれた。

自分でもわかっているのだ。フリオは私の老いに驚いた。やはり、これが正解だろうと。

あ~あ、嫌になっちゃうなー。老いは自然の摂理でしょう。

終わりにしようか。終わるのは簡単だけど。

もう少し、向こうの反応を見ていようよ、とも思う。

1週間が過ぎた。

現地時間の昼ごろと思われる時間に、

「ランチタイムだけど、フリオはランチに何を食べるの?」

何かしら反応が欲しくて、あたりさわりのないメールを送ってみる。

これまではメールを送ると、すぐさま返事が来た。

あるときなど、向こうが夜中と思われる時間にしたメールに、返事が来て驚いて、「今、夜中でしょ?」と送ると「そう、水飲んで、トイレ」という返事が来たことがあったくらいなのだ。

3日過ぎても、4日過ぎても、何も反応なし。

彼に連絡するのはもう辞めるの、どうするの、自分に問い続ける。

丁度、10日が過ぎたころ、外でキャンプのような、調理中と思われる写真が4枚繋がって送られてきた。これって返事のつもりなのか。

言葉は何もない。どういう意味なのか。なに?ランチも自炊ということ?

日本人が連想するランチタイムとかなり違う。

以前聞いた私の知識だと、スペインでは、昼休みに昼寝をしたりして、昼食時間が長いらしい。

やはり意味不明だ。

返事するのが面倒だったのか。

返事が写真だけになり、言葉が付かないのはなぜだろう。

そもそも、テレビ電話の彼のあの態度は失礼でしょうと思うが。

何か説明をするべきだ。

私も何故?を考えるのに疲れて、だんだん癪に触ってきた。

終わらせよう。終わらせるにしても、さて、どう終わらせるか?

夜、ぼーっとした目はテレビ画面を追いながら、頭は目まぐるしく考える。

フリオが人違いをした、という見方は全面否定はできない。として考えてみる。だとしたら、彼の内面は大慌てだろうと想像できる。

が、やっぱり、私のすっぴんの顔に反応したのだ。

この考えにやっぱり戻ってしまう。だけど、以前からあまり化粧はしたことがない。


「あなたは話をしなくなった。

ビデオ電話で私を見て、人違いに気づいて驚いたのですね。

何故、6月に送った写真でそれに気づかなかったのですか?

あなたは誰を探していたのですか?」

少々とぼけてるとわかっているが、こんな言葉をメールした。

そして、

「私を探してくれてありがとう」を付け加える。

フリオの調理中と思われる写真から2週間近くが過ぎていた。

「少し仕事が忙しかった。でも、いつもあなたを思い出している。

弟とその息子と、マドリードにて」

この言葉と、3人の男性が部屋でのんびりと寛いでいる写真が、すぐに送られてきた。

私の問いかけの返事になっていない。

馬鹿らしくなってきた。

一人で昔の恋人を見つけた!って舞い上がり、画面の顔を見た途端、

さっと引いてしまったということになる。卑怯だわ。

フリオは昔の自分の恋に、幻の恋をしていただけではないか。

そう、彼は、昔の恋人を見つけたと舞い上がり、それは彼が作り出したまぼろしを、イメージを恋人のつもりで、私を相手に愛の言葉を送り続けてきた、という結論だ。

私は、私のこの結論に納得するしかないのか。

が、やっぱり悔しい。

フリオも30年の年月を生きてきたのだから、今年61歳になるのかな。

向こうは正確な私の年を知らない。なんとなくは推察しているらしいとは思われるが。

最初の頃電話で話した時、

「私は、もうおばあちゃんよ」と伝えたはずだし。

そりゃ、見た目は確かに年寄りですよ。心は昔と変わっていないはずだけど。


更に、口惜しさが増してくる。

例の私が持っている30年前の若いフリオの写真の一枚に、

「時間は残酷、この人はもういない」の言葉を添えてフリオに送った。

「Hoka 」 慌てたのか、すぐきた返事のスペルが Lのはずが Kに間違えてる。そして、

「 Foto gracias」写真ありがとうと続いてるけど・・・

慌てすぎて、わたしの皮肉を理解していないらしい。

ますます癪に触ってきた。

「知ってる?この人もやっぱり、老けてますよ!」と返す。


表情が今までになく幸せそうな写真と、

「OK 。でもやっぱり、T Q M 」こんな返事が返ってきた。

T Q M ってなに? 半日の間、頭から離れず考える。

「あなたを愛してる」のスペイン語の頭文字? だと気づいた。

うそー! 噓だ。

幽霊を見たようにあんなに驚いて、この返事はない!でしょ。

頭文字だけにしたのは、全部書くのを躊躇したのねとも思うが、彼の優しさかもしれないとも思う。


私の知らないフリオの30年間。

私たちはお互いの全く知らない世界を、違う次元を生きてきた。

30年はながい、この次元の差はどんどん開いて来たのだけれど。

年齢にこだわるとするならば今、現在のフリオにふさわしいのは、30年前の私ということになる。

時の流れは止められない奇なものであり、人生とは計り知れなく妙なものかもしれない。


「あなたもやっぱり、老けましたよ」の後に、

「SAYONARA. Y. 」のサインを書いた。

フリオはいつ気づいてくれるだろうか。

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ある恋の物語(恋はMessengerで) ねこ愛 @neko_ai

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