KISSkill Hunter ~キスキル・ハンター~

inami。

第1話 これが私の魔法なんだ

 この世界に生まれた人間は、誰もが1つだけ魔法を持つ。


 幼い頃、ふと『できそうな気がする』という感覚が芽生える。木を燃やせそう。空を飛べそう。水を操れそう。その曖昧な確信を世界が拾い上げ、その者の魔法として固定する。願望ではない。祈りでもない。ただ、導かれるようにそう思えてしまった——それだけのことだ。


 魔法は社会の根幹だった。生まれ持った力で進路が決まり、人生が形作られる。強力な魔法を持つ者は都へ上り、そうでない者は身の丈に合った暮らしを選ぶ。


 そして、魔法を持たない者は——。


「パスティーシュってさー、逆にすごいよね」


 1人の少女がペンを浮かせながら不意にそう言った。進路の話題は決まってここに着地する。少女達から向けられる少しの悪意にも慣れたものだった。


「だって関係ないじゃん。自分の魔法が無い『欠落者』なんだもん。進路も競争も関係ない。ある意味、自由だよね」

「あはは、そうかも」


 パスティーシュは笑った。いつものように、明るく。


「私だけ特別ってことだよね。国中探したって魔法が無い人なんて見つかりっこないよ」


 周囲がどっと笑う。自虐を笑いに変える。それがパスティーシュの処世術だった。誰も傷つかない。自分も傷ついていないふりができる。

 パスティーシュは逃げるように一人で帰路についた。夕暮れの村道を歩きながら、何気なく自分の手を見る。


 何も起きない。


 当たり前だ。タイミングはとうに過ぎた。あの時、誰もが経験するはずの『できそうな気がする』は、パスティーシュには訪れなかった。ただ空虚なまま、期限だけが過ぎていった。


 だから、もう諦めている。


 「パスティーー!」


 背後から呼ぶ声に振り返ると、息を切らせた少女が駆けてきた。

 シエスタ。パスティーシュの幼馴染であり、唯一の親友だった。


「もう、待ってよ。一緒に帰ろうって言ったじゃない」

「ごめんごめん、ちょっと教室に居づらくなっちゃって」


 おっとりした顔立ちに、柔らかな栗色の髪。シエスタは争いを好まない穏やかな性格で、パスティーシュが魔法の無い『欠落者』と呼ばれるようになってからも、態度を変えなかった数少ない人間だった。


 シエスタの魔法は炎。手のひらから炎を生み出し、操ることができる。村では珍しい、進路に困る事はない強力な系統の魔法であり、それゆえに——。


「……あの子に何か言われたの?」


 シエスタはパスティーシュを覗き込み心配そうに眉を下げた。


「クリスティアのこと? ううん、別の子。クリスティアは私なんて視界に入ってないよ」


 クリスティア。村長の娘であり、パスティーシュ達と同い年の少女。強力な氷の魔法を操る優等生で、何かとシエスタに突っかかってくる。炎と氷——相反する属性を持つ二人は、クリスティアの一方的な対抗心によって因縁めいた関係になっていた。


「もうすぐ二人とも王都に行くんだし、ここよりは関わる機会も減るんじゃないかな」

「……そうだね」


 シエスタの声が少し沈む。王都の魔法学校。将来有望なシエスタとクリスティアは、そこへ進学することが決まっていた。


 パスティーシュは、違う。


「私は村に残るけど、手紙書くからね」

「当たり前だよ。私だって毎日書くから」

「こんな辺境の村、毎日書いたって毎日届くわけじゃないよ」


 笑い合う。けれど、シエスタの目にはどこか寂しげな色があった。

 


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 


 それから数日後のことだった。


「決闘ですって!?」


 パスティーシュは思わず声を上げた。夜、自宅を訪ねてきたシエスタが、辛そうな声で打ち明けたのだ。


「クリスティアが……村を出る前に決着をつけたいって」

「断ればいいじゃん!」

「でも……」


 シエスタは俯く。断れない性格だということは、パスティーシュが一番よく知っていた。それに、村長の娘という立場も厄介だ。


「私、どうしたらいいか分からなくて……」


 ベッドの端に腰かけたシエスタの横に、パスティーシュも座った。窓から差し込む月明かりが、二人の輪郭を淡く照らしている。


「私が代わりに戦えればよかったのにね」


 冗談めかして言った。欠落者が決闘なんて、笑い話にもならない。


「……本当に、そうだったらいいのに」


 シエスタが呟いた。いつもと違う、切実な響きだった。


「シエスタ?」

「私ね、魔法学校に行くの、本当は怖いんだ」


 思いがけない告白に、パスティーシュは言葉を失った。


「知らない場所で、知らない人たちと……パスティがいない場所で、やっていけるか分からない」

「そんな、シエスタなら大丈夫だよ」

「パスティがいたから、私は今まで大丈夫だったの」


 シエスタがこちらを見た。潤んだ瞳が、月光を反射している。


「魔法がなくても関係ないって、いつも前を向いているパスティを見てると、私も頑張れたの。あのね、私パスティのこと——」


 言葉が途切れた。沈黙が降りる。


 その時だった。


 ——できる、気がする。


 パスティーシュの内側で、何かが囁いた。

 それは生まれて初めての感覚だった。幼い頃に誰もが経験するという、あの曖昧な確信。ずっと待ち続けて、諦めたはずのもの。

 何ができるのかは分からない。ただ、今、この瞬間——。


 ——キスをしたら、何かが起きる。


 理屈ではなかった。根拠もなかった。でも、導かれるようにそう思えてしまった。シエスタの潤んだ瞳を見つめていたら、胸の奥から確信が湧き上がってきて、もう止められなくなっていた。


 気づけば、体が動いていた。


「パス——」


 シエスタの言葉は、唇で塞がれた。

 突然の事に目を見開いたシエスタの瞼がゆっくりと落ちていく。


 刹那、世界が輝いた。


 二人の右手の人差し指に、光る輪が出現する。燃えるような赤い石が輝く銀色の指輪。それは一瞬で実体化し、しっかりと指に嵌まっていた。


 そして——パスティーシュの右手に、炎が灯った。


「え……」


 シエスタがゆっくりと目を開く。


「パスティ、それ……」

「……炎だ」


 生まれて初めての魔法。暖かく、確かな力が手のひらで揺れている。


「私の……魔法?」


 パスティーシュは自分の手を見つめた。炎は消えない。意識すれば強くなり、緩めれば弱まる。紛れもなく、自分の魔法だった。


「指輪……お揃いだね」


 シエスタが自分の人差し指を見せた。同じデザインの銀の指輪が、月明かりを受けて光っている。


「何が起きたの? これが、パスティの魔法……?」

「私も分からない。でも、きっとそうなんだ……!」


 『他人の魔法の模倣』


 ——これが私の魔法なんだ。

 長い空白を経て、ようやく世界が応えてくれた。その事実だけで、胸がいっぱいになった。


「シエスタ」


 パスティーシュは親友の手を握った。


「私が代わりにやるよ。クリスティアとの決闘」

「え、でも……」

「炎、使えるようになったんだよ? それに、シエスタが困ってるのに放っておけないよ」


 シエスタは戸惑いながらも、やがて小さく頷いた。


「……分かった。炎魔法の使い方は私が教えるから。 二人で頑張ろうね……!」


 二人は顔を見合わせ、抱き合った。指輪が月光を弾き、きらりと光った。

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2026年1月17日 18:30
2026年1月18日 18:30
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