美容師は、簡単にあなたを殺せます

@sa21914

夜の現在地


 その美容室は、一見カフェにも見えるくらいお洒落な店だ。

 僕が、まさに間違えて入ったうちの一人だ。


 そこの美容師さんは、ものすごく感じのいい人だ。


 年上のお姉さんという表現がぴったりな人。

よく笑うし、話し方もやわらかい。

 そして、凄く綺麗だ。

 距離感も近くて、友達のように話す。それが僕にとっては居心地がいい。


「あれ……すいません。ここカフェだと思って入っちゃいました」


「あはは。 そういうお客さん多いよ。

 ……後ろ、結構髪伸びてるね。予約空いてるからついでにカットして行かない?」


 初めて会った日。

 それから三年くらいだろうか。もうずっとここに通い続けている。


 彼女はカットが凄く上手い。気に入っているし、ここに来ると自分が少しだけマシな人間になった気がする。


 正直……肌さえ綺麗なら、僕の人生はもう少しマシになる気がしていた。


 ただ、ひとつだけ。気になることがある。

 

 いつも、同じようにカットをしてもらう。


 だけど必ず、彼女はバインダーを片手に、何かを記入している。


 そして、僕の顔のニキビをいつも数える。


 それがいつも気になっていて、ある時、直接聞いてみた。


 彼女は、こう言ってた。

 「私たちは美容のプロだから。頭皮と顔の皮膚は繋がってるんだよ?――頭皮の健康を守るのと、顔の健康を守るのは私たちの仕事なの。」


 ただ好きで通ってたけど、

 その言葉を聞いて凄く信頼できる美容師さんだなと、尊敬した。


──


「じゃあ、いつも通りでいい?」


「あ、はい。お願いします」


 いつも通りの会話。


「えーっと……」


 彼女はペンを動かしながら言った。


「1、2、3、4……。

 今日はニキビ、4つもあるね」


「そうなんですよね……最近ニキビに悩んでて」


「そっかぁ。忙しいもんね」


「……あ」


 僕は少し迷ってから言った。


「顎の下にも、小さいのあるんですよ。

 ほら、ここ」


 指で示す。


 彼女のペンが、一瞬止まった。


「……あ、ほんとだ」


「5個目だね」


 なぜか、胸の奥が少し冷えた気がした。


「教えてくれてありがとう」


 彼女はすぐに笑った。


「プロとして助かるなあ」


 そのまま、いつもの軽い口調に戻る。


「でもね。これ以上増えたら、やばいよ?」


「やめてくださいよ。気にしてるんだから」


 僕は笑って流した。


 彼女も笑った。


「大丈夫だよ。ちゃんとスキンケアすれば、すぐ良くなるから」


 そして、鏡越しにウインクする。


「じゃあ、今日も最高にカッコよくするからね」


 その言葉が、定番の決め台詞だった。



 それから一ヶ月後。


 仕事が忙しくなり、睡眠も不規則。

 案の定、肌は荒れていた。


 鏡を見るのが嫌になるくらい、

 ニキビが増えているのが分かる。


 だからこそ、あの美容室に行った。


 彼女に会うと、少しだけ気分が上がるから。


「お、久しぶり!」


 彼女はいつも通り、明るく笑った。


「今日はいつもより、疲れた顔してるね」


「最近ちょっと忙しくて……ろくに寝れてないですよ」


「そっかそっか。無理しないでよ?」


 僕はいつも通り椅子に腰掛ける。


 彼女は、またバインダーを開いて、僕の顔を見る。


「えーっと……」


 ペンが止まる。


 ゆっくりと、数え始める。


「1、2、3……4……5……」


 その手が、止まった。


 目が、顎のあたりを見ている。


「……6」


 空気が、少し変わった。


「今日は……6個だねぇ」


「あー……やっぱり増えてますよね」


 僕は苦笑いした。


「最近、ほんとにストレスやばくて」


 彼女は、何も言わなかった。


 バインダーを見つめたまま、数秒。


 それから、ゆっくり顔を上げる。


「……そっか」


 そう言って微笑んだ。


 ただ、少しだけ――寂しそうな顔にも見えた。


「大変だったんだね」


 優しい声。


「でも」


 微笑む。


「……残念だなぁ」


 何が、残念なのか分からない。


「じゃあ」


 彼女が、ハサミを取る。


 いつもの、決め台詞。


 ――今日も最高にカッコよくするからね。


 でも、その日は違った。


 彼女は、僕の耳元で、静かに言った。


「切るね」


 ハサミが音もなく、首のすぐそばで開いた。



 こんな話知ってますか?


 美容師って、資格がいる仕事なんです。


 無防備な人間の首元に刃物を当てるから、

 最後に“見る”面談がある。


 その人が、

 「一線を越えない人か」を。


 その人が、

 何を“切っていい“と思う人間かを。


 その基準は――あなたが思っているより、

 ずっと低い。

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