鬼は外!
志乃亜サク
福は内!
またしてもぼくは途方に暮れていた。
もうなんか、いつも途方に暮れている気がする。
目の前には炒り大豆の大袋。
業務用か? と思えるほどの大袋。
裏返すと、紙製の鬼のお面がついていた。
ああ、節分か――。
遡ること数分前。
実家からの仕送りの段ボールが自宅に届いた。
といっても中身は野菜や米じゃない。実家がお中元やお年賀などでもらったお菓子や缶詰を、両親ふたりでは消費しきれないのでそのままこちらにスライドして送ってくるのが毎年この時期の恒例になっていた。
まあそれはいい。そのうち美味しく頂こう。
ところが今回、段ボールの底に予想外のものが入っていた。それが先に述べた節分用の炒り大豆である。
これは一体何のメッセージだろうか?
歳の数だけ豆食って自愛しなさいということだろうか?
それなら30粒あれば足りる。この量はどう見ても悠久の時を生きるハイエルフとかに送るやつだ。
それとも、そろそろ豆合戦できる相手でも見つけなさい……ということだろうか?
なんだ豆合戦て。
食品である以上、捨てる選択肢はない。
かといってこの豆を消費する手立てもない。
一体どうしたらいいんだ。
玄関のチャイムが鳴ったのはその時だった。
誰だ? この忙しいときに。
玄関を開けると、般若の能面を被った女? が立っていた。
「ハッピー節分」
――鬼、きた。
ぼくは反射的にドアを閉める。
ところが。
扉が閉まる寸前の隙間に般若のツノが差し込まれて阻止された。
「ちょっ、何してるんですか!?」
「痛い痛い痛い。挟まってるから。ツノ挟まってるから一回ドア開けて」
「それ痛くはないでしょ?」
「いいからいいから。一回開けて」
少し扉を開けると、今度は身体ごと滑り込ませてきた。手慣れている。
「……もんまりさん?」
「今回もすぐに気付いたやろ。え? 何でドア閉めるん?」
「いや、一回はやらないとと思って」
「……まあええわ。とりあえず立ち話もなんだから、お邪魔するで」
「待って待って。靴脱いで。なんで毎回靴履いたままなんだ」
結局、勝手に上がり込んできた。
◇
「それで、今日は何の御用で?」
「セクシー厄除け&お祓いデリバリー『ONI-YOME』から来ました、祈祷師もんまりです」
「また店名変わったのね。でも源氏名は変わらないんですね」
「いまは『
「ああ、それでもんまり。ところでそのお面、脱がないんですか?」
「フフフ、そんなことより聖矢。生き別れの姉に会いたくはない?」
「そんなのはいません。ちょいちょい車田正美を入れるのやめてください」
「なんや、相変わらずテッシーはノリ悪いな」
あっさり能面を外すもんまり。
首を2度ほど左右に振ると、面紐の跡でクセがついていた栗色の髪がふぁっと跳ねていつもの髪型に戻る。石鹸のいい匂いがした。どう考えても般若面を外したときにやるセクシー仕草ではない。
◇
「なるほどね。この豆をどうにか消費したい、と」
「なんかいいアイデアあります? 掃除が面倒なんで豆合戦以外で」
「なんや豆合戦て。ほんなら、ちょっと台所借りるで」
そう言うと、もんまりは台所に移動し水を入れた鍋を火にかける。
そのまま冷蔵庫のドアを開け、ふんふんと頷く。
「まあまあ揃ってるやん」
油揚げを一枚取り出し、湯通ししてから細切りで鍋に投入。
次いで豆腐を一丁取り出し、手のひらの上で賽の目に切ってこれも投入。
味噌(だし入り)をお玉に半分すくってお湯に溶かす。
味噌汁か。手際がいい。
「ふふふ、ここからがもんまり流や」
おもむろに豆乳を少々。
「え? 味噌汁に豆乳?」
鍋がやや乳白色に染まる。
「驚くのはまだ早いで」
納豆をかきまぜずに投入して鍋の中でほぐす。
「ええええ!? 納豆??」
「納豆は嫌い?」
「いや好きですけど。味噌汁に入れたことない」
「ふふふ、飲んでみ?」
小皿に少量掬った味噌汁を差し出すもんまり。
ぼくは勧められるまま一口味見する。
「ソォイ!!?」
「ふふふ、ええ反応や。美味しいやろ?」
「めっちゃ美味しい。なにこの一体感」
「大豆や」
「えっ」
「豆腐、油揚げ、納豆、豆乳、味噌……これ全部大豆から出来ているんやで」
「はっ……言われてみれば。すげえ……すげえよ大豆……!」
「ふふふ、もっと大豆ともんまりさんに感謝してもええんやで?」
「ありがとう大豆さん!そしてもんまりさん、ひとつ質問いいですか?」
「言うてみ」
「あの節分の大豆、一粒も消費できてないっす!」
ぼくの指差した先には例の大豆の徳用袋が未開封で置かれていた。
「……おおう」
とりあえず味噌汁はふたりで飲んだ。美味しかった。
「まあ、食欲も満たしたことだし。もうひとつの欲も満たしとこか」
気付けば、もんまりがベッドに座って微笑んでいた。
「鬼退治の時間や」
そう言って隣をポンポンと叩き、ぼくに座るよう促すもんまり。
プロの顔をしている。
そんな祈祷師おるか。
「そんなアナタに朗報です」
「朗報?」
もんまりは持参した大きめのトートバッグを引き寄せると、中から何かを取り出そうとガサガサしはじめた。
あ、いつもの流れか。キャンペーンコスプレ二択の時間か。
もんまりがまず取り出したのは鬼の角カチューシャと虎柄のビキニ。
「……ドリフ?」
「アホか。どう見てもラムちゃんやろ」
「えっ」
虚を突かれる思いがした。
これまで左翼とかアミーゴとかルチャ・リブレとか行事と全然関係ないコスプレばかりだったのに、いきなりど真ん中の直球がきたのでむしろ戸惑いの方が強い。
「……いいんですか?」
「テッシーにはいつもお世話になってるっちゃ。特別だっちゃよ?」
そしてもうひとつは。
期待が高まる。
「これだっちゃ!」
ぼくの前に置かれたのは、ヤクルトスワローズの青いヘルメット。
後ろに「50」と書かれている。
「……ボブ・ホーナー?」
静かに頷くもんまり。
それはかつて【赤鬼】と呼ばれ恐れられた最強助っ人外国人の名前だった。
ラムちゃんとホーナー。
それは本来、同じ天秤に乗せるものですらないはずだ。
考えるまでもない。
ここは素直にラムちゃんを選ぶべきだ。
10人いたら10人がそっちを選ぶだろう。
しかし。
それはあまりに安直ではないか。
その安易な考えをこそ、狙い撃ちにされている気がする。
もんまりを見ると、その大きな目でまっすぐ見つめ返してくる。
ともすれば易きに流れ思考を放棄しようとするぼくを見透かすように。
「……ホーナーで」
「正解!」
にっこりと微笑むもんまり。
せめて何を試されてたのか教えてくれ。
携帯電話の着信音が鳴ったのは、その時だった。もんまりのスマホが光っている。
「うあ、店からや。ごめん出てもいい?」
そう断って部屋の隅に移動し通話を始めるもんまり。
なんだか深刻そうな顔で「え、間違い?」「『コーポ山田』じゃなくて『マタハリ幕張』? なんやその名前!」みたいなことを話している。
そして通話を終えると彼女は申し訳なさそうにこう言った。
「ごめん。なんかまた色々手違いがあったみたい。帰らなアカンねん」
またか。
いったい何度目だろうか、このパターン。
前回は一歩踏み込んだ。
踏み込んだ結果、失神することになったものの、もんまりとの距離は縮まったようにも思う。
さて、今回は。
「そうか。仕方ないですよね。ホラ、早く戻らないと」
「えっ」
素直に帰るよう促すぼくの言葉に、意外そうな声を上げるもんまり。
「そう……やね。帰らんとね。それじゃ、またねテッシー」
玄関のドアを閉めるとき、いつも通り笑顔で手を振るもんまりが少しだけ寂しそうに見えたのは、ぼくの自意識過剰だろうか。なんだか胸の底がちくりと痛い。
でも、これは最初から決めていたことなんだ。
今回ぼくは、もんまりを追わない。
これは男女の駆け引きとかではなく……何と言ったら良いか、適切な言葉が見つからないけれど、きっとこれは今後のぼくともんまりとの関係に必要なことのような気がしたんだ。
そしてもんまりの去った、空虚な部屋。
この部屋、こんなに広かったっけ?
ぼくはひとり、全裸でホーナーのヘルメットを被っている。
するとその時、ぼくのスマホの着信音が鳴った。知らない番号からだ。
いつもなら無視するけど、誰かと話したい気分だったぼくは「応答」の緑ボタンを押した。
「んー、ヒデキ。調子はどうだ?」
女の声だ。しかもよく知っている声だ。
「もんまりさんですよね? どうしてこの番号を」
「んー、ヒデキ。素振りをしてみなさい」
声は明らかにもんまりだが、どうやらナガシマ監督のモノマネをしているようだ。はっきり言って似てないけど。
そして素振り? どういうことだ?
もしかしてあれか?
ナガシマ氏が不調にあえぐマツイの遠征先宿舎に電話をかけて、受話器越しの素振りの音だけを聴いて問題点を指摘したというあの有名な逸話をやりたいのか?
「カントク、やりますよ。聴いててくださいね」
ぼくは通話中のままスマホを床に置き、その前に立つ。
そして腰を思いきり左に捻ってから、勢いよく右に回す。
ぺちっ
「んー、ヒデキ。体重移動を意識してもう一度」
ぼくは先ほど以上に腰を捻転してから、右足を踏み出す勢いのままコンパクトに腰を切る。
スパァン!
明らかに音が変わった。
そして股間に緊張感のある痛みが走る。
「んー、ヒデキ、感激!」
割と本気で怒られろと思った。
<了>
鬼は外! 志乃亜サク @gophe
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