近況。
「手紙」とか「横浜」とか、その他にも面白そうな自主企画とか色々出てきてますね。
なかなかカクにもヨムにも時間が取れず悶えておりますが、どれかひとつでも参加できるといいなあと思ったりしております。
◇
今日は次女の運動会でした。
昔は運動会といえば丸一日かけての一大イベントでしたが、今は午前中に終わります。
といっても単純に競技数を減らしているわけではなく、競技ひとつひとつの密度を高めてる感じです。
どういうことかと言いますと。
たとえば玉入れ。最初は普通に始まります。赤組、青組、黄組……それぞれが自軍のカゴをめがけて玉を投げ入れます。
すると突然、笛が鳴り響き音楽が変わります。
童たちはすぐに玉を投げ捨て、カゴの周りに輪を作ってプイプイ踊り始めます。
そしてまた笛の音。童たちは何事もなかったように玉入れを再開します。
これが1競技に玉入れとダンスの要素を盛り込んだ高タイパ競技「チェッコリ玉入れ」です。
ピクミン見てるみたいで可愛いです。
あと玉入れの計数は昔みたいに「いーち、にー、さーん」なんてやりません。競技終了と同時に先生が手早く数えて即順位発表です。
熱中症対策とか教員の働き方改革とか、色々あるんでしょうね。時短のための工夫が随所に見られて面白かったです。
そういえば「かけっこ綱引き」みたいな競技もありました。
ふつう綱引きといえば両軍の全員が綱を握った状態から始まりますよね。
ところが「かけっこ綱引き」では最初数名ずつの綱引きから始まりまして、残り大半の童たちは離れたところからスタートダッシュして綱に取りつき引っ張ります。そうすると足の速さで戦力の不均衡が生まれスリリングな勝負が展開されるわけです。
ある対戦では片方のチームの大半が一度も綱に触ることなく勝負が決してました。ええんかそれ。
まあ賛否はあるかもしれませんが、子供たちは楽しんでいるようなので良かったです。
そもそも従来の1日がかりの運動会というものが長すぎたのかもしれません。
どうも昔の学校行事というのは子供たちのためというより学校としての統率力や指導力の発表の場という色合いが強かったようにも思います。
ぼくが子供の頃は入退場行進の練習でふざけたりすると容赦なくビンタされてましたからね。そんな恐ろしい時代もありました。
運動会の時短は親にとっても良いことです。
今はお弁当タイムもありませんからね、ゴザ敷いて場所取りする必要もありません。
コロナ禍以前は行ってましたよ。早朝から場所取り。
いや、場所取りというかうちの場合は「日陰取り」ですね。
場所取りにも二種類おりまして、子供たちの活躍がよく見えるトラック横の砂かぶり席を狙う人々と、ヨメの命令で校舎裏などの日陰が多いエリアを狙う人々がいるわけです。
もう、見た目でわかります。最前列を狙うお父さん方はもうなんかギラギラテカテカしてます。なんならその場でBBQでも始めそうな、陽なるオーラが出ています。
一方ぼくら日陰者は、基本的にヨメのUV対策の捨て駒なので目が死んでます。
なんなら、日陰になる場所を確保して、のちほどヨメが悠々と合流してきたあとはそのまま荷物番として、そしてレジャーシートが風で飛ばないよう人間文鎮としてその場に捨て置かれます。過酷です。
TMレボリューションの『HOT LIMIT』なんかを遠くに聴きながら、白目むいて干物みたいになっているお父さんたちが校舎裏のそこかしこに転がってました。過酷です。
そんな光景も、全国的に減っていくんでしょうね。
良いことです。少し残念ではありますが。
とりあえず、運動会ということで。
ぼくが小学校時代、10歳離れた兄から「ツバのない紅白帽子」という特級呪物を継承(おさがり)されてクラスメイトから「鈴カス(鈴カステラ)」と呼ばれ恐れられていた時代の肖像画を再掲しておきますね。