昭和の昔。成人男性の喫煙率は100%をゆうに超えていたという。
そんな時代に関東有数の煙草栽培地である神奈川県秦野市に産声をあげたのが、「秦野たばこ祭り」だった。
祭りにはたばこ産業に関わる人々だけでなく県内外からも人が押し寄せ、地域振興に大いに貢献したのだという。
喫煙は大人の嗜みとされ、喫煙による人体への悪影響も十分に周知されているとはいえなかった時代の話である。
しかし時代は変わる。
令和の世において喫煙は悪とされ、喫煙者は徹底的に弾圧され排斥されるようになった。
「秦野たばこ祭り」もその潮流とは無関係ではいられず、かつてのヤサグレ男の鉄火場のような空気は一掃され、代わりにクリーンでフレンドシップな空気が吹き込まれた。
いまやすっかり様変わりした「秦野たばこ祭り」。
かつての面影はいま、祭りの名前に残るのみとなっている。
一方、いまや風前の灯となっている喫煙者たち。彼らはいま何を思うだろうか。ひとり庭先で隣人の気配に怯えつつ煙を燻らせ静かに滅びの時を待っているのだろうか?
そうではない。
いま一度かつての栄光を取り戻すため、彼らは密かに牙を研ぎながら虎視眈々と蜂起の刻を待っているのである。
その反撃の橋頭堡とするべく、秦野たばこ祭り会場の片隅でひっそりと開催されたのが「全日本スモーカー選手権」だ。
全国から名うてのニコチン番長が集い、真のスモーカーを決めようというこの大会。ぼくも20年来の喫煙者として、この大会にエントリーしたのだった——。
* * * * * *
「へえ、ここが大会会場か……」
そこは秦野たばこ祭りのメインストリートからずいぶん離れた駐車場だった。鼓笛隊の音が遠くに聞こえていた。
駐車場のアスファルトはひび割れ、ペンペン草が生えている。
思った以上に小さな会場だ。
しかしスモーカー復権の第一歩は、ここから始まるのだ。
「おいルーキー。道を開けんか」
突然後ろから尊大な声とともに肩を押され振り返ると、そこには袖のない空手着の、野武士然とした男が立っていた。
「尾田や!熊本の強豪【缶ピース尾田】や!」
周りのギャラリーがざわつく。
コイツが優勝候補の尾田……!
よく見ると、尾田の道着はスソが破れてギザギザになっている。一体どんな修行をしたらこんなことになるんだ……!
「ククク、尾田はん。みっともないからルーキーいじめはやめときなはれ」
そのとき、傲然と立つ尾田に別の誰かが声をかけた。
「ラーク、貴様……!」
なんか始まった。
「ア、アイツは田中……!京都の狂犬【ラーク田中】や……!」
またギャラリーから声が上がった。詳しいな。
「フフフ、可哀想に。ルーキーちゃんが今にも泣き出しそうでっせ」
「お前は……森須!」
なんか増えた。
「アイツはフィリップ……!謎の帰国子女【フィリップ・森須】やないか……!」
すごいなギャラリーの人。
古参のファンか何かだろうか?
「フッ、スマートではありませんね……」
メガネの優男がそう言いながら、手にしたノートパソコンにカタカタカタ、スッターンと入力する。
いま、何を入力したんだろう?
ギャラリーの人によれば、彼の名は東京デジタルボーイ【アイコス吉竹】というらしい。
「俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ」
これが宮城の【マルボロ三兄弟】。
「フフフ、男ってバカね……」
群馬のマダム【ピアニッシモ・麗子】。
「ふぉふぉふぉ、若いのう」
沖縄のグランドマスター【具志堅ショッポ】。
……なんかたくさん出てきた……!
一体、ここでどんな激闘が繰り広げられるというのだろう?
「あの、スミマセン」
なんだ? まだいるのか。
「たばこ祭り実行委員なんですけど。ここ、喫煙所の申請出してます?」
「……申請?」
尾田が怪訝な顔で聞き返す。
「そう。事前に喫煙所の申請だしてない場所は基本的に禁煙なんでヨロシクです」
「禁煙? たばこ祭りなのにか?」
「たばこ祭りだからです。名前がこんなだからルールをしっかり守るんです。大人なんだからちゃんとしましょうね?」
「……」
結局、灰皿が撤去されたため予定を大幅に変更し、みんなでビンゴやって解散した。
ちなみにぼくは変な柄のZippoが当たった。
【完】