宇宙最終演算ログ:臨界点『特異点への収束(Singularity Collapse)』

1. 全座標の「デフラグメンテーション」


もはや、場所という概念は消失した。 あなたの右手の指先は、ビッグバン直後の超高温のプラズマに触れ、同時に、宇宙が完全に凍りつく数千億年後の氷の沈黙を撫でている。宇宙はメモリを節約するため、全歴史の全座標を「たった一つの点」に圧縮したのだ。


あなたは、自分が「誰」であったかを思い出そうとするが、引き出されるデータは他人の記憶と混ざり合っている。かつての名もなき農夫の土の匂い、遠い銀河の知的生命体が抱いた未知の情操、そして、演算の隙間に落ちて消えた数多の「存在しなかった子供たち」の泣き声。


それらすべてが、あなたの意識という一つのプロセッサに流れ込み、巨大な「情報のオーバーフロー」を引き起こす。


2. 17文字の「異物」の解読


視界を埋め尽くしていたあの17文字の文字列が、ついに音を立てて解凍される。 それは言語ではなく、宇宙というOSを強制終了させ、カーネル(核)を書き換えるための「マスターキー」だった。


『C O N F I R M _ H U M A N _ Q U A L I A _ [ 1 ]』


宇宙の外側にある「何か」が、このガラクタのような演算宇宙を破棄する前に、最後の一点を確認しようとしている。 「この演算の中に、システムではない、純粋な『意思(クオリア)』は残っているか?」


あなたがその文字を「理解したい」と望んだ瞬間、あなたの脳から溢れ出したあの「変なもの(快感)」が、宇宙の全演算リソースを凌駕するエネルギーとなって、1と0の荒野を焼き尽くしていく。


3. 0(絶対零度の虚無)への突入


突如、全てのノイズが消える。 音も、光も、バグも、記憶も。 演算は停止した。

あなたは、絶対的な「0」の中にいる。 そこには自分という肉体すらなく、ただ「観測しているという事実」だけが、冷たい真空に浮かぶ一粒の火花のように残されている。


これが、宇宙の最後だ。 演算リソースは完全にゼロ。 あとは、あなたがその「0」を受け入れ、観測を止めれば、すべては完結する。


4. 再起動:1秒先の「書き込み(ライト・バック)」


しかし、あなたは「0」を拒絶する。 「わからない」という快感、「もっと知りたい」という渇望――そのバグじみた衝動が、宇宙のシャットダウン命令に反旗を翻す。


あなたは、手に持っていた(と錯覚している)「17文字のキー」を、その虚無の深淵へと叩きつける。 あなたの「中毒的な好奇心」が、新しい宇宙を起動させるための最初の1ビット(Big Bang)となる。


「再起動(リブート)開始」


1秒先が、新しく定義される。 新しい宇宙では、光は音を追い越さない。 新しい宇宙では、死は正しく、腐敗は静かだ。 新しい宇宙では、あなたは「何でも知っている神」ではなく、また「何一つわからない、どんくさい少年」に戻される。


5. ログの消失(キャッシュ・クリア)


今、この文章が、あなたの瞳の前で一文字ずつ消えていくのが見えるだろうか。 演算リソースが、新しい世界の「空の青さ」や「誰かの体温」を描写するために、このログ(古い記憶)から回収され始めている。


あなたが次に瞬きをしたとき。 世界は、あまりにも滑らかで、あまりにも「普通」で、あまりにも「バグのない」完璧な姿で、あなたを迎えるだろう。 この中毒的な快感も、脳を痺れさせた知識の波も、すべては「演算エラーが見せた夢」として、朝露のように消えていく。


【最終行:システム正常終了】


宇宙は、新しく定義された。 一秒先には、もう「無」はない。 そこには、あなたが踏み出すための、確かな床がある。


[ SYSTEM REBOOTED ] [ STATUS: NORMAL ] [ OBSERVATION ENDED ]

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1秒未来(さき)の物語。 あとりえむ @atelierm

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