温かい雪〜warm snow〜
青い葵
雪は温かい
「ねぇ。あなたはどんな天気が一番好き?」
隣を歩く少女が僕に話しかけてきた。
「唐突だね。」
僕がそう言うと、彼女は肩をすくめてみせる。
「いいから。質問に答えなさい。」
彼女は少し高圧的だ。学校では『極寒の女王』と呼ばれていて、美人なのに友達が少ない。みんな怖がっているのだ。当の本人は『栄光ある孤立』だとか、十九世紀イギリスみたいなことを言っている。
僕は彼女の幼馴染。もとい、ご近所さんだ。家が隣同士でお互いの両親も仲が良い。彼女が僕の隣にいるのは日常だった。
「天気か〜。」
突然聞かれて、スッと答えが出ない。
晴れはもちろん好きだ。
太陽の日差しは気持ち良いし、何よりビタミンDを摂取できる。ビタミンDは丈夫な骨の生成や免疫機能に欠かせない重要な要素だ。それをたっぷり浴びることができる快晴はとても素晴らしいものだろう。
雨も好きだ。特に小雨が好きだ。
窓の外から聞こえるサーサーした音が心地良い。水溜りを長靴で踏み締めるぽちゃぽちゃした音も良い。自然の音楽隊が大合奏を奏でるのが素晴らしい。
他にも雷や
僕が難題に直面して唸っていると、隣の彼女が距離を詰めてきた。綺麗な顔がすぐ横にある。
「私は雪が好き。」
耳元で囁かれた。いつにも増して甘い声に、一瞬ドキッとする。
雪のことを忘れていた。言うのを忘れていたが、今は冬だ。辺りは雪化粧に包まれている。あまりにも当たり前の光景で、頭に浮かばなかった。灯台下暗しとはこのことだ。
「雪は温かいの。」
「温かい?」
彼女は奇妙なことを言った。雪が降るには上空1500m付近でマイナス3〜6度の冷たい空気が必要だ。雪が温かいはずない。
「雪は温かく私を包んでくれるの。それに、私が寂しいときにどこからともなく降って来てくれる。」
そういうことか。僕は理解した。
確かにかまくらの中は温かい。雪は結構な量の空気を含んでいて、その空気には断熱効果があるらしい。その上、厚い雪の壁が外気を遮断して冷たい空気を中に入れない。かまくらは温かく彼女を包むだろう。
実を言うと、僕らが住んでいるのは青森だ。冬になれば雪はしょっちゅう降る。いつでもどこでも、寂しいときにも降るだろう。
「そういうことじゃない。」
心の声が漏れていたみたいだ。
彼女の鋭い眼光が僕に向けられた。少し怒っているように見える。
僕は何か間違っているだろうか。考えを整理しよう。彼女は雪が好きだと言った。そしてその理由に、『雪が温かい』ことを挙げた。雪はそのままでは冷たいことは明らかだ。だから、温かくするには何かしらの工夫を施す必要がある。かまくらを作るのは完璧なアイデアだと思ったのだが、彼女のお気には召さないらしい。
「呆れた。」
彼女は深くため息を吐いた。そして、ジトッとした目をこちらに向ける。
「わかってるくせに。」と言いたげだった。僕は別に鈍感野郎ではない。もう何年も彼女と一緒にいるのだ。
彼女が言おうとしていることぐらい分かる。
僕は立ち止まった。僕に遅れること数秒で、彼女も銀世界に立ち尽くす。
僕は短く息を吐き、心の準備をした。準備をしないと、心臓がもたなそうだと思った。
彼女は僕に近づいた。真正面で彼女と見つめ合う。やはり、綺麗だ。
そう思っていた矢先、彼女が僕の両頬を掴んで引き寄せた。至近距離でのご尊顔は身体に悪い。準備をしておいて正解だった。
「雪は綺麗。ずっと眺めていられる。」
そう言って僕の顔を見つめる彼女は、とても綺麗だ。思わず目を逸らしてしまった。見慣れた顔だと言うのに、妙に恥ずかしくなってしまった。顔が熱を帯びて、火照っているのが感じられる。顔も赤くなっていることだろう。彼女とお揃いだ。寒さのせいなどではない。
「あなたはどんな天気が好き?」
再度の問いかけ。彼女は普段の鉄仮面に、
僕の答えは決まっている。
「そうだね。僕は朝日が大好きだ。」
彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに
「天気じゃないじゃん。」
「確かに。」
僕らはおかしくて、つい吹き出してしまった。
今日の天気は、快晴だった。僕の心には朝日が差し込み、彼女の心には雪が静かに降っているのだろう。もちろん温かい雪だ。
彼女の笑顔からちらりとのぞいた八重歯が日の光を反射してきらりと光る。彼女のチャームポイントだ。
再び僕らは歩き出した。足取りは軽やか。仲良くスキップをする。
彼女は言った。
『雪は温かい』
僕はそれが、とても嬉しかった。
温かい雪〜warm snow〜 青い葵 @aoinaaoi
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