第3話
side 宮崎ハジメ
「さて、それじゃあ、わたしは先に行きますね」
洗い物を終えた沢田は、エプロンを外してハンガーにかけた。通学カバンを手にして、玄関へ向かう。
家から一緒に出るところを見られるのはまずい。
目的地が同じでも、「同居」は隠さなきゃならない。
この辺りは高校生のいる世帯が少ない。だから今は、運よく誰にも見つかっていないだけだ。
ふとした拍子に崩れる。そんな綱渡りの生活だと、僕は思っている。
もし見つかったら、この生活は終わる。
僕らが自分から終わらせることはない。少なくとも僕は、沢田に「出て行け」と告げる気がなかった。
「また後で」
「はい」
玄関で見送って、僕はリビングに戻った。
毎朝「また後で」と言っているのに、学校で沢田に会ったことはほとんどない。
というか、一度もない。学年が違えば、そんなものか。……それでも少し引っかかった。
十分ほどして、僕も家を出た。
玄関を抜けると、冬の冷たい風が刺さる。
身震いして、巻いていたマフラーを口元まで押し上げた。今日は一段と寒い。
この冬、まだ初雪は降っていない。だが近いうちに降りそうだった。
通学路では、先輩や後輩、同級生が僕を追い越し、僕も誰かを追い越す。
学校まで半分ほど来たあたりで、コートのポケットが震えた。
短い間隔のバイブ。メール……電話番号を使ったメッセージ、が正しい。
予感というより、いつものやつ。
ここしばらく、毎朝このタイミングで、同じ相手から届く。
スマホを開く。やはり、登録のないアドレス。件名は決まって――『探偵より』
本文も毎朝同じだ。
『この街に起きた、真夏の悲劇。あの自殺について知っている事を全て、お話願いたい』
僕は小気味よく、スマホの画面を落とした。
今の顔は、きっと良くない。
でも仕方がない。この『真夏の悲劇』の唯一の目撃者は僕だ。警察も、報道も、半年経った今でも、ときどきこういう手合が寄ってくる。
一々、相手になどしていられない。
それでも毎朝、結局この文面を読んでしまう理由がある。
男子生徒のほうはいざ知らず――ユウカが、自殺に至った経緯には、僕が深く関わっていると分かっているからだ。
僕は、止めることができなかった。
***
その日の授業も、特別なことは何もなく終わった。
三日後はクリスマスイブ。そしてその日から冬休みだ。
校内は浮き足立っていて、放課後も騒がしい。
その喧騒の中を、僕は無言で抜ける。向かうのは部室だった。
僕は文芸部に所属している。
普段は放課後に集まって駄弁るだけで、部活と呼ぶには微妙な何か。でも冬休み明けには部誌制作が待っている。今日はその打ち合わせだ。
文芸部に、運動部みたいな専用の部室はない。
生物室の資料を置いている「生物第二教室」を間借りしていて、放課後はそこが拠点になる。
三階から二階へ降り、一年の教室前をまっすぐ進む。
生物室の隣の部屋。窓から覗くと、もうだいたい揃っていた。
立て付けの悪い横開きのドアをスライドさせる。ガタガタ、と歪んだ音が響く。
「遅いぞ」
長机の上座でノートパソコンを開いていた部長――西川先輩が、ちらりとこちらを見た。
「たった今、ホームルームが終わったところですよ」
そう返して、僕はいつもの席へ向かう。
部員は五人。
三年が西川先輩ひとり。二年が僕を含めて三人。 一年がひとり。男は僕だけだ。
「さて、今来た宮崎君で最後だな」
西川先輩はモニタから目を離し、全員の顔を見渡した。
「冬休みが明けたら、冬の部誌制作に入る。まずは合評だ。夏の時と同じく、物がなければ進まない。冬休み中に、それぞれ完成させておくように。始業式の後、データをUSBメモリに入れて持ってこい。ファイルを消すなよ。作業のたびにUSBを使うこと」
『合評』は、部員全員で作品を読んで評価し、推敲を助け合う時間だ。
僕らはアマチュアだから、粗はいくらでも出る。それを埋めていく、という建前。
「あー、あたし、まだ全然書いてないんだよね」
正面の同級生、堺が胸を反らして言った。背が高くて、ボーイッシュで、ショートカットが似合う。
「ミナト、いつも言ってる」
隣の鍋島が淡々と返す。長い髪にメガネで、いかにも文学少女――と言いたくなる見た目だ。
「だって、書く気が起きないんだよね」
堺はそう言うと、鍋島の膝に頭からダイブした。
鍋島は驚きもせず、その頭を撫でる。
「宮崎っちはどう? いつも一番に書き上げてるイメージ」
膝の上から、堺の視線がこちらに刺さる。
僕は静かに首を横に振った。
「ちょっと、手間取ってる」
その瞬間、部長のキーボード音が止まった。
西川先輩が「意外だな」という顔で僕を見る。
「どうかしましたか?」
「いや。速筆の宮崎君が、と思ってね」
そこで、今まで黙っていた一年生――赤穂が口を挟んだ。
「宮崎先輩って、普段は書くの早いの……早いんですか?」
答えたのは僕じゃない。西川先輩だった。
「早いなんてものか。夏の部誌、あれは夏休み前に集めただろう?」
「はい」
「それがこいつ、『やっぱりこっちでお願いします』って、夏休み明けに新しいのを持ってきた。半月もかかってないと」
「え、それって『オレンジ色の屋上』のこと?」
「ああ。初稿にしてはクオリティも高い。驚いたよ」
「すごい!」
赤穂が目を輝かせる。
当の筆者が目の前にいるのに、二人はそのまま僕の作品の話を続けた。
やめてくれ、と言いづらい。僕は視線を外して、ただ聞いていた。
赤穂は、文芸部らしくない見た目をしている。
淡い色の長い髪。少し着崩した制服。ぱっと見の印象は、いわゆるリア充寄りだ。敬語が苦手で、言い直す癖がある。だから部内で妙に可愛がられている。
「でもやっぱり、そんな短期間で書いたのが賞もらっちゃうなんて」
赤穂が言う。僕は曖昧にかわした。
「この県、審査員が年配の人多いしさ。前みたいに恋愛を全面に出さないほうが受ける。逆にコテコテの青春ものって、弾かれがちだろ」
本音でもある。でも、それだけじゃない。
あの作品を褒められて、話題にされること自体が、苦痛だった。
「あー、あるある。鍋島っちなんて、一人称を『僕』にしただけで『女の子らしくない』とか言われてさ」
堺が憎たらしそうに言う。膝枕のまま、語調だけ荒い。
鍋島が「どうどう」と頭を撫でた。
「単純に実力不足だよ。良いものはどこでも評価される。宮崎君のだって、恋愛が薄いだけで、テーマとしては確実にあったし」
「でもさぁ」
堺は撫でられるうちにどうでもよくなったのか、目を細めて気持ちよさそうにしていた。
「……あたしは好き。先輩の作品」
赤穂がそっぽを向き、前髪をいじりながら言った。
返そうとした瞬間、「にしし」と声がした。
「ま、そりゃあれだ。赤穂っちは、宮崎っち狙いだもんねー」
「ちょっ……堺先輩?」
赤穂は笑っているのに、圧が強い。
堺が明らかにひるんだのを見て、僕は巻き込まれる前に退くことにした。
今日は打ち合わせが目的で、それはもう終わっている。
文芸部の作業は、基本的に家でやる。
「それじゃ、僕は帰るよ」
四人に向かって手を振り、ドアを開ける。例の歪んだ音が鳴った。
吹き込んでくる冷気に、僕は鼻をすすった。
「ふぅ。あたしも帰ります」
赤穂も便乗するらしい。
「がんばってねー」という野次に、「うるさい!」と赤穂が返す。年が一つしか違わないのに、妙に子どもっぽい。
赤穂は後ろ手に、ぴしゃりとドアを閉めた。音がしない。
このドア、コツがあるのか。――今度、聞いてみよう。そう思った。
**************************************
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「続きが気になる!」「面白そう!」と少しでも思っていただけたら、
ページ下部にある【♡応援する】や【応援コメント】
小説ページにある【★で称える】や【フォロー】ボタンを押していただけると、執筆の励みになります!
これからの展開もさらに盛り上げていきますので、応援よろしくお願いします!
君たちが死んだ夏、それは、僕たちの生きる冬。―彼女の自殺を目撃した僕に届く『探偵』からのメール― 秋夜紙魚 @Autumn_Night_Bookworm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君たちが死んだ夏、それは、僕たちの生きる冬。―彼女の自殺を目撃した僕に届く『探偵』からのメール―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます