私の好きな卑怯者|百合恋愛

岡山みこと

私の好きな卑怯者|百合恋愛

付き合い始めるのが好きになった時なら、別れるのはどんな時だろう。

嫌いになった時?興味がなくなった時?

それとも理由なんてなにもなくて、ただなんとなく?

恋なんて何故落ちたかすらわからない、とてもあやふやなもの。


“心”がわからなくなったから。

それなら、そのくらいが一番良いと思う。


「なぜ私と別れたいの?」


私から告げた言葉に彼女はそう返した。

当然だろう。

仲は良かったと思うし、愛し合ってもいた。


私はあなたを大切にして、あなたは私を支えてくれる。

そんな日々は尊くて、どんなものよりも輝いていた。

でも、どこかで抜け落ちていた。

今日だったのか、昨日だったのか。

それすら曖昧で。


「わからない、ただ……。ほんとにごめん」


2人っきりの私のマンション。

日曜日の昼過ぎという心の休まる時間。

そこにいる最愛だった人。


手を伸ばせばふれられる距離で、見えない壁が2人を隔てている。

どれだけ時間が経ったのだろう。

好きだった人が静かに立ち上がり、黙って部屋を出ていった。

1人になった部屋の中。

何年もかけて積み上げた思い出だけが脳裏を占めた。


春のあの日、少しだけ寒かった日。

薄着だったあなたは、私の貸したマフラーを気恥ずかしそうにしていたね。

夏のあの日、夜明けの空が水平線まで広がった日。

ふたりで砂浜をどこまでも歩いたね、未来を語りながら。

秋のあの日、世界が黄金(こがね)色に染まった日。

部屋から見えた夕日があまりに綺麗だったけど、あなたは私を見ていた。

冬のある日、あなたの誕生日。

遊園地の観覧車で夜景を見ながら言いあったけど、最後には手を差し出してくれた。


たくさんの思い出。

喧嘩もしたし、しばらく会わなかった時期もある。

それでも思い出すのは――。


「なんで楽しいことばかりなのよ」


泣くことさえできない私はどこまで薄情なのだろう。

部屋を出るあいつの最後の表情は。


「私と違ってた」


歪み、唇を噛みしめ、悲しんでくれていた。

ああ、わかった。

私は今も彼女を愛している。


出会ったあの日、瞳を奪われ、恋をした。

告白して、受け入れられて、嬉しくて、とても嬉しくて、毎日少しずつ好きを積み重ねて。

いつしか積み重ねすぎちゃったんだ。

息ができないくらい大切になって、全てが不安になって、好きが見えないように蓋をした。


でもこれで良かった。

こんな不安定な私じゃいつかあの人を困らせる。


すっかり暗くなってしまった部屋の中。

彼女の香りが残るこの空間が嫌で、財布を片手に立ち上がった。

行き先なんて決まっていない、相談する相手もいない。

ドアノブに手をかけ、扉を開けると――。


「……なんでいるのよ」


あなたがいつもする、何でも知っているかのような表情。

私が好きな表情。


「君は私にここにいてほしいと思うはずだから」


差し出された手。

思わずつかみそうになるが躊躇い、宙で止まる。

私にはこの指にふれる資格が――。


「ところでお嬢さん」


舞台女優のように演技がかった派手な声。


「私はさっき彼女に振られてね、少し話を聞いて慰めてくれない?」


芝居がかったセリフと顔。

そして、もう一度差し出された手。

いつもいつもたくさんの思いを重ねて、ずっと差し出されていたその手。

呼吸が止まっていた私は、大きく、苦しく、吐き出したあと、指先にふれた。


「……許してくれるの?」


聞かない方がいい事。

言葉にしなければ曖昧なまま、関係を続けられるかもしれない。

優しい君は今までと同じように溺れる愛をくれる。

きっとすごく心地良い。

でもそれは、彼女を一方的に傷付けた私があまりにも卑怯だ。


「君だって生きてるわけだし」


何でも知っているかのような少しいやらしい表情。


「辛いことがあって全てが嫌になるときもある」


笑顔のつもりなのだろう。

口角を少しだけ上げた。


「その時そばにいる役目は私なんだって、そう信じてる」


卑怯なのは私じゃなかった。

私よりも強く、深く、愛してくれて、どれだけ歩いてもその心に追いつけない。

本当に卑怯なのは彼女の方だ。

それ以外の言葉で想うことができない。


誰よりも大切に思っているのに、一番愛しているのに、それでも、敵う気がしない。

見つめた彼女の瞳は少し腫れていた。


ほんとにずるいな、もう。

頭を何度か振って嫌な思い出は消す。

ふたりの楽しい記憶をもっと詰め込みたいから。


やっぱり別れるのは嫌いになった時なのかな。

もしそれが正解なら、私にはしばらくできそうにない。


差し出された手をもう離したくなくて、深く、強く、震えながら握り返す。

私よりも少しだけ大きな手が、優しく包み返してくれた。


不意に吹いた風に乗り、私の好きな卑怯者の香りがした。

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