後編

 俺が眠ったのは、朝日が見え始めた頃だったはずだ。藤枝と『証拠』を重ねていたからそんな時間で、そして眠って起きたら、こんな時間だった。


 学校はどうしようか、眠る前にそんな事を考えようとした事は覚えている。

 そして目を覚ました時に俺は、何も着ずに縛られて藁に上に横になっていた。



「……は……、え、藤枝?」



 周りには誰も居ないが、神社の外には人が居るようで、複数の人の声が聞こえる。


 俺の親父も、兄貴も、藤枝のおばさんの声も。他に叔父さんの声も聞こえるし、聞き覚えもない声も。多分だけど、親戚一同勢揃いしている気がする。


 ……親族全員そろって、そろっているのに、全員が俺を殺そうとしているのか……?


 それにもショックを受けていると、誰かが神社に入ってきた。縛られて動きが取れなくて、誰が入って来たかはまだわからない。

 だけどどうせ親父だろう。そう思い俺は首だけを使ってそっぽを向く。それでも足音は近付いて、俺の頬を両手で掴んで顔を向けさせた。



「照、やっぱりこうするしか無いみたい。これでお別れなんだね」



 それは、藤枝だった。驚いて俺が何かを言おうとしたが、その前に俺の口は藤枝の唇で塞がれた。


 ……わからない。何で藤枝は縛られた俺を見てこんな事はするのに、助けようとしてくれないんだ?


 そう考えていると、俺達の唇は離れた。

 だから言う、俺が何でこうなっているのか、誰がしたのか、お前は何もしてくれないんだ。



 お前も俺を、殺す気なのか?

 だって、お前……。



「何でお前全然、悲しそうになってないんだよ……」



 裏切られた。そう思い悲しくなりながらそう言うと、藤枝は首を横に振った。



「泣いたよ、たくさん泣いた。照も知っているでしょ、昨日、私と照が泣きながらした事は。……あれが最後のチャンスだったんだ。照が死ななくていい、最後の」

「な、なんだよそれ、意味がわからねえよ……」

「……覚えていない? 照のひいおじいちゃんから聞いたお話」



 それは、ひい爺ちゃんに聞いた話を思い出そうとしたが、かすかに覚えているだけだった。

 確か、天気がどうとか、ひい爺ちゃんの弟がどうとか、後は……。



「雨を降らせる素質があるとか、聞いたような……?」

「じゃ、今の照みたいにひいおじいちゃんの弟が、雨乞いをするための人身御供になった話は、覚えてないんだ?」



 それを聞いて、突然思い出した。ひい爺さんは急に俺を抱きしめて、泣き出しながら誰かの名前を言っていた。


 そしてそこには俺と、藤枝がいた。



「前に雨乞いをやった時に、ひい爺ちゃんは泣いてた! でもその弟は、自分で殺したくせにかよ!」

「ひいおじいちゃんだけじゃなくて、村の人達みんなでだけどね。だからそんなに気にしなくてもよかったのにね?」



 気にしなくていいって、何を言っているんだこいつは?

 それに何故だか、笑っている。



「じゃあ藤枝! 俺を殺すつもりなら、何で一緒に逃げてたんだよ!」

「だからさっきも言ったじゃない。昨日のあれが、最後のチャンスだったって。今朝になっても、雨が降らなかった。あれくらいじゃ、天は悲しくならなかったみたいだね」

「……あ?」

「私にできる事は全部やったんだけどな、照とのは本当だから。……でもよく考えたら、私と照が一緒に居たのはいつもの事だし、天はあれぐらいじゃあそこまでショックじゃなかったのかも」

「おい……?」

「おじさんもがんばったんだけどね、子供を殺すお父さんのふり。でもやっぱりふりじゃなくて、

「ふりって、だからお前は一体何を言ってるんだよ!」



 大声で言ったら、藤枝はキョトンとした顔で俺を見る。そしてすぐに納得した顔に変わり。



「あ、そういう事なんだ。照はひいおじいちゃんから言われた事を本当に、ほとんど覚えてないんだ」

「昔の事じゃないか、全部覚えてるわけ無いだろ!」

「私は覚えているのになぁ。……あのね、照も、ひいおじいちゃんの弟も、天の好みの男の子なんだって」

「……何言ってるんだ、お前は……?」



 あまりの内容に状況を考えず、俺は呆れた声を出してしまった。しかし俺の声は聞こえてないのか気にしてないのか、説明らしい話を話し始める。



「天はね、好みの男の子をずっと見てて、男の子が喜んでいたら天も喜んで晴れになるし、逆に男の子に悲しい事があったら天も悲しくなって雨が降る。他にもあるらしいけど、私達には関係無いよね。それでね、最近ずっと晴れが続いているじゃない、異常なほどに」

「お、おう」

「だから大人はみんな思ったんだ、照に何かあって、天がへそを曲げて拗ねて、怒ってるんじゃないかって」

「……それで?」



 分かりたくなかったが、縛られている俺には喋る事と聞く事しかできない。今は聞いて、ここから逃げるチャンスを待つしかない。



「で、雨が降ってないのって、私達がつき合ってからじゃない。きっと好みの男の子が女の子と付き合って、だから拗ねたんじゃないかってみんなは考えたの」

「……みんなって?」

「私のお母さんとか、照の所のおじさんとか。それで天がこうなったら、私達が別れても無駄だって言うの。別れても天は信用しないって」

「……面倒くさい女みたいだな、天は」

「実際、昔から面倒くさいらしいよ? それでこういう時はね、その男の子が、悲しくなるような事をするんだって」

「……そういう事かよ……」



 さっきも言ってたな、親父がとか。本気じゃなかったと思って一安心してしまっていた。

 しかし次に藤枝が言っていた事も思い出してしまった。



 確かに言っていた。それは、つまり。



「だからおじさんから逃げて、でも雨は降らなくて。……だからね、次はあれをしたの。高校一年生は早いとも思ったけど、付き合いは長いし、いざとなったら農業を早めに継ぐと思えばいいし。……あと私もさ、その……。興味があったし?」



 しかし何故か藤枝の顔が、今は別の人間の顔に見えた。



「……」

「だから、しかたなくってわけじゃないから、そこは安心してね。私はちゃんと、照の事が大好きだから。……でもね、照に悲しい事があっても、私が照を寝取って天を悲しくさせても、まだ雨が全然降らない。……朝まで頑張ったのにね」

「じゃあもう、そんなアホな事はしないんだよな?」



 俺の言葉に、藤枝は何も言わない。

 笑い顔も変わらない。

 今、気がついた。俺と目を合わせてからずっと、藤枝の顔は全く変わっていない。



「もうね、これしかないの。照を天の元に届けるしか。照のひいおじいちゃんの、弟の時みたいに」



 だからひい爺さんは俺を抱えて、泣いていたのか。俺もきっと同じ運命を、たどるのだろうと思って。



「藤枝は俺が死んでも、悲しくないんだな」



 だからあいつも、俺を殺す方にいる。

 しかし俺がそう言うと、突然怒り出す。

 顔は笑ったままで。



「そんなわけないじゃない。今までずっと一緒に居たんだから、これからもずっと一緒に居たと思ってたのに、こんな事になるなんて」



 じゃあ何で、俺を助けようとはしてくれないんだ?



「じゃあとりあえず、俺を縛っているこれをはず——」

「でもね、この子と一緒なら生きていけると思うんだ」



 ……この子?



「この子ってお前、何を言って……?」

「あれだけしたんだから、私のお腹には私達の子供がいるんだよ。昔の私の、ひいお祖母ちゃんみたいに」

「……え?」

「これも覚えてないの? 私達と同じように……、真似をしたのは私達の方か、とにかく同じ事をして、産まれたのが私のおじいちゃんで、産んだのがひいお祖母ちゃん。だから私のお腹にもいるんだ、絶対に男の子が」



 藤枝の顔は、ずっと笑ったままだ。

 ……ああ、そうか。

 藤枝はもう、壊れてたんだな。だから昨日の今日なのに、お腹に子供が、男の子かいるとか、そんな事を言えるんだな。

 壊れているから、俺を殺せるんだ。



「誰が考えて、こうなったんだ?」

「お母さんと、おじさん。私はそれに乗ったって感じかな?」

「どこからが計画なんだよ」

「家に帰って私が『ただいま』って言ったのが、スタートの合図です」



 靴をジャージで包むって言われたのも、計画だったのかよ。



「……今から俺は、火あぶりなんだな」

「そういう風に言わないの。悪い人の処刑じゃないんだから。今から照は天の元に行って涙を流させる、人身御供なだけだから。天も照が会いに行ったら嬉しくなって、きっと嬉し涙を流すから」



 そう言われて納得するのは、江戸時代までだ!



「ふざけるな! 人身御供じゃなくて生け贄って言うんだよ! 雨乞い! なんだよそれは! 何が雨乞いだ! どこが雨乞いだ! 人を殺すだけじゃないか、俺を殺すだけじゃないか!」

「照、もう決まった事だから」

「だから何だよ! 決めたのはお前らじゃないか! 犯罪者の集団が何か言ってるだけじゃないか!」

「……もっと、お話したかったんだけど……。しょうがないか」

「今すぐ中止しろ! 俺が天に行ったとしても絶対に雨なんか降らせないからな! 何百年も雨が降らない様にしてや——」

「……っ。子供の名前は、私が考えるからね」



 急に藤枝が何かを口に入れて、俺を唇を襲った。

 まだ叫び足りなかったが何も言えなくなり、口に入り込んだ何かを飲み込むと、急激に眠気が襲ってきた。



「な…………に……を……」

「言ったでしょ、人身御供だから。苦しくないように、眠ってもらっている間に全部終わるから。もっと、最後まで喋りたかったんだけどな」

「…………」



 もう、喋る事も考える事もできない。

 そして俺の、全てが終わった。










「あ、雨が降って来た。さすが照」



 あの日の午後。が終わってまだ一時間も経っていないのに、もう雨が降り始めた。

 あんな事を言っていたのに、やっぱり照はやってくれたんだ。

 そう思うとつい、笑ってしまう。


 あなたのお父さんはちゃんと仕事をしましたよ?

 そうからかう様に笑いながら、お腹の子供を優しく撫でた。まだやっぱり小さいな?



「藤枝、ひどくなる前に帰ろうか。大事な体だし」

「はーい、お母さん」



 お母さんと私は集まった人達に挨拶をして、一足先に家に帰らせてもらう。

 神社は、本当の神社じゃない。うちのひいお婆さんが作らせた、ただの神社みたいな建物だ。

 雨乞いとして神社を燃やす事はよくわからないが、消防署にも警察署にも届けていて、燃やしても問題は無いらしい。

 片付けも、うちと照の家族がやると言ってあるから、というわけだ。



「お母さん、これから忙しいから、退学でいいかな?」

「そうね。とりあえずは育児の準備をするけど……。まあ早い方がいいか」

「じゃあ私の部屋は一階に変えないと。階段から落ちないように」

「はいはい、それはお父さんとするから。……そうだ、そのうち子供の名前も考えておかないとね」



 お母さんはそう言ったが、私はもう決めている。



「子供の名前は、私が決めていいよね? もう決まってるんだけど」

「いいけど、まだ男の子か女の子も分かってないのに、もう決まったの?」



 そう言われても、私はこの名前を変えるつもりはない。

 それにそんなの、男の子に決まっている。私と照の子供だから。


 そう、だから……。



「この子の名前はね、、に決まってるから」

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彼が雨を降らせてくれたよ 直三二郭 @2kaku

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