第3話
王座に1番近い席にすわっているのが、コルテシーア正妃だということが、姿を見ただけでわかる。
インビエルノの母親だ。
過去敵対していた国の王女で、思慮深く、毅然とした顔をしていた。
ここがまるで、大した直面だとも感じていないようだった。
(4人の女性は、4人の兄弟の母親達なんだわ……)
それぞれも顔や姿を見ただけで、誰の母親なのか、わかるほどの個性を
放っていた。
「書士殿が、陛下のご遺言をお開きになる前に、皆様で祈りを捧げましょう。
高貴なる生きようを私(わたくし)たちに示してくださった陛下に」
口をきったのは第4夫人・シエロの母親だった。
シエロははっとした顔で母の笑みを見、慌てた仕草で指を組んで俯いた。
それぞれがそれぞれに、神妙な顔を見せる。
組んだ指立ちの上に額をつけて、静かに目を閉じている。
アスールも、強くにぎりしめていたロサの手をなごりおしげに離し、卓の上で手を組んで、目を閉じた。
その体温を、ロサは離したくないと思った。
(どうしてか、私はいつもアスールが見たもの、触れたものを追ってしまう)
プラータのワイングラスの赤色が妙に艶めかしく見える。
その向こうに、手は組んでいるものの、視線がアスールに向いているのが目に写った。
いつからだろう。
彼の手が触れると、胸の奥の石が少しだけ軽くなる。
怖いのに、離したくないと思ってしまうのが、いちばん怖かった。
(プラータも、同じなのかもしれない)
ただの養女であるロサ。
腹違いの妹であるプラータ。
どちらも禁じられた思い。
花園でしゃがんで花を見ている時、腕を組んで談笑している、アスールとプラータを見たことがある。
はっとして、垣根に身を隠した。
楽しそうな声をあげているのはプラータだけのように思えたが、その時のアスールの気持ちまでは測れない。
(王陛下が薨去されたばかりなのに、私ったらこんなことを思い出して……不謹慎だわ)
ロサは膝に視線を落とし、コルテシーア王子の死を悼んだ。
彼の気まぐれがなければ、ここに私はいなかったのだ、と。
「さて、皆々様、そろそろよろしいかな」
円いレンズのはいった眼鏡を鼻の上へと押しあげ、宮廷書士は巻物の山の、1番上の、豪奢な刺繍をほどこしたものを、手に取った。
「良い。皆、亡きコルテシーア王最期の王命として、しかと聞くように。……決して、声などあげぬよう」
正妃の低く威厳のあるおちついた声色に、皆がしん、と静まり返った。
視線が宮廷書士に集まる。
集中する視線など自分にはまったく関係ないといった表情で、宮廷書士は、薄くなった白髪を揺らし、巻物をするりと広げた。
「『 余は今、死を前にして、コルテシーアの未来をここに定める』」
誰かの喉がごくりと唾を飲んだ音が聞こえた気がした。
ロサはうつむいたまま、手も祈りの形のまま、茶色の目だけを薄く開いていた。
コルテシーアは恐らく、インビエルノが統治することになるだろう。
(アスールとシエロは?公爵をたまわり、インビエルノの補佐に回るのかな)
その場合、ロサの立ち位置はどうなるのだろう。
もう、国をすべる兄弟たちとたわむすれられる年齢でない。
(どこかに、お嫁に行かなくちゃいけないのかな)
胸がつきんと痛んだ。
アスールとの別れ。
もちろんアスールとずっと一緒にいられるわけはない、とは思ってきたけれど。
それでも他の男の妻になることを想像するのは嫌だった。
(侍女として、ここに置いてもらえないかな)
様々な想像が頭を巡る中、冷たい手が、ロサの組んだ手をほどき、握った。
(!)
顔は上げられなかった。
「『第1に、コルテシーア領土を4分割とする』」
……えっ?
ロサは顔を上げた。
皆が驚いた顔をしていると思ったのに、
インビエルノは不機嫌な表情で目をつむったまま、
アスール眉をひそめてはいたが、いつもあまり変わらない様子だった。
4人の夫人たちも、皆仮面をつけたように無表情だ。
ただ、驚いているのは、ロサとシエロ、そしてブラータの3人だけだった。
「えっ……国土を、4分割……?」
プラータがぽかんと呟くように言った。
ロサも、許される身分なら、プラータと同じことを口にするところだった。
人生のほとんどを侵略に費やし、国土を広げてきたそれを、分割?
(しかも『4分割』って)
数えなくてもわかっている。
コルテシーア王が残した血を受け継ぐ者は、4人だ。
ぎりっと聞こえたのはインビエルのものだ。
怖くて彼のほうに、顔を向けられなかった。
「『1に、主たるコルテシーア国を第1王子であり、嫡子であるインビエルノに譲渡する。インビエルノはこれを受け、国王となり、統治することを王命とし、これを遺す』」
インビエルノは再び目をつむり、右の親指を噛んだ。
また、ぎりっと音が鳴った。
「『2に、コルテシーア西、クリアシオン部を国と創設する。第2王子アスールはこれを受け、クリアシオン国の王となり、統治することを王命とし、これを遺す』」
アスールは、音もなく頭を下げた。
上げる時、ちらと濃い青の目が、ロサを見た気がした。
「『3に、半島最北端ミセリコルディア部を国と創設する。第3王子3シエロはこれを受け、ミセリコルディア国の王となり、統治することを王命とし、これを遺す』」
ミセリコルディア、とシエロが顔を紅潮させて呟いた。
その時だけは、シエロの母、第3夫人が微笑みを浮かべた気がした。
(どうしたのかしら、ミセリコルディアに何が……。……あ!)
そうだ。
ミセリコルディアにはサント・ステラ聖堂がある。
世界中から巡礼者のあつまるミセリコルディアの王としては、信心の深いシエロ以外には考えられない。
がたん! と椅子を蹴る激しい音がした。
バラの娘、戦火を越えて 雪 @hinacek
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