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「おはよ、華ちゃん」
いつものように手を振って私を出迎えてくれる私の友達、光希。いつもの朝の光景だ。
だけど今日は何かが違う。……そう、何かが。
「今日も遅かったね、待ちくたびれちゃった」
おどけた様子で彼女は言う。いつもはそんなことは言わないはずだけど。今日はそんなに遅かったかと時計を確認してみたが、いつもとそう変わらなかった。
そもそも彼女はこんなキャラじゃないはず。いつもと違う。
「早く行かないと遅刻するって」
急かされ、ようやく体が動いた。あまりの違和感にうまく声が出せない。いつもよりほんの少し早歩きの彼女になんとか追いついて、隣を歩く。
「ねぇ……光希、今日なんかおかしい」
「え?」
光希は振り返って私の目をじっと見つめてくる。その瞳にはなんだか生気がない。目が合っているはずなのに彼女はそこにいないみたいだった。
「……あのね華ちゃん、そういうこと言ってたら嫌われるよ」
息が止まる。
「こんなこと言いたくないんだけど、華ちゃんは」
「あんたは私の友達じゃない!!」
頭より体が速く動いて、気付けば私は彼女を拒絶していた。車道に向けて、その身体を強く突き飛ばして。車道だと思っていたが、そこには信号のない横断歩道があった。車が来なければ助かる。……はずだったのだが。
「――あ」
甲高い音と通過する大型トラック、叫び声、広がる鮮やかな赤の景色。不幸なことにそこにスピードを出した大型トラックが激突したらしい。強烈な血の香りと、制汗剤の香りが混ざって吐き気がした。
私が、彼女を。正確には、彼女の偽物を……。
はっと目が覚めた。じっとりと汗をかいた体。夢だったか、と安心して息を吐く。あんな悪い夢、二度と見たくない。
体を起こして、今度こそ学校に行こうと準備をして家を出た。いつもなら光希が出迎えてくれるのだが、今日はいない。おかしいと思いつつも少し待つ。今まで彼女が私より遅く来たことなんてなかった。来ないのは休みの日くらいなもので、それでもいつもなら連絡があるはずなのだ。
そのまま十分ほど待ったはいいが、全く来る気配はなく、学校に間に合うかどうかも怪しくなってくる。そろそろ諦めて先に行った方がいいだろうと学校へ足を進める。
実は私が何かしてしまっていて、怒って先に学校に来ていた……なんて想像をして教室に入ったが、遅れた上に光希はいなかった。机にあったのはただ、花瓶に生けられた百合の花だけ。
す、と体の芯が冷えるのを感じた。
「大事な話があります」
皆の表情は固かった。私も、もう気付いていた。何の話なのかなんて聞かなくてもわかる。
「高原光希さんが事故で亡くなりました」
沈黙の中、百合の香りが教室に充満していく。夢は現実だったのか、それとも予知夢のようなものだったんだろうか? 夢の中の光希の声が頭の中で反響し続けていた。
先生の『大事な話』が終わると、教室はいつものざわめきを取り戻す。だけれどいつもと完全に同じではないみたいだ。
「深夜のトラック事故なんだって……何してたんだろ」
「残念だよね……いい子だったのに」
中には泣いている子ももちろんいる。仲が良かったんだろう。こうして見ると私は彼女の人間関係を全く知らなかった。
「急に飛び出したんだって」
人の噂というのは本当に広まるのも早く役に立つものだが、この場合私を不安にさせるだけで何の役にも立たなかった。全て夢のままだった。なんなら今も夢の中だったらいいのにと強く願う。
もしこれが現実なら、私が間接的に光希を殺したことになるし、夢の中の光希は本心を言っていた、ということにもなる。私は彼女の本心を否定した。
それから、私は信号のない横断歩道を渡れなくなった。後ろから誰かに押されるんじゃないかというような心配で胸がいっぱいになってしまうのだ。
そう、今もきっと私の後ろに。
横断歩道 冷田かるぼ @meimumei
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