いつか蛇になるので

尾八原ジュージ

いつか蛇になるので

 とうさんもかあさんも夜はうちにいないから、夜になるとよく口笛をふきます。夜に笛をふくと蛇がやってくるのです。

 裏の山から長い尾っぽを引きずって、ずるずるとやってきて勝手口をとんとん、それで戸を開けてやるとこぶしひとつくらいのすき間から、ずるずる中に入ってきます。

 それからは夜がふけるまで、ふたりで口笛をふいたり、踊りをおどったり、とっておいた卵を食べたりして、ねむくなるまで遊びます。

 翌朝目がさめると、蛇はもういません。卵ののこりやパンを食べて、ちかごろは学校へも行きません。いずれ山へ入って蛇になるので、人間の学校の勉強はいりません。山へわけ入って蛇をさがしますが、夜になるとくる蛇はいっかな見つかりません。そうしているうちに日がくれかけて、家へ帰るととうさんだかかあさんだか、いつのまに帰ってきたのやら、ちゃぶ台の上にお金が置いてあります。それを持ってパンと卵を買いに出かけます。

 帰ってきてまずパンを食べます。台所の流しで体をあらいます。そうしているともう夜です。口笛をふきます。

 裏の山から尾っぽをずるずる引きずって、蛇がきます。

 勝手口にやってきます。

 中に入れてやります。

 たまには蛇をふとんに入れて、いっしょに寝ます。

 へびは冷たくて、やわらかいのに固くて、すべすべして、湿った山のにおいがします。

 みどり色と黒のもようをなでているうちに、気持ちがよくなって、ねむくなって、気がつくともう朝です。

 蛇はもういません。まっしろい朝日が窓からさしこんでいます。


 パンと卵の残りを食べて、今日も山へ分け入ります。

 蛇はいくらでも見つかります。それでも夜にやってくる蛇となると見つかりません。

 親子の蛇を見つけて、少しだけとうさんとかあさんのことを考えます。ふたりともたまに帰ってお金を置いていくだけだけど、いつか蛇になればいい人生なのでかなしくもさびしくもありません。

 暗くなりかけたころに、パンと卵を買いにいきます。夜になると口笛をふきます。

 勝手口を蛇がとんとんと叩きます。

 蛇を中へ入れます。

 蛇になるにはどうしたらいいのとたずねます。

 すると、蛇は首をふるふると横にふります。

 それがいかにも「おまえは蛇にはなれないのだよ」と言わんばかりなので、初めてけんかをしてしまいます。

 蛇は裏の山へ帰ってしまいます。

 それだから今日は山へも行かず、口笛も吹かず、パンも食べません。

 畳の上へころがっていると、からからと音をたてて玄関があき、今日はかあさんがひとりで帰ってきます。こちらを見て、あれ大きな蛞蝓がいる、とつぶやきます。そうしてちゃぶ台にお金を置いて、また家を出て行きます。何にも言わずに見送ります。

 玄関がぴしゃりと閉まります。足音がどんどん遠くなります。

 それを聞いてから、ようやくずるずると這いだします。ちゃぶ台の上からお金をとって、雨合羽をかぶって、ようやく人らしいかたちになります。

 でも今日は卵なんか買わなくていいのだと気づいて、今は途方にくれているのです。

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