一雨の恋模様

卯月まるめろ

僕のすべてを君にあげるよ

 梅雨入りした、六月。


 朝から雲行きは怪しかったが、午後になるにつれ柔らかな金色の光はグレーの雲に遮られ、その合間からしくしくと雨が降り始める。


 道行く人が顔の前で手を広げ、降り始めた雨を確認する。折り畳み傘を広げる人、店のひさしで雨宿りする人、まだ大丈夫だろうと雨を無視し歩き続ける人。


 そんななんでもない日の午後だ。



 僕が、運命の人に会えるのは。



 カラン、コロン。


 老舗の純喫茶、「雨蛙」のドアベルが鳴る。


 店員に会釈してお決まりの窓際の席についた彼女は、羽織っていた上着を脱ぐ。まもなくして運ばれてきた水をひとくち飲んで、ふっと息をついた。


 窓越しの、紫陽花の陰から見る彼女の物憂げな吐息に、僕は思わずドキリとする。 目線は思わず唇へ向かった。

 今日の彼女のリップは、チェリーピンクだろうか。蜜のようにつやつやと輝いている。

 そんな彼女が水を運んできた店員に、


「カプチーノ、お願いします」


 と言う。


 昨日も同じものを頼んでいたね。


 カプチーノを待っている間、僕はスマホをいじり出した彼女を観察する。


 会社帰りかな。綺麗に巻かれたダークブラウンの髪、着崩しのない胸元のブラウスのリボンからわかるように、きっと変わらない生活を好む真面目な性格なのだろう。

 そういうところも好ましいよ。


 カプチーノが到着した。フォームミルクがたっぷりのカップを両手で包み、傾ける。彼女の口元に、泡のひげがついた、かわいい。


 だが、彼女はいつもよりそわそわしているようだった。友達でも来るのだろうか。

 いつもより注意深く、彼女の顔を見つめていると、店の入り口を見た彼女の顔がぱっと輝いた。

 まるで雨上がりに差し込む光のように。

 

 視線の先にいたのは、男だった。清潔感があり、体が程よく引き締まっている。

 男は彼女を見つけると、その精悍な顔立ちをふっと緩ませた。そして向かいの席に座ると、彼女は頬を染めてうれしそうな顔をする。


 僕が知らない笑顔だ。彼女の頬を両手で優しく包む彼に、怒りが沸いてくる。


 僕の方が、知っているのに。好みのコーヒーだって、お気に入りの髪型やメイク、仕事帰りで疲れたようにコーヒーをすする顔、スマホを見て微笑む顔。全部全部僕のものだ。


 もっと僕を見てほしい。すべてあげるから。


 もう、紫陽花の陰で眺めるだけでは足りない。


 彼女にも、男にも、僕を無下にしたことを後悔させてやる!!


 僕は足に力を溜めて、僕と彼女を遮る窓ガラスに向かって、思いっきり張り付く。


「ゲコッ! ゲコゲコ!」


「実花。みて、窓にカエルが張り付いてる」

「うわ、ほんとだ。きっも」


 いつの間にか、しとしと降っていた雨は、すっかり止んでいた。

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一雨の恋模様 卯月まるめろ @marumero21

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