幾望を見る
@gagi
幾望を見る
冬の夜。
海浜公園沿いの舗道を、弟と歩く。
道沿いのはまなすの枯れ木。今朝に降った雪がはまなすの上にだけ解けずに残って、夜闇の中で白く浮き上がっている。
夜空には月が出ていた。大きな月だ。その月光は強烈で、周りの星々のか細い光を塗り潰してしまっている。だから夜空には月ばかりだ。
右手には海がある。深い暗黒の海だ。空に浮かぶ月は星々ばかりでなく海でさえも塗り潰そうとして、その水面に光を落とす。
海の表面はその波打ち際の方にはちらちらと、月光を照り返す。
けれども沖の方へと遠のくにつれて、月の光は浪の内に飲まれて沈んでゆく。そうして夜の海はそこへ、輪郭の知れぬ暗闇を湛えたままだ。星々をかき消す強烈な月光を以てしても、海の夜闇がはらわれることはない。
黒い夜の内で水面にわずかにちらつく月光の照り返しと、静かな潮騒だけが、海が傍にあるということを感じさせる。
海の向こうから風が吹いた。遮るものが何もない、海面の上を走り続けた力強い風だ。その風が私たちを呑み込んで、そうして通り抜けていく。すると私たちの身体に纏わりついていた温度というのは悉く拭われてしまう。
私は首を縮こませて、顎をマフラーに埋めた。油絵具の入った買物袋を持つ指先がひどく冷えて痛い。
私は夜の海というのが好きじゃない。怖いんだ。この黒い海というのはどこから始まっていてどこまで続いているのか。輪郭が定かじゃない。もしも気づかぬうちにそれの波打ち際へと足を踏み入れてしまって、そうしてその浪によって海の内へと舐めとられてしまったら。私は海と共に闇の内へと同化して、冷たく静かな夜の中で私の声は誰にも届かず、気づかれず。きっと溺れ死んでしまうのだ。
そんなことを考えてしまって、怖くなる。
それに身体が温まったころに律儀にやって来ては、冷たさを届けてくる潮風も好きじゃない。
しかし弟は私とは異なる。弟は私が好ましく思わない夜の海、それを眺められる海浜公園沿いのこの道を歩くのが好きだ。
だから今日は弟に合わせて、私もこの海浜公園沿いの舗道を歩いている。
今は家に帰る途中だ。私は会社から。弟は学校と部活と、それと寄り道の買い物から。
私は社会人で弟は中学生だ。日中を過ごしている場所も違うし帰宅時間も違うから、普段は一緒に帰らない。
けれども今日はタイムカードを切った直後に弟から『画材を買いすぎちゃって一人じゃ持てない、助けて!』との救助要請を受けた。だから私は店まで弟と荷物を迎えに行って、こうして二人で家路についている。
私たち兄弟はあまり多く話をしない。私は今年で二十四歳で、弟である彼とは十ほども齢が離れている。世代が異なりすぎて共通の話題というのに乏しいのだ。
あるとすれば、絵を描くということについてくらい。
だから私が口を開いたのは、無言が苦痛だからってわけじゃない。ただ静かに彼と寄り添っている時間というのをむしろ私は好んでいる。
私が弟へこの話題を振るのは、純粋に彼への尊敬や祝いの気持ちを伝えたいが為だった。また、今日のどこかでこの話題に触れなければ家族として、彼と親密な間柄の人間として不自然だろうと考えたからだ。
「しかしすごいよなぁ。昼休みにサイト見たよ。全国規模の絵画コンクールで銀賞を取っちまうなんてさ。マジですごいと思うよ。おめでとう」
私はそう言って弟の方を向いた。私の肩くらいの位置にある彼の顔。その表情は真顔に近い。私はそこから弟の、嬉しさや喜びのような感情を読み取ることが出来なかった。彼の幼い横顔にはおそらく寒さのために頬や鼻、耳の辺りに朱が差している。
今日は弟が作品を出した絵画コンクールの入賞発表の日だった。
応募締め切りの二週間前に描き上げて、その時に弟が俺に見せてくれた『向日葵を見上げる少年』の絵。瑞々しい緑の生垣に囲われた庭の内で、幼い男の子が育ち切った満開の向日葵を見上げ喜んでいる、穏やかで優しい雰囲気の絵だ。
入選発表のサイトにあった銀賞の枠内には、弟の名前と共にその絵がしっかりと掲載されていた。
「うーん、そうなんだよね。また銀賞だった。金賞じゃないんだよね。でもまぁ、ありがとう」
弟の言葉は白く薄いもやとなって、夜闇の中に残った。力強い潮風が私たちに吹き付けて、彼の白い言葉は流されてしまう。弟は両手に抱えていたキャンバスの入った買物袋を一瞬片手だけで持ち、ダウンコートのフードを被った。彼の表情はフードの陰に隠れてしまった。
弟が絵画のコンクールに作品を出すようになったのは、中学校で美術部に入って少し経ってからだ。だからその期間の長さで言えば、それはまだ一年と二カ月ほどでしかない。しかし弟はその短い期間の内に、小規模な公募やコンペティションにおいて銀賞や銅賞を取っている。
私からすれば銀賞はおろか銅賞であってもそれは、とても素晴らしいことだと感じるし、羨ましい心持になる。
しかし弟にとっては銀賞は、彼を納得させるに足る報いではないらしい。
もしも彼の振る舞いが、ある種の優越感というか自惚れのような感情から生じたような、斜に構えた態度であればそれはそれで可愛らしいのだが。少なくとも十余年の間、家族として傍で彼と接してきた私からはそう見えない。私の目には彼の態度というのが、金賞を取れなかったという悔しさから生じているように映っている。
弟が銀賞を受賞した絵画コンクール。それの栄えある金賞を授与された作品は、奇しくも弟の作品と同じ題材を描いていた。
金賞作品の名前は『太陽を睨みつける向日葵』。向日葵のがくや茎の深い緑の陰影が、破壊的な太陽光線の凄まじさを際立たせるような作品だった。
こういう凄まじい絵を中学生が描くなんてすごいなぁと感じたし。この作品が金賞だと言われれば、まあそうだよなぁと納得させるような作品だ。
けれども私の好みから言えば、凄絶な太陽光線の印象の『太陽を睨みつける向日葵』よりも、弟の穏やかで優しいあの『向日葵を見上げる少年』の方がよいと思えた。
だから私は「兄ちゃんはお前の絵の方が好きだけどなぁ」と言おうとした。
言おうとして、その言葉が喉まで来て、少しだけ振動したところで止めた。変に出てしまった音は咳払いでごまかした。
だって私には絵の才能が無い。その才能の無い私の感性から褒められるということを、弟はどう受け止めるだろうか。
そう考えたときに、私はこの言葉は弟へ伝えるべきでない文言であると感じた。
先に絵を描き始めたのは私の方だった。
そもそも私と弟では齢が十ほども離れている。私と弟に共通するいくつかの趣味や嗜好というのは大部分が、中高生だった頃の私の行動を幼児だった弟が真似たことによる。
絵を描き始めた理由はなんて事の無い話だ。小学校の時に遊びで描いていた落書きを、友達の誰かが「上手だね」と褒めてくれた。それで得意なつもりになっただけだ。
今の弟と同じくらいの歳頃の私は漠然と、『いつか絵で食べていけたらいいな』なんて、可愛らしい将来の夢を持っていた。
けれど私の希望とは反して、私には絵についての才能がてんで無かった。
小学校、中学校、高校と。月日が経つにつれて時の流れは私に、己が凡人であるという事実を突きつけてくる。
私はコンクールで金賞はおろか、銀賞だって取ったことはない。
大学を出る頃には夢を見上げる気力も、余裕も無くなってしまった。
今の私は一日中オフィスで椅子に座って、眼前のディスプレイの数字ばかりを見ている。紙幣や硬貨が無機質な記号に変換された数字の羅列を。今の私が日々追っているのは夢ではなくて金銭だった。
「今日は満月なんだね」と弟が言った。私が弟の方を見ると、彼は黒い海がある右手の空を見上げていた。
弟につられて私も夜空を見上げる。闇を背に宙へ浮かぶ歪んだ円形。星々の輝きを霞ませてしまうほどに強烈な月光。
冬の冷えた大気は透き通っている。夜空は晴れて雲一つない。私たちと月の間には遮蔽物が何もなくて、私たちの全身は月光に晒されていた。月の全身もまた、私たちの視線にまじまじと晒されている。
「いや、あれは満月ではないよ」と私は言った。これは昼休みにネットニュースで見たのだ。明日が満月であって、今日の月齢はその一日前なのだと。
完全に満ちる一歩手前の、僅かに欠けた月。確かそれの名称も記事にはあったはずなのだが、それは忘れてしまった。
「満月じゃないんだ。でも、なんでだろう。すごく綺麗に見える」と弟は言った。私はそれに同意した。
おそらくきっと、私もこの僅かに欠けた月が好きだ。素敵な満月のお月様だなと思って少し調べてみると、満月の一日前だったり一日後だったりしたという経験がよくあるから。
だけど不思議な話だ。
どうして不完全な月に対して私は、綺麗だとか素敵だとかの印象を持つのだろう。
私自身であっても、私の心の動きというものはよくわからない。
家に着いて画材を置いてから私は、乗り気でない弟を外食に連れ出した。「銀賞でも賞は賞なんだから。お祝いしなきゃ」と言って。
とは言ってもそこまで贅沢が出来るわけじゃない。連れて行ったのは近所の駅前にある洋食屋。弟が産まれた頃からたまに来る馴染みの店だ。
外壁はハーフティンバー様式の木造建築風で、内装は極めて普通の洋食屋だ。強いて特徴を挙げるとすれば、店主の趣味で壁際に楽器が飾ってある。
弟は『お子様プレート』を頼むのが恥ずかしい年齢になってからは、この洋食屋に来ると決まって『洋風ミックスプレート』を注文する。
理由はハンバーグとエビフライが付いてくるからだ。『お子様プレート』と同じように。ちなみに私はいつも月替わりのメニューを頼むことにしている。今月は白いクリームソースのかかったチーズハンバーグだった。どうやら雪をイメージしているらしい。
暖かな店内で暖かな食事を口に運ぶ。私は正面の席でエビフライを頬張る弟に「おいしい?」と聞いた。弟は口をもぐもぐとさせながら頷いて、海老の尻尾を私の皿の上に置いた。弟はエビフライの尻尾を食べない派で、私が食べる派だからだ。
夢を見上げなくなった私の労働の一部は千円札が一枚と百円硬貨が四枚となって、それは弟の『洋風ミックスプレート』へと姿を変えた。
金賞も銀賞も取れない私は、自分の追いかけた金銭で家族がささやかな幸せを感じてくれたというだけで、なんだか報われたような心持になる。
「それはよかった」と私は言って、エビフライの尻尾をかじった。
幾望を見る @gagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます