第10話 食堂にて
裏口の扉を開けると野菜スープの匂いが鼻腔をくすぐる。ここから食堂は近いようだ。
ルトの案内で廊下を進むと、従業員達がナイフとフォークが交差する看板を掲げた大部屋に出入りをしている。あそこが食堂なのだろう。
大部屋は部屋の半分を占める3台の巨大な長テーブルとテーブルを囲う椅子が並んでいる。奥には炊事場でここからでも火と鉄鍋が時々見える。ゲズルは従業員達の視線を感じながらルトの後をついていき、料理の受け渡し口へと向かう。受け渡し口の向こう側からは竈からの熱気と轟音が響き食器が触れ合う音が聞こえてくる。
「母さん。追加の食材を持ってきたよ」
「あぁありがとうねルト。今忙しいから炊事場に入って来て運んでくれない」
受け渡し口から顔を出したのは、ルトと顔が似ている茶髪を短く切りそろえたふくよかな女性だ。
「あなたがルトの言っていた新しく入団する人ね。後で挨拶に行きますから」
「いやそんなお気遣いしなくても」
ゲズルが言い終える前にルトの母は炊事場へと引っ込んで行ってしまった。
「すいません騒がしくしてしまって。上にメニューが書かれてあるので、決まったら注文口に行ってください」
そう言って炊事場へと向かうルトを見送ってゲズルは早速メニューを眺める。近くに大河が流れる港町と言う場所柄、魚料理は種類も豊富で、肉料理も草食の獣人専用の野菜料理も揃えてある。一通り眺め、川魚の串焼きとスープとパンのセットを頼んだ。料理を受け取り、空いている席を探そうと長テーブルに目を向ける左側の机に目が留まった。そこではエイクとグレイスが並んで食事をとっていた。
「なんだ。もう帰ったと思ったんだが」
そう言ってエイクは発泡酒を飲んでいる。
「夕食を取ろうとしたらルトさんから誘われたのです。フェルンは用事があったのでは」
「それは終わったのだが思ったより時間がかかったから夕飯をここで取る事にしただけだ」
そうグレイスはサバの混ぜご飯と鳥団子と根菜が入ったスープを前にして言う。
「よかったらここで食わねぇか。ちょうど空いている席もあるし、ここにいた方が視線も気にならないだろう」
どうやらエイクも周りの視線を察しているようだ。
「心配すんな。この仕事、重労働だからすぐにやめる奴なんて少なくないからこの新人はいつまでいるか見ているんだろうさ。明日になれば興味も失せるはずだろうよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えます」
そう言ってゲズルはグレイスの隣で席に着き、食事をとる。
塩だけのシンプルな味付けだが川魚の皮はパリッと焼かれてほどよい塩気を感じる。パンは固いが葉野菜と芋のスープと合い、気弱なルトが自慢していたのも理解できる。よく見るとグレイスも黙々と食べており、それは人と関わりたくないのとは別にただ美味いからなのだろう。
串焼きをおかわりしてスープも飲み干した頃には食堂も落ち着いてきて、ゲズル達の前にルトの母が現れる。
「改めて入団おめでとうございます。食堂の料理長をやっているリサ・ライトです。息子共々よろしくお願いします」
「ラシヌ・レトです。こちらこそよろしくお願いします」
「グレイス・フェルンだ」
「そう恐縮しないでくださいよ。あたしはただここでみんなのお腹をいっぱいにするのが生き甲斐なおばちゃんと思ってください」
そう快活に言うリサにゲズルの口元も思わず緩む。
「そうそう。エイクさんからも聞いたかもしれませんがここの仕事結構しんどいですから困ったときには何でも言ってくださいね」
「大丈夫だよ母さん。お2人とも僕なんかと比べたらずっと頼りになるんだから」
「あんたはもうちょっとしゃっきりしな。この人たちの先輩なんだから手本になるんだよ」
そうルトの背中を叩くとリサは元の持ち場に戻った。背中が痛そうなルトにエイクは背中を擦る。
「料理長も言った通りそんな謙遜せずに胸を張ればいいんだよルト。お前らも明日から本格的に仕事を始めるから困った事があったら俺らにも言うんだぞ」
じゃぁ俺はこれ片付けるからとエイクは食器を持って立ち去る。
「ネミーさんとは付き合いが長いのですか」
エイクの後ろ姿を見ながらゲズルはルトに聞く。
「ネミーさんは僕より1年先輩で色々な事を教えてくれたんです。ちょっと荒い所はありますが面倒見がいい人なんですよ」
それでは改めてとルトは2人に向けて頭を下げる。
「頼りない先輩だと思われますがやるべき事はやるのでよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
グレイスも了承するように頷いた。
食器を片付け母親の手伝いをするルトと別れた2人はそのまま本部から出ると同じ道を歩いて行く。
「まさか君が私と同じ長屋を借りていたとは」
「来たばかりですぐに借りられたのがあそこだったからな」
短い言葉を交わした後、2人の間では沈黙が続いた。どう切り出すべきかとゲズルが考えながら人通りのない脇道を通っていると、グレイスが口を開く。
「俺が鞘から剣を抜かなかった事気がかりなんだろ」
その言葉はこちらを伺っているようだ。黙ったままでは逆に疑われるだろうと考えゲズルは頷く。木の剣ではなく自分の剣を使ったのも気がかりだったが、一番の疑問はそれだ。試験の時ならともかく明らかな襲撃でもグレイスは剣を抜かなかった。無駄な殺生を好まない者もいるが、あの時のグレイスは眼の前の敵を斬り伏せようとする勢いがあったので違うだろう。
ゲズルの反応にグレイスは剣を前に出す。
「俺はある邪眼使いに呪いをかけられて、この剣しか使えなくなった」
「呪い?」
「『制約の邪眼』とかそいつは言っていたな。そいつは人に縛りを与える能力で、俺の場合は『この剣以外で戦う事を禁ずる』という制約だ。しかもご丁寧に剣を抜けないように細工しやがったんだよ」
吐き捨てるグレイスはその人物に相当な憎しみを抱いているようだ。
「その邪眼使いは何故そんな事をしたんだ」
「知らねぇ。大方偽善ぶって俺の目的を止めようとしたんじゃねぇか」
「君の目的?」
「復讐」
あっさりと言った言葉にゲズルは押し黙ってしまう。短い言葉だがその声からはその邪眼使いよりも強い怒りが感じられる。
そのまま何も言えず本部の南西側にある労働者の居住区へと歩いていくと、2人が借りている古びた長屋が見えてきた。
「ではまた明日」
「あぁ」
そう言ってグレイスは長屋の奥へと向かっていった。その背を見届けてゲズルは息を吐いた。
ボイラーの暴走、入団試験での襲撃、内部犯の可能性、そして復讐を望む少年。調査初日から気がかりになる事が続いているが、まずはガイナスに伝える事を纏めなければとゲズルは自分の部屋に入っていった。
隻眼の英雄は表向きの居場所で望みを探す 鳥竹 ギン @bird-ginne
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