初恋の相手からの手紙のように

紫鳥コウ

初恋の相手からの手紙のように

 葉田洋はたようは――プロの作家を目指しているにもかかわらず、昨年もなんの結果も出せずにいた葉田洋は、今年こそはと意気込んで、元日の零時から、小説の執筆に励んでいた。


 というと、寝る間を惜しんで創作活動に勤しんでいると思われるかもしれないが、その実、昨月に十七歳となった、要介護のトイプードルのカイの世話をするために、明け方まで起きているのである。即ち、そちらが「主」であり、執筆は「従」なのだ。


 一昨年の十月に実家に戻り、眼も見えず耳も聞こえず、自力で立ち上がることもできないカイと、認知症が進行していく一方で、ここのところは、炬燵こたつから一歩も動かない祖母の介護を中心に生活していた、小説の方面において、なんの結果も残すことができなかった――などと、甘えた言い訳をしている暇はない。


 洋は今、自身の胸中きょうちゅうに向けて、何度も「書け!」と命じ執筆をし、排泄はいせつをしたいか、態勢を変えてほしいかのときに、カイが吠えるのに注意を払っている。


 取り合えず、今年の目標を、文学賞やコンテストで五つ以上の入賞、さらにプロの作家になれるかもしれないという気持ちにさせてくれる、なんらかの結果を得ること、という風に決めた洋は、二月上旬が締切の、ある小説投稿サイトのコンテストに提出する、約二万字の小説の制作に励んでいた。


 不相変あいかわらず、出来栄えは良くないと、書きながら思う。が、「書いている内に、なにか糸口をつかめるかもしれぬ」と自らに言い聞かせて、洋は原稿を書き継いでいった。


 そういえば――と、洋はその時、ある事を思い出した。昨日、部屋の整頓せいとんをしていた時に、過去に貰った「手紙」を発掘し、後で読み返そうと考えていたのである。


 そこで、気分転換と称し、洋書が並べられた本棚の二段目に置いたままの手紙を手に取ると、机の上に並べたのだが、洋の胸中は、ざわつかざるを得なかった。というのも、この手紙をくれた人たちとは、いまは没交渉ぼっこうしょうになっているのである。それだけでなく、これらの人たちに対しては、何かしらの複雑な感情を抱え込んでいる。


 元々、日本最大の文学イベントである〈文芸市場〉に、コンスタントにサークル参加をしていた洋は、何人かの物書き仲間を持っていた。それらの人たちとは、それなりに親しくしていたと、洋は思っていた。が、先述した通り、或る雪国の田舎に帰郷してからは、一切その種のイベントには参加しなくなった。


 それ故、それらの物書き仲間とは、会う機会も話す機会も一切無くなっていた。いや、「元物書き仲間」と言うのが正確だろう。その人たちは、洋の事など、微塵みじんも覚えていないであろうから。「葉田洋」など、既に関係を断ち切ってしまった人物であろうから。


 が、しかし、その「元物書き仲間」の中の何人かには、洋はいまだに強い想い入れを持っていた。それは、初恋のように、簡単には忘れ難いものだった。故、それらの人たちからの手紙を読むというのは、切ない事なのである。


 が、〈文芸市場〉で交流した際に渡して頂いた、手書きの「励まし」の手紙は、今の自分に、何らかの良い影響を与えるに違いない。そう、洋は考えた。昨日、友人との通話中、その場に居た三人に絶縁を言い渡し、ほとんど完全に孤独の身となった洋は今、「温かい言葉」に飢えていた。


 故、一通ずつ手紙に目を通していったのであるが、そうしている内に、洋の胸中には、感動というか感傷というか、ともかく冷温相交あいまじった感情が、沸々ふつふつと込み上げてきたのである。


(ほんとうに、初恋をしているみたいだな)


 無論、それらの人たちに、恋愛感情を持っている訳ではない。が、この人たちに忘れられるという事が、どれくらい辛い事であるか。それを、痛感したのである。わずかながら覚えていてくれたならば、などと甘な望みを抱かざるを得ないのである。


(ちゃんと結果を残して、それを目にして貰えれば、思い出してくれるかもしれぬ)


 洋は、残り一人しかいなくなった友人からも、例年のように、新年の挨拶等というものが来ない事を意に介さず、手紙を大切に机の中に仕舞しまうと、再度、孤軍奮闘の思いで執筆を続けていった。外では、雪が降り落ちている。



 〈了〉

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