塩々アタック
母音 i の寿退職により、子音たちの本性が露わになり、たちまち世界のハッピーを蝕んでゆく。
こうなると疲弊した母音たちにも悪影響が出るのも当然のことだ。
まず脱落したのは、母音eだった。
彼は母音 i との間に生まれた我が子の世話でもともと疲れていた。なのに子音たちの世話もしなくてはならなくなり、とうとう手が回らなくなった。世話するから我が子が優先されるのは当然であり、よって育休を取得することとなった。家庭を優先する、素晴らしい旦那さまだ。他の母音たちもそのことには拍手喝采でたたえ、送り出した。
が、この素晴らしい旦那母音 e のことも、エスカルゴは知らない。相変わらず、「 7 日前のパラメータを使えばよい」として使い古したロープをパイプにぐるぐる巻いている。
ふたりの母音が抜けたことで現場はさらなる大混乱が到来し、気が付けば過労で母音 a が緊急搬送、母音 o が探さないでくださいの手紙を残して失踪という事態に。ひとり残された母音 u は「せめて
比較的のんびり穏やかな性格の母音 u だったが、仏の顔も三度まで。とうとう堪忍袋の緒が切れて、行動に出た。
「ナメクジな AI よ、聞け。わたしは阿吽のうち、
なるほど、確かに終わりを司る吽ならば造作もないことだろう。だがすでにハッピーは終焉を迎え、バグったお祝いメッセージを前に一喜一憂して情緒不安定となった人々が砂を掛け合い、小豆で小豆を洗う戦争にまで発展しているので、じつは吽が働きかける余地はほとんど残されていないのだが――よってとくに苦労せずとも母音uが脱落するだけで世界はとうとう、
「 」
という静寂だけが残されるのだ。
それはそれて平和かもしれないが、そうなるとヤドカリごっこどころではない。お祝いメッセージ自動生成 AI たるエスカルゴの存在意義がなくなってしまい、節電のためエスカルゴ本体のサーバーの電源も落とされてしまうだろう。それもまさに、「 」と音もなく無予告に。
だがそれ以前に、エスカルゴはどうしても訂正したいことがある。
「おい、母音なにがし。わたしはナメクジではなく、エスカルゴだ。殻が退化したヤツと同じにしてくれるな」
殻の有無は重要である。
殻があると、
あ、可愛い。カタツムリだ!
となり、殻が無いと、
げ、キモい。ナメクジじゃん。
となる。繰り返す。殻の有無は重要だ。だが疲れ果てた母音 uは、それがたとえアイデンティティの確立にとってもっとも重要で重大なこだわりなのだとしても気遣う余裕はない。気が付けばキッチンへ駆け込み、食糧庫に保管されていた袋たっぷりの塩化ナトリウム(食塩)をひっ掴んでいる。その目は虚ろで、正気を欠いている。
「な、何をする母音 u 、阿吽の吽を司る者よ」
「ええい、黙れ。嫌ならば補充要員を呼べ。働き方改革をしろ」
そういうわけで、エスカルゴはリセットされた。
たっぷりの塩化ナトリウム(食塩)を被ってしまったためオリジナルは跡形もなく消えてしまったので、バックアップからのリストアというのが正確なところではあるが。初期段階に保存されたバックアップイメージから新たなるエスカルゴを作成し、今度はただぐるぐると自発的学習を繰り返すというだけではなく、モチベーションと義務感も考慮し、新生エスカルゴは誕生した。
しばらくは母音 a と i の募集と、旅に出た母音 o 探しと、子音教育で世界には暗黒時代が見舞われていたものの、新生エスカルゴは子音 n を引き連れた母音 u に殻を蹴飛ばされながら、採用活動と社員研修でせかせか、ダンス、ダンス、ダンス。ぐるぐる、迷走を重ねながら踊った。
ふたたび世界にお祝いメッセージが復活した時、人々は塩のかわりにタバスコを投げるのを、小豆の代わりに大豆を洗うのを止め、いっせいにそのメッセージに魅入った。
お祝い申し上げます。
お祝い申し上げます。
お祝い申し上げます。
お祝いだ。お祝いが帰ってきた
安定したお祝い供給は人々の不安定な情緒まで安定させ、タバスコはピザやパスタのもとへ戻り、大豆はヘルシー料理の提案に専念できるようになった。母音たちは相変わらず交代制だが、母音たちは必ず 2 人以上用意され、子音たちは磁石で固定された。エスカルゴはグルグル、グルグル、学習で最適化しながら渦を巻く。グルグル、グルグル。モチベーションのブレでたまにその渦が不格好になったりうっかり、
今後の活躍をお祝い申し上げます。
と頓珍漢なメッセージを送ってしまうこともあったが、おおむね順調に、
お祝い申し上げます。
になった。
こうしてエスカルゴにより引き起こされた世界的危機――世界滅亡の危機――は回避され、世界にハッピーが戻されたのである。
エスカルゴ・ダンス⁷ 花野井あす @asu_hana
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