明日勇者が来るんですって。うへぇへぇ

桜咲き地を這う葉月

第1話

 ふと、昔のことを思い出す。それは俺――ガラクが初めてお嬢様と出会った日のこと。


「お前、一人か?…………なら、私のとこへ来い!お前が私の初めての従者だ!お前を仲間にした今日を私の……メイ・アリアーク様の大魔王への第一歩にするのだ!」


 そう、当時貴族の奴隷という立場から逃げ出した俺に告げたのはやけに声の大きい少女だった。きっと、彼女にとって俺は仲間にするにはちょうど良かったのだろう。いなくなっても誰も気にしない、後ろ盾がないから誰にも守られない、自分より弱いから反逆されない。俺でもそうする。


 …当時の俺が生き残るのは彼女の提案に乗るしかなかった。ただ、彼女の従者になってからの日々はとにかく酷かった。まず、彼女は魔王だから街に入れない。それに、シンプルに俺よりも強いからっていっても当時の俺たちでは街の外にいる魔物には到底敵わない。だから最初の三年は魔物から隠れ続けて実力を高め合う事しかできなかった。


 俺たちが出会って三年と半年経ってからようやく街の外の魔物を倒すことができた。その時は、二人でおいおい泣いたし、互いに慰め合った。その甲斐あって、多分俺とお嬢様は『相棒』と言ってもいい関係になったと思う。


 十五年……この十五年が俺とお嬢様が出会ってきてから共に歩んで来た年月だ。今思い出してもどの思い出も最高に下らない。下らないし、見る人によっては途中で投げ出すような物語だ。南国の勇者のようにお姫様を救って世に蔓延る悪を倒し尽くす爽快な話でもないし、東国の勇者のような聖女と賢者との劇のようなラブロマンスも無い。ただ、血と汗と笑い話たっぷりのふざけたお話。


 なぜそんな事を今になって思い出すのか……多分考えられる理由は二つ。一つ目は明日俺は死にに行くから。明日この場所に勇者が攻め込んでくると聞いた。それも初心者勇者。多分女冒険者にチヤホヤされて鼻の下伸ばしてる下半身坊主だ。決してハーレムが羨ましいというわけでは無いよ?本当に……。ただ、間違いなく俺は明日この下半身勇者に負けて死ぬということ。街の外のゴブリン雑魚敵を倒すのに三年かかった俺たちじゃ才能マンの勇者に敵いだろうしな。


 ならば勇者が来る前に逃げればいい。だけどそれができない理由がある。その理由がお嬢様が病気になったことだ。不治の病らしい。体内の魔力が変質して、生物の感覚を無くしていく奇病との事。普通なら四年持ったらいいほうなのだが、あいにくこの病気に罹ったのが五年前で、いつ死んでもおかしく無い状態らしい。今俺たちが住んでいる霊脈の麓のこの魔力スポットがお嬢様の魔力と相性がよくて、どうにか命を繋いでいる状態だ。だから、どうしてもここを離れられない。


 以上の理由から俺はここを死守しなければならない。此処は守る側にとって都合の良いことに一方通行からしか攻められないので、今俺が経っているこの道を守るだけで済むのは少し楽だ。道中に数えるのも億劫になる程の罠とやばい病気持ちの野犬も大量に放し飼いしたから、多分少しは持つと思う。もう、自分が考えつく限りの対策は施した。そもそも勇者が攻めてくるって知ったの一週間前だし、この短い期間でこれだけの準備が出来たのは自分でも凄いと思う。もうちょっと勇者対策のための戦術part32の続きでも考えるか…それとも俺の魔法でかき集めた勇者のマル秘情報を街にもっとばら撒きに行くか、そう悩んでいたら……


「ガラクー?ねぇガラクー?ちょっと来て?体拭いてくれない?汗が服に張り付いて気持ち悪い気がするの。」


「…………承知したっす。少し待っていてください。」 


 まじかこのお嬢様。俺今頑張ってるのに。


「へい。来ましたよっと。それでどこが気持ち悪いんです?」


「背中よ。背中。優しく拭いてちょうだい。私の柔肌に傷がついたら魔王特権であなたをクビにするわ。」


「そう言ってクビにした後瞬時にまた再雇用するじゃ無いですか。最初はその脅し通じましたけど、もう十五年の付き合いですから慣れましたよ。」


 何度も繰り返してきたこのやり取りも、明日できなくなると少し寂しくなる。お互いの古着をツギハギして作ったタオルを使って丁寧に彼女の背中を拭く。


「…………それにしても貴方、私の背中を拭くのが上手ね。そのタオル、肌触りが良くて。ありがとう。」


「…………っ、ええ、とても気持ちいでしょう?偶々見つけたんです。」


 彼女の背中を拭いているタオルは、何度も使い回されたタオルだ。決して肌触りがいいわけがない。病気の進行が進み、お嬢様の触覚が鈍くなっている。多分……数時間後には完全に無くなってしまう。彼女は味覚と嗅覚も無くなっている。まだ二つの感覚が残っているとはいえ、それも時間の問題だ。現に、聴覚と視覚も危ない。耳は日を経つごとに段々遠くなっていってるし、彼女の焦点はあっていない。きっと、あと一年持たないだろう。だけど、それでも俺は彼女に残された命をしっかりと生きてほしい。外敵勇者に殺されず、その命を燃やし続けてほしい。俺はお嬢様の『従者』で、彼女に命を救ってもらったから。


「少し、昔話をしませんか?」


「昔話?一体何を話すの……もう大体語り尽くしたでしょう?」


「そうですね……どうしてお嬢様は魔王を目指したんです?」


 彼女の腰の辺りを拭きながら尋ねる。実を言うと俺は彼女のこの話を何度も聞いているがどれだけ聞いても飽きる気はしない。


「またその話?まぁいいけど。まず、魔王って何か知ってるわよね?」


「世界を憎み、滅ぼす使命を与えられた者。その生まれは様々で世界に何人も魔王がいる……でしたっけ?」


「そう、その中でも先天的魔王と後天的魔王の二種類がいて、先天的は生まれながらの使命を持っているの。後天的は何らかの原因によって魔王となった者ね。私の場合は吸血鬼に噛まれて魔王になったわ。」


「今は、互いに30ですから……15の頃にお嬢様は噛まれたのですね。」


「私はまだ29よ。貴方と違って私はまだ誕生日を迎えていないのよ。」


 ほぼ一緒だろ。四捨五入したら同い年だろ。そう可愛らしく頬を膨らませた彼女の横顔を見つつ、前の方を拭き始める。実に見慣れたほぼ平に等しい彼女の胸を見て内心でバカにする。俺の胸の方がある気がする、いやあるわこれ。


「今どこ拭いてるのかけど、なんかイラついたわ。拭き終わったら殴らせなさい。」


「うへぇ。ま、まぁ続きをしましょう!つづきを!」


「……チッ、まぁそうね。私は吸血鬼に噛まれたあと、一先ず吸血鬼が飲んだ人間の搾りかすを飲んで力を蓄えたわ。自分の家族も吸血鬼に吸われたし、これからどうしよっかなぁーて考えたら、ね?どうせなら世界滅ぼす魔王になっちまうか!ってなって今此処にいるわ。」


「あぁーだからお嬢様との初対面時、あんなに厨二臭かったのですね。」


「忘れなさい。今すぐ。」


 十五分近くお嬢様と雑談をしながら、無事吹き終わることができた。お嬢様のいつものルーティンだとこのまま就寝するだけだろう。明日の早朝には勇者がやってくる。お嬢様は朝に弱いので、きっと昼ごろまで寝てるはずだ。だから、これで終わり。もう二度と彼女と会うことはない。


「はい、終わりましたよ。どうですか、調子は?」


「…………えぇ。…………そうね。……。」


 理由は分からないけど、悩んでいる?これでも何年も過ごしてきたから彼女の機敏は分かる。すると彼女はふと覚悟を決めたような顔をして初めて会った時のあの顔演じてる顔をして俺に告げた。


「貴方、私の体を拭くのヘッタクソね。私の柔肌に。魔王特権により貴方を私の従者からクビにします。」


「またすか。それで、どれほどクビになればいいんです?1時間ですか?」


「一生よ。貴方が生きている限り、私のことを忘れて生き延びなさい。勇者が私を殺そうとしているんでしょう?私は吸血鬼だから街には入れないし、人類の敵だからいいとして、貴方は別よ。貴方は純粋な人間だからきっと人と共に生き延びることができる。」


「……どこでそれ勇者を知ったんです?俺の魔法を使って調べたのだから、お嬢様は知る機会すらないはずですが。」


 すると彼女はもう焦点の合わない目を俺に向けながら、その愛らしい笑みを浮かべて言う。


「何年の付き合いだと思っているのよ?貴方のことは大体わかるわ。」


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「何年の付き合いだと思っているのよ?貴方のことは大体わかるわ。」


 そう私は言った後、彼は黙ったまま俯いてしまった。おそらく彼自身の望みと、主人の命令を守るべきかで葛藤している。……本当に真面目な人ね。もう死人同然の私を見捨てるべきなのに。それに、彼はまだ保つの思っているのだろうけどそれは間違っている。多分明後日を迎えられない。きっと明日いっぱいで私は死ぬ。何となくわかる。そんな私を、彼は私へのがあるからと言って最期まで尽くそうとしてくれている。


 …… 結局、気づいてくれなかった。ねぇ、気付いてる?


 誰が自分でするのが難しいからって恋人でもない異性に自分の体を見せると思う?


 どうして自分の弱み過去を何度も何度も貴方に話したと思う?


 どうして貴方をわざわざこのタイミングで解雇したと思う?


 私は貴方をからよ。ずっとずっとずぅぅっと、一緒にいたのよ?好きにならないわけが無いじゃない。時には喧嘩して、馬鹿にして、笑い合ったこの十五年の間はずっと意識していたし、気づいた時には目で追っていた。貴方の匂いが、声が、性格も含めた、その全てが私は愛おしく想っている。望むのなら、最期の刻まで話したい、触れ合っていたい、そこにいて欲しい、手を繋いでいてほしい。


 だけどそれは出来ない。私は貴方が死ぬことがひとりぼっちで死ぬことよりも嫌。だから貴方を解雇する逃す


「…………………………わ、分かりました。お嬢様の体を傷つけてしまって申し訳ありません。それとお嬢様の心遣いに感謝します。お嬢様の命を謹んで承ります。」


 …もう目も霞んで見えなくなってきた。耳も聞こえない。だけど、私の望みが叶いそうで微笑む。


 あぁ……良かった。貴方は生きていける。きっと将来街に赴き、仲間を作って、幸せに過ごすのだろう。その中に私はいないけど、彼だけが覚えていてくれたらそれでいい。彼の思い出の欠片にメイ・アリアークが一欠片でも残っていたら幸せだ。…………だけど、もし結婚してお嫁さんを作るのだけは…………そこに立っているお嫁さんのが私じゃないのは……悔しいなぁ。


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 ……解雇されてしまった。少なくともあの人は俺が死ぬのを嫌がってるらしい。まぁ、仮に俺があの立場だったとしても、を自分の死に際に解放するだろうし。なにせ、明日勇者が来て自分もろとも死ぬとなれば尚更。……何はともあれ、俺はこれからただの人間として生きていくことが可能らしい。

 きっと、街に赴いて人間と共に生き、友人を作って、妻を娶る事が出来るだろう。その結果俺はほどほどに幸せに生きることが出来ると思う。…もしその道を選んだら、この中にあの人がいないことを少し寂しく想いながらも、目の前の幸福に囚われてしまう。そんな生き方をしてしまう。きっと……これが正解で……正しく、賢い道なんだろう。

 

 それは出来ない。

 

 俺は今までずっとお嬢様の気持ちには気付いていた。いや、気づかないふりをしていた。俺は従者元奴隷で、あの人はお嬢様命の恩人で主人だから。そんな資格はないと、釣り合わないからその結婚を捨てろと。俺の中の弱い部分自己嫌悪が俺を縛り付けていた。『今から言えばいい、今から想いを告げて限られた時間を幸せに過ごそう』などと夢のような話都合のいい話を持ちかけてくる。


 それは出来ない。


 女性の気持ちを知りながら、何年も何年も自分の都合で無視をしてきた。彼女の気持ちを蔑ろにしたクズには、あまりにも都合が良すぎる。


 謝るには遅すぎた。


 …………何度も何度も頭で考えていても出てくるのは言い訳ばかり。結局そのどれもこれもが自己保身で、こんなクズは飽き飽きする。………………………認めよう、俺は間違えた。間違えてしまっても意地を張り続けて今になって後悔している。きっと何かが違えたら今よりもいい結果になったのだろう。


 今度は間違えない。今の俺の望みを間違えない。だから……待つ。


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 俺の名前はヒイラギ。最近王国から勇者と認められた新米だ。勇者とは世界に存在する悪を打つ者、そして世界を破壊しうる力を持つ魔王、通称大魔王を討伐しうると認められた人に与えられる称号だ。今から北国にいる大魔王、吸血鬼の王であるアカシア・エルダを討伐しにいく。だけどその道中で吸血鬼の魔王がいるので討伐してほしいと住民に頼まれてしまったので、今魔王の住処の近くまで来て探索している。


「それにしても、魔王にしてはなんか……地味な場所だな。ただ、霊脈の中心に住居を建てているからって言っても他の魔王のように大きな城とかも無い。」


「きっとそれは、かの魔王は最弱の魔王と呼ばれているからでしょう。だから、城を建てる力と資本がなかったのだと思います。」


 そう告げたのは、俺の仲間のルイス。僧侶で回復と支援魔法のエキスパートで、とても優しい女性だ。あとおっぱいが大きい。


「でも、魔王なんだろう?最弱と言っても俺たちでは危なくないか?」


「まぁ、聞いたところによると武力っていうより探索力が強い魔王って聞くし、あんまり強く無いんじゃ無い?ゴブリン一匹倒すのに一年以上かかったって聞くし。」


「ゴブリンに!?あんなの大の大人でも集団で囲んだら倒せる程度の雑魚なのに……」


 自分の質問に返してくれたのは魔法使いのリーシャ。少し生意気だけど、水魔法の達人で海を割ることができる。あと、太ももがでかいロリッ娘だ。

 けれど、ゴブリンなんか俺が10歳になる頃には一人で余裕を持って倒せるぐらいの雑魚だ。なら今回はちゃっちゃと終わらせて先へ進もう。


「まぁ、安心した。これならすぐに倒せそ――」


 ふと、何となく自分の右方面に向かって魔剣を翳した。この直感には何度も助けられてきたので疑う余地もなく自然と体が動いていた。すると――


「「ヒイラギ様/くん!?」」


 俺の身体が浮いていた。体の右側に何か巨大な物で打ち付けられたような衝撃と共に。剣を間に挟んでも抑えきれない衝撃を受けながら地面を確認すると、が何十本も自分を向いていた。泥なら、大丈夫だと思ったが直感に従い全力で回避をとる。


「……ッ、ガァァッ!」


 ……確実に回避は成功したはずなのに、泥の槍がまるでかのように動き、脇腹と利き手の右手の甲を貫かれてしまった。この怪我じゃ剣はしばらく震えそうに無い。早くルイスに治療してもらわないと…


「「「「「Grrrrrrr……」」」」」


 ……チッ、犬たちが何匹も向かってきているのを目撃する。ただの野犬なら大丈夫だが、今は剣も振るえない上に魔王に向けて体力を温存しなければならない。


「……体力はルイスに頼めば回復できるから、魔力を温存してこいつらを倒すしか無いか……!」


「「キャァァァァァ」」


 二人の声が辺りに響く。一体あっちで何が起こっているんだよ!早くあっちへ向かわないといけないのに、こいつらが邪魔だ!俺は元々魔力が少ないから何発も魔法を打てないのに……、やむを得ないか……!


 『〈無詠唱〉爆発魔法・アラウンドインパクト』


 これは周囲を無差別に爆発する魔法で、自分の背丈の倍ほどの爆炎が辺りに舞うため必要魔力が多く一日に三回しか使えないが、その甲斐があって周りの犬はあらかた蹴散らした。早く彼女たちのところへ向かわな――「gyaaa‼︎」


 ッイテ!噛まれた!運良く爆発から逃れた犬が俺の右手に噛み付いてきた。


「邪魔だ!」


 取り敢えず蹴り飛ばして距離を離した後、自分が吹き飛ばされた場所まで全速力で向かった。


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 救国の勇者ヒイラギ様が突然巨大な丸太に右半身を打ち付けられてどこか遠くへ飛んでしまいました。


「ねぇ!ねぇったらルイス!ヒイラギ君は大丈夫なの!?結構飛んでいっちゃったけど!?」


「えぇ…多分大丈夫だと思います。あの丸太には衝撃増強と攻撃力増加の魔法がかけられていましたが、勇者様なら大丈夫なはずです。」


 混乱している頭を治すために、今確認できる事実を口にすることで情報を整理する。そう、大丈夫なはず、偉大な才能を持った勇者様ならばこの困難もきっと打ち砕いてくれる。……けれど不安は拭えない。何か嫌な予感がする。一体な―――


「そこの旅のお方?どうか助けてくれませんか?」


 うつ伏せに倒れている純人間の男性が話しかけてきた。


「どうにも、この山には魔王がいると聞いてそれならばいざ倒しに行こうとしたのですが、魔王の魔力に当てられて腰が抜けてしまって……すみません。引っ張ってもらっても大丈夫ですか?」


「りょーかい!ちょっと待っててねー……あー、ルイス!ちょっと私一人じゃ無理そうだから手伝って!」


「え、えぇ…分かったわ。今行く。」

  

 それでも不安は拭えない。何が重大な見落としがある気がする。けれど、純人間は人類の味方だ。この後のことは彼を救出してから考えるとしよう。そう結論づけ、リーシャと彼の元へいく。すると、小さくて、囁くような声が聞こえた。


「やっぱり殺すなら後援職魔法使いと僧侶からだよな。」


 その言葉を最期に、私たちはに首を貫かれた。


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 およそ、五分ぐらいだろうか?鬱蒼と生える木々を避けて、至る所に現存する罠を潜り抜けたら、吹き飛ばされた地点が見える場所にたどり着いた。もうすぐで二人と合流できると思っていると一つの気配があった。そこには


「た、助けてください、化け物が……化け物がいるんです。き、きっとあれは魔王です、魔王に違いありません!!化け物はあの丘の裏にいます!」


 今は、急いでいるのだが……先に仲間と合流をしてからこの依頼を受けるかどうかを相談したい……。まず今大魔王討伐という目標もあるから、本来ここでぐずぐずしている暇もないし、俺もそれなりにボロボロだしどうしようか、


「今俺たちは魔王討伐のために動いているし、今逸れた仲間を探しているから少し待ってい――」


「そう言えば!もしかしてお仲間ですか?なら早く助けに行かないと!ねぇ!?そうしましょそうしましょ!」


 そうグイグイ俺を押していく行為に不自然を覚えるが……多分彼が言った人たちは俺の仲間のルイスとリーシャだろう。ならば、このまま現地で合流しよう。そう泥の沼を登りつつ今後の予定でも考える。ひとまずすることはルイスに回復してもらってリーシャも含めた作戦かい――


「………………………………は?」


 が無惨に転がっていた。意味がわからない、二人は強いはずだ……それこそは大丈夫なはずだ。一体誰が………………まさ――『〈無詠唱〉泥沼魔法・泥杭』


 直後、俺の足元から3mはある泥の槍が何十本も伸びてきた。避けようと試みたが、全部は無理だったようだ。何本かは体を貫いてしまった。でも、そんなことを気にする余裕がないくらい、俺は混乱している。魔王の住居を背後に、守るようにして立っている男を見ながら叫ぶ。


「何でお前は俺たちを攻撃しているんだよ!?魔王は敵だろ!?俺たち人類にとっての敵だ!亜人ならともかく、何で純人類のお前が魔王の味方をしているんだよ!?」


 魔王討伐は人類の目標だ。それこそ、魔王の味方は魔族以外にあり得ない。たまに亜人なども味方しているが、それは大抵淫魔などに魅了されている個体であり、純人類は魔王の仲間になることは必ず無い。そのため、冒険者の間では魔王の支配地の危険領域内にいる純人間は同業者か人質というのが一般常識だ。……そのはずだったのに、現に目の前に立っているのは俺の仲間を殺し、俺を殺そうと不意打ちを仕掛けた人間だ。純人間でボロボロの服を纏っているから人質かと思っていた。……油断していた。きっとルイスとリーシャもこの男に騙されたに違いない。


「……失敗したか。出来れば最初に仕留めたかったが。今は、質問に答えよう。俺は魔王様に救われた、だから今度は俺が助ける。これで満足か?」


「……分からない。魔王が人間を助けるのも、お前が魔王を助けるのも分からない。何でお前は魔王を裏切らないんだ?お前にとって魔王とは何だ?」


「………………その二つの質問の答えは同じだ。あいつメイには最期まで話せないが、初恋の人最愛を守るためだよ。」


 そう、自罰的に……けれど誇らしげに笑みを浮かべた男性は泥を操って攻撃を仕掛けてきた。


「『〈無詠唱〉泥沼魔法・泥人形』!俺の魔力が尽きるまで動き続ける人形だ!せいぜい2対1でも楽しみやがれ!」


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 遅いわね。もうそろそろ勇者が来てもいい頃合いなのだけれど……このままだと私が病死する方が先になっちゃうわね。もう、耳もほとんど聞こえないし目も見えない。強いて言うなら、微かな触覚があるだけ。


「このまま一人で死ぬのかな。」


 ……覚悟していたけど、いざその時になると怖い。異常に人の温もりが欲しくなる。けれど、もう彼はここにいない。私の判断で、私が望んで、私の勝手で彼をここから逃した。きっと彼は生きている。…………………………それだけで、大丈夫。私は幸せだ。


 ………


 ………


 ………いや、


 嫌だ。


 嫌だよ。


 怖いよ。


 一人は怖いよ。


「…………………………助けてガラク、私の手を握ってよ。置いていかないでよ。怖いよ。嫌だ。嫌だよ。死ぬのは嫌だ。もっとしたいことがいっぱいあるのに嫌だよ嫌だ。」


 そう言っても、その声は木霊する。私しかいないこの空間に響いて、響いて、霧散する。聞くものは誰もいない。私は一人で死んでいく。


 …………………………………?


 ふと、手を繋がれている感触があった。わずかに残ったこの触覚は今私が誰かと手を繋いでいることがわかる。温度も感じない、柔らかさも感じない、けど……確かに分かる。これは……ガラクの手だ。


「あぁ、来てくれたのね。……ありがとう。」


 多分もう一言話したら私は死ぬだろう。ならばこの言葉を話そう。多分彼にとって呪いになるけど、私の想いに気づかなかった朴念仁にはこのぐらいがちょうどいい。


「好きよ。ガラク、愛してる」


 ……願うならもう一度顔が見たかったなぁ


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 は、彼女の死亡を確認した。もう自分も長くは持たない。


 彼女の顔、声、言葉、思い出を一つ一つ思い出し、想いながら、目をつぶり、崩壊を待つ。


 泥沼魔法・泥人形、それは魔力が続く限り動き続ける魔法。最初に込められた魔力が続くのなら、動き続ける魔法。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ったく、てこづらせやがって。」


 俺の目の前には、体の一部を炭化させ心臓にを貫かれた様子の死体があった。


「別に利き手じゃなくても剣は振るのでね。それでも利き手で持つよりも遥かに弱くなっているはずだが。まぁ、お前には才能が無かったな。」


 …………にしても、あいつ人類の裏切り者最期に笑っていたな。………………気持ち悪い。

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明日勇者が来るんですって。うへぇへぇ 桜咲き地を這う葉月 @MeiKAsan

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