『そのまま』——クリックする指と、段ボールの影
@Y_M_
そのまま
深夜、スマホで「環境に優しい」商品を買う。
画面を閉じる。
足元の段ボールから、目を逸らす。
これは、私たちの話。
光
深夜。部屋は静まり返っている。
手がスマホに伸びる。通知音はない。指先の熱だけが、青白い画面を追う。 スクロール。シュッ。
ページが変わるたび、誰かのレビューが目に入る。「少し助かった気がする」「環境にいい選択だった」。胸の奥が、わずかに軽くなる。
カートに追加。クリック。
『ご注文ありがとうございます』。文字の下、小さな葉っぱのアイコン。
視界の端、机の脚元に押し込んだ段ボールの角がちらり。手が自然とそちらを避ける。
ベリベリ、と梱包材の音が頭の中で響く。指先が一瞬止まる。
画面の光と段ボールの影がせめぎ合う。
シュッ。スクロール。
レビューに目を走らせる。誰かがポイント5倍を喜んでいる。
息を吐く。
スマホを置く。マウスに手を戻す。
足元の段ボールに目を向けないよう、視線を逸らす。
ポチッ。
指先が揺れる。画面の光は優しい。 段ボールの影は、動かない。
波
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
手がスマホに伸びる。
赤い丸がひとつ、通知を知らせる。
アプリを開く。
フィードが滑るように動く。シュッ、シュッ。
友人の投稿。エコバッグの写真、北欧風のボトル、買ったばかりのリサイクル品。
「いいね」を押す。
胸の奥が、軽くなる。
スクロール。
投稿が連なる。エコ購入の報告、リサイクル品の写真。
胸が、わずかに波打つ。
指先がカートアプリに向かう。
止まる。 画面の明るさ。
視界の端、段ボールの角。
ベリベリ、と梱包材の音が頭の端をかすめる。
手を止める。
スクロールを再開する。シュッ。
誰かがポイント5倍を喜んでいる。
指先は画面上で迷う。
スマホを置こうとする。
でも、置けない。
画面の光が、手に吸い付くように感じる。
小さな間。
止まる。
動きは、そこで止まる。
重み
スマホの振動。メッセージ。由香からだ。「行く?」
うん、と返す。コートを羽織る。扉を押す。
店内。冷たい蛍光灯。棚が並ぶ。洗剤の香り。人工的な清潔さ。
手が伸びる。指先に、ラベルのザラザラが触れる。
カゴを持つ。持ち手が手のひらに食い込む。
隣、由香のカゴ。商品が次々と入る。シュッ、ガシャ。
棚を移動。別の段。ボトルを手に取る。ツルツルの表面。
重さ。微かに腕が痛む。ラベルの文字を追う。小さく、読み取れない。目を細める。
カゴに戻す。ズシン。持ち手が、さらに食い込む。
由香が笑う。「これ、いいよね」
「うん」
彼女は迷わない。次々に手を伸ばす。
自分は一度止まる。指先が揺れる。棚の向こうで、他の客の足音。ピッ、ピッ、とレジの音。
歩く。カゴを傾けながら、通路を抜ける。
レジ。バーコードの音、ピッ。袋に詰められる。プラスチック、紙、混ざる匂い。
腕に重み。手が一瞬止まる。
止まる。
埋
扉を開ける。
袋を置く。
視線が部屋を巡る。
段ボールの山。
足元、机の下、窓際。
埋まっている。
新しい袋を置く。
場所がない。
荷物を開ける。
ベリベリ。テープを剥がす。
梱包材が床に滑り落ちる。
もう一枚。もう一枚。
足元が狭い。
体重を移す。段ボールを踏まないように。
つま先が角に触れる。
箱を掴む。
どこに運ぶ。
手が止まる。
段ボールを離す。
その場に座り込む。背中を預ける。
視線が、どこにも行かない。
余白
扉を押す。
涼の部屋。静か。段ボールはない。物も少ない。
机の上。ノートパソコン。小さなメモ。
数字が並ぶ。水道、電気、ゴミ。
月15L。週2.1kg。
涼が指で数値をなぞる。
小さく息を吐く。
「でも、これも完璧じゃない」
言葉は途切れる。
棚の隅、窓際。余白が残る。
椅子に座る涼。手元の整理された空間。
私は数字を追う。
どれも読み取りやすい。順序も整っている。
視線が滑る。
帰り道。
手が自然とスマホに伸びる。
しかし、押し込む。ポケットに。
足が進む。扉の前。
立ち止まる。
揺れ
扉を開ける。
部屋。段ボール。変わっていない。
机に座る。
手が、スマホに伸びる。
アプリを開く。
カート画面。
商品が並ぶ。
指が触れる。
止まる。
涼の部屋の数字が、頭をかすめる。
月15L。週2.1kg。
視界の端、段ボールの山。
指が、画面から離れる。
別の商品を見る。
レビューをスクロール。
「環境にいい」
「少し安心した」
胸が、わずかに軽くなりかける。
でも、止まる。
指先を離す。
スマホを置く。
画面はまだ、カートを表示している。
購入ボタンが、そこにある。
腕の重み。
手が、止まる。
留
部屋。段ボール。
一つ、また一つ。
まだ、残る。
手が、スマホに伸びる。
カート画面。
商品を削除する。
一つ。
全部ではない。
少しだけ。
購入ボタン。
指が触れる。
押す。
画面が切り替わる。
『ご注文ありがとうございます』
段ボールを見る。
今度は、目を逸らさない。
見たまま。
視線が、そこに留まる。
そのまま
深夜。
部屋は静まり返っている。
手がスマホに伸びる。
画面の光。
カートを開く。
商品が一つ、残っている。
購入ボタン。
指が触れる。
段ボールを見る。
視線は、逸れない。
指が離れる。
カートを閉じる。
スマホを置く。
段ボールは、そこにある。
視線は、そこに留まる。
そのまま。
(2025年12月作)
『そのまま』——クリックする指と、段ボールの影 @Y_M_
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