【お婆さん】
今さらあんたの父さんを悪く言いたかないんだけどね、あの人は弱い男だったよ。
なんせ、何もかも捨てて逃げ出すことを選んだんだからね。
ウチが決して裕福じゃないってのはあんたもよく知ってるだろう。畑で採れた野菜を卸して家族の食い扶持はなんとか賄っていたけど、贅沢ができるような暮らしじゃなかった。
去年は特に災難でね、どうも雨が少なかったのか野菜がちっとも採れなかった。まあそん時は母さんも昔馴染みの伝手で仕事に出たりして食いっぱぐれることはなかったんだけど、どうやらお父さん、それで参っちまったみたいだ。その頃から金の心配ばかりするようになってね。
家の裏手の人目のつかないところに、他所様には大っぴらには出来ない作物を持ち込んだらしいんだよね。
もちろん、お父さんはそんなこと口に出しやしないよ。けど何となく分かっちまうさ。何年夫婦やってると思ってんだい。だけど、お父さんが家族のために決めたことならって、私は見て見ぬふりをすることに決めた。老い先短い私らの暮らしなんて、一時のことだからね。
そうも言ってられなくなったのはあの子が来てからさ。あの子は賢い子だからね。たぶん、自分の力で気がついちまったんだろう。ある時からやたらとあの薮の方を気にするようになった。
直接お父さんに問い詰めたりもしてたのかもしれないね。お父さんが食事の最中に思い詰めた顔でじっと何かを考え込むようになったのもその頃だ。
――その結果がアレだったのなら、私たちはもっと早くに話し合っておくべきだったのかもしれないね。
あの日、朝私が目を覚ましたらお父さんはもう家を出た後だった。農作業で使う腰巻きが玄関に置きっぱなしだったから、畑に行ったんじゃないってことは分かった。けど、大の大人が一人ふらっと出かけたくらいで大騒ぎするのもおかしな話さ。その時はあんまり気にしちゃいなかった。昼ごはん時になればいつも通り帰ってくるだろうって考えてた。
けど実際はそうはならなかった。いつもならお昼ご飯が出来上がる頃にはちゃっかり食卓についてるのに、玄関の扉はうんともすんとも言わない。それどころか、その日はあの子も姿を見せない。
そう言えば、この際言っとかなきゃいけないことがあるんだけどね、あんたらはあの子の話をしっかり聞いてやらなくちゃいけないよ。今回のことだけじゃない。学校で何があったとか、友達はどんな子かとかさ、そんな話をちゃんと聞いておやりよ。私はお医者様じゃないから、あの子の心の病気がどんなものかなんて分かりゃしないけどさ、突然親から遠く離れた田舎に住まわされたあの子がそのことについてどう考えるか、あんたは考慮したのかい。
……まあ、そのことは追々。頼むよ。
さて、どこまで話したか。ああ、お昼のことさ。二人とも家にいないとなって、私は急に嫌な予感がした。
きっと薮の方だ。って。
ちょうど外に出る用があったから、もののついでみたいな顔でそっちを見に行ってみることにした。そしたら、お父さんが倒れてた。その手には雑草取りやらに使う鎌が握られてた。
その状況を一目見たら分かった。
ああ、お父さんは逃げたんだ、って。
お父さんは、藪の中に積まれたアレを目の前にしてついにあの子に言い逃れ出来なくなって、自分で自分の腹を切ったんだ。
最初は助けようとしたさ。足場の悪い藪の中から大人を担ぎ出すのが現実的だったかと言われると分からないけど、とにかく外に出さなくちゃってお父さんの体を引っ張った。いつのまにかあの子もそばに来て、手伝ってくれたよ。
けど、駄目だった。女子供の力じゃ、ああも大柄な大人の男は引きずり出せない。
だから、せめて、お父さんの心配事を消さなくちゃと思った。命を捨ててまで逃げた先で、後ろ暗いことをあげつらわれたんじゃ可哀想じゃないか。
ちょうど、お父さんのパイプがそこに落ちてた。そういえば、お父さんはいつもは畑仕事の合間、納屋の前に置いた吸殻入れの所でだけパイプをやってたのになんでそんなところに落ちてたのか不思議だね。けどとにかくその時の選択肢はそれしかなかった。
私は火のついたままのパイプを枯草の山に投げ込んで、とてつもない量の煙で前が見えなくなる中這いつくばって薮から出た。酷い匂いだったよ。私もロビン達も、しばらく動けなかった。
燃え尽きた薮の中からお父さんが消えていたのは、どういうことなんだろうね。血は出ていたけどまだ動けたのかもしれない。藪の裏側は山に通じてるから、そこからどこかに行ったのかもしれない。
そうだったらいいなとは思うよ。寂しいけどね。
まあ、こんなことを息子に言うのも変な話だけど。愛ってのは、色々な形があるんだよ。
……月並みな言葉で悪いね。
おおきなやぶ 佐久村志央 @shio_ok
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