宵妖奇譚

わんだらん

第一話|ビューポイント



最近流行っているものがある。


それは、ビューポイントというアプリだ。


このアプリは、個人がマップにタイトルと説明文を書いてピン留めしそれを全世界で共有し合うアプリ。


簡単にいうと俺だけが知ってる絶景をみんなにも教えてあげたいなんてものを形にしたアプリ。


そしてこのアプリの特徴として、写真はアップロードする事が出来ず、実際に行くまではどんな景色かタイトルと説明で想像するしかできないというもどかしいところ。


この采配は功を奏し、自分でわざわざ足を運んで見に行った達成感を演出する要因になった。


だが、何も共有する内容は絶景だけとは限らない。


例えば、心霊スポットだとかここにいると変な人が現れますよとか、出会い目的で時間を指定してそこで待ち合わせたりとか、多種多様な使われ方もされている。


もう誰も絶景なんかをあげたりはしない。


それには理由がある。


まずこのアプリには評価システムがある。


GPSで紐付けされ実際にそこに訪れた人だけしか星をつける事が出来ない。星は5段階評価でつける事ができ、星を稼ぐ事でリアルマネーに換金することができる。


つまりこのアプリで儲けようとするやつは、星を稼ぐためにユーザーに実際に足を運ばせ、高評価を貰う為に満足度の高いビューポイントを設置しなければならない。


そこで産み出されたのがドラマチックビューポイントだ。


設置されたビューポイントに行くと、その場所に合わせた雰囲気のドラマが始まり来た人たちはそれに巻き込まれる。


例えば廃墟に人を集めて即席のお化け屋敷をしたりなど、結構な規模で行われたりもするのだ。


そういわば今のこの状況は末期の状態と言える。


本来の意味をもう見失っている。最初はほんのささやかな丘から見える夜景だとかを実際に見に行って純粋に感動していた。そんな感動は久しく味わっていない。


前置きが長くなってしまったが、俺は久々にこのアプリを再インストールした。


それはあるきっかけからだ。


出張で京都に行っていた時、仕事は20時に終わり泊まっているホテルへと帰る。


たまの出張で何処かへと行かされると、俺のクセがどうも疼いてしまう。


それは知らない土地で深夜の散歩だ。


東京とは違い静まり返った雰囲気が心地良いというか、新鮮な景色のはずなのに深夜という時間のせいか地元民のように慣れ親しんだ風景に見えるのがなんともたまらないのだ。


だがその日の深夜の散歩は慣れ親しんだ景色というより懐かしい景色だった。


というのも何度か訪れた事がある場所だったのだ。


俺が4年程前にやっていたビューポイントというアプリでここの桜がある公園をマーキングしていたからだ。


「懐かしいなぁ。この場所で説明文こだわったりしてビューポイント作ってたっけ。」


ノスタルジーに浸りながら眺めていると桜の木の近くがチラッと光っている。


携帯の明かりが反射し人のシルエットが見えた。パーカーを着ていて後ろ姿だが必死に携帯に食らいついて見ているのが分かる。


「懐かしいなぁ。はぁ…やってた頃あんな感じで携帯と睨めっこしてその場で突っ立ってたなぁ。タイトルと説明文に凝ったりして風景と携帯を交互にみて必死に悩んでたっけ」


物思いに耽りながらポケットから携帯を取り出すと俺はアプリを再ダウンロードしていた。


「懐かしいなぁ。そういえば結構ハマって、ビューポイントたくさん作ってたっけ。」


ダウンロードが完了しアプリを開くと、前のデータが残っていた。


なんだかパンドラの箱を開けるようで、気恥ずかしさもあったが、どんなこと書いてたっけという好奇心や、もしかしたらとんでもなく星が付いて評価されてるんじゃないかという期待感には勝てず作ったビューポイントを見始める。


「ってやっぱそんなもんか。なんだよ星つけろよ誰かさんよぉ」


知らない誰かに文句を言いつつ、星ゼロのビューポイントをスクロールしていると一つだけ星5の評価のビューポイントがあった。


「おっ!一つだけついてる。20個中ひとつかぁ。まぁそんなもんか。」


少しがっかりしながら、誰が星をつけどんなレビューがしてあるのかを見てみる。


「レビューは一件で星5か。一人が5つけてるみたいだなあ。ユーザーネーム佐賀湾。“次はあなたの番”ってなんだそれ。」


少し不気味に感じながらもアプリを閉じホテルに帰る。


出張が終わって3日後。


いつも通りの仕事を終え自宅へと帰る。


ベッドに入り考え事をしていると3日前の出張の事が頭に浮かぶ。


「あの桜のある公園、なんでビューポイントにしたんだっけ。なんでだっけかぁ。そういや明日土曜だ。あれ始めた事だし外出でもしようかなぁあ。。。。」


ブツブツ呟いているとそれが子守唄の代わりかのように綺麗に入眠してしまった。



朝起きて身支度をし、外へと出かける。


特に何かをすると言うわけでもないが強いて言うなら新しくビューポイントを探そうかな、その程度の些細な動機だった。


家を出て電車に乗り一度も降りた事のない駅で降りた。


家から数キロしか離れていないと言うのに知らない街の風景だ。


だが街の様子が激変するわけでもなくどうも微妙だ。


「やっぱ遠い田舎街でも行かなきゃなのかな」


4年前のバイタリティが嘘のように泣き言をこぼす。


「正臣?」


後ろから俺を呼ぶ声がした。


その声に聞き覚えがあるような、ないような。


俺はすかさず振り返る


「やっぱ正臣だ」


目を細め、そこに立っている綺麗な出立の女性をまじまじとみる。フォーマルな格好だが私服の要素を含んだそのファッションは男心をくすぐる。俺の名前を読んだその人は


「もしかして佐川?」


「そうそう!久しぶりじゃん!」


中学生の時の同級生で初恋の相手で少しだけ面影があるような気がする。

天真爛漫な彼女がここまで大人になっているとはと思いたじろぐ。


「久しぶりに会ったんだしちょっと付き合ってよ!てか暇?だよね」


相変わらずフランクで大雑把な感じだ。見た目は随分と変わったが中身は大して変わってないみたいで少し安心した。


そのまま彼女に連れていかれ喫茶店に入った。


ジャラジャラと小粒の氷が沢山入ったアイスコーヒーを2つ頼む。


「もぉ何年振り?7年ぶりくらい?」


「そうだね。相変わらず大雑把な感じだな佐川は」


「そんな事ないよ!随分と社会人らしくなってるじゃん私!」


ハハハと、またまたぁと言うニュアンスを含んだ笑いを返す。


「そういや正臣こんなとこで何してたの?」


「あー休みだったからちょっとブラブラ」


「なにそれ。相変わらずテキトー。」


久々だったと言う事で少し緊張していた空気が和み二人で笑った。


「まぁ一応理由あってさ、ビューポイントってアプリ知ってる?」


「やってるやってる!色んなとこにポイント立ってて街ブラが楽しいよね」


「そうそう。久しぶりにダウンロードしたら外に出たくなったって感じ」


「へーじゃあさ今からポイント見にいこうよ!」


「おぉ」


勢いに負けそのまま佐川と一緒に街ブラする事になった。


それから数時間程知らない街を歩いてまわった。面白い発見も沢山あったり。あの頃の話に夢中になったりと長いこと二人で話した。


久しぶりに充足した休日だった。


「正臣来週とか暇?」


「え?まぁ予定ないけど。」


「じゃあさまた街ブラしようよ!暇なんだったらさ」


「おお。じゃあ連絡する」


佐川は笑顔を滲ませて片手を大袈裟に上げてこちらに手を振る。そのまま後ろ歩きで駅へと向かうと電柱にぶつかりぶつけた頭を両手で押さえ涙ぐんでいる。


俺が笑うとちょっと怒ったような視線を向け何もなかったかのように帰っていった。


1週間後。


佐川との約束の日だ。


この前はたまたま会ったから身なりなど気にしていなかったが、会うとわかっているといろいろな事で悩む。


服装や髪型、奢った方がいいのかどう接するべきなのか。


悩んだ挙句フツーな感じに落ち着き、待ち合わせ場所へと向かう。


電車に揺られながら何気なく携帯をいじる。


ニュースの通知があったのでルーティン的にそれをタップし中身を確認した。


“各地でバラバラになった遺体が見つかる。身元の特定は不明だが各地で見つかっているバラバラになった遺体は全部一人の被害者の一部だと思われる。なお見つかった場所は、京都の”


そこまで読んで手が震えて先を見れなかった。


ニュースに載っていた写真が俺がビューポイントに設定した所に酷似していたからだ。


そんな偶然があるのか?なんだこの胸騒ぎは。

何かおかしな事が起こっている?


色々な要素が頭の中で結びつきひとつの答えを勝手に導き出していた。


俺は電車を降り待ち合わせ場所に着いた。


佐川はもう先に着いていた。


じゃあ行こっかと言い手を引っ張られ、前回と同じようにビューポイントを巡って街ブラした。


だが俺の中である疑念が生まれ全然楽しめなかった。考えすぎなのは分かってる。そんな偶然はないと。このモヤモヤを晴らさなければいけないような気がした。


「佐川ちょっと喫茶店寄らない?」


「ん?別にいいけど」


ちょっと唐突すぎて呆気に取られている様子だった。


喫茶店に着きソファに座る。


「佐川っていつからこのアプリ始めたの?」


「2年前くらいかな?」


佐川には見えないようにビューポイントのアプリを開き唯一星5でコメントがついていたレビューがいつされたのかを確認した。


「2年前ねぇ。」


2年前だった。

詳しい月は書いていながざっくりと2年前と表示されていた。


そしてユーザー名は佐賀湾。

佐川のフルネームは佐川杏。

本名をもじったものだ。


次はあなたの番と書かれたレビューのその意味は。。


考えるだけでも恐ろしい。


佐川にはバレないよう平静を保とうとしたが、あまりの符号の一致に頭が真っ白になっていた。

俺は多分殺される。

バラバラになって。


「ねぇ正臣。」


「はい?!」

いきなり呼ばれ声が裏返る。


「どうしたの焦っちゃって」

クスクスと笑いながら佐川は言った。


心臓がバクバクしながらこの場所に磔になっていた。言葉も出なかった。


「正臣覚えてるかなぁ。あの時の事。」


「あ...あの時。。?」


「やっぱ覚えてないかぁ。実は正臣のポイントにレビューしたの私なんだよね。佐賀湾って名前で。」


「…そうなの。?」


終わったと思った。何故自分にそんな事を告げるのか?それは俺がもうすぐこの世から去るからなのだと確信めいたものを感じた。


「中3の時にさぁ私が正臣に告白したよね?」


佐川がそう言うとあの時の思い出がフラッシュバックした。


修学旅行で京都に行っていた時、桜の木の下で佐川と話した。


「正臣って好きな人いる?」


「いや。別にいないけど」


「そっか。私正臣の事が好き。高校行ったら別々になっちゃうけど、それでも正臣と一緒にいたい!….あー恥ずかしい!私はもう全部言ったからな!次は正臣の番!」


「....」

中学生だった俺は恥ずかしくてその言葉を真正面から受け止められなかった。佐川の事は好きだったし付き合いたいと妄想だってしてた。だけど実際に事が起こると、弱い俺はその場から逃げ出してしまった。


それ以来佐川とは会ってなかった。


今までこんな事を忘れていたなんて


蘇った記憶の濃さに頭がボヤッとした。


「正臣」


「はい!?」


「あれの続き。次は...あなたの番でしょ?」

照れ臭そうに下を見ながら佐川は言った。


戸惑いながらも自分の勘違いに気づき佐川が言ったことに7年ぶりに答えを返した。


「俺と付き合ってください」


たどたどしく言った言葉に佐川は目に涙を溜め満面の笑みで言った。


「はい」



俺と佐川は付き合う事になった。

あれから1年が経つ。


同棲して料理や掃除などの分担を決め、家に帰ると明かりがついている。いつも灰色だった世界が色づいた。


「正臣行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


杏は仕事に出かけた。俺はその日たまたま会社の都合で休みだった。


「って杏のやつ鍵忘れて行きやがった。」


まぁどうせ家にいるからいいかと家でダラダラと過ごした。


昼寝するつもりが寝過ぎてしまい、気づけば18:00を回っていた。


「やべ!寝過ぎた。杏確か7時に帰ってくるって言ってたな。なんか作っとかないと怒られる。」


気だるげに慣れない手つきでネットに載っていたレシピを見よう見まねで作ってようやっと完成した。


「はぁこりゃまずいかもな。味見してねえし」


そんなやばいもの食べさせて大丈夫なのか?と思いながらもまぁいいかで杏の帰りを待つ。


一仕事終えやる事も無くなったのでテレビをつける。


“一年前発覚した、各地で見つかったバラバラ遺体殺人事件。このバラバラになった遺体は全20に解体され、20ヶ所に埋められていました。そして20ヶ所目に埋められていた歯型の治療痕から被害者は佐川杏さんだと断定しました”


え?


ピンポーン!


チャイムが鳴った。

一年前に感じたあの胸騒ぎと同じ感覚に襲われた。

同姓同名の別人?

いや、あれは完全に佐川杏だった


ニュースに出ていた写真は面影を色濃く残した佐川杏の姿だった。


ピンポーン!


「ねぇ開けてー正臣ー?」

杏?が帰ってきた。

杏なのか?

一年前のあの日に見た時、正直佐川杏だとは分からなかった。あのズケズケとした性格で思い当たるのが佐川しかいなかったから佐川だと決めつけていた。


「正臣ーー?早く開けてよぉ鍵忘れちゃったからさぁ」


だが、杏が告白して俺がその場から去ったのを知っているのは俺と杏だけだ。


そうだ同姓同名の別人に決まってる。


そう言い聞かせ鍵を開け杏を家に入れる。


「もぉ早く開けてよぉあー疲れたぁ」


俺は咄嗟にテレビを消していた。


何がなんだか分からない。


杏にこの事を言った方がいいのか。いやもしもの可能性があるから言わない方がいいよなと考えていると。


「あれ?知っちゃった?」


杏が冷たい口調で言った。


「何を?」


「何をって。もういいよぉそういうの。」


「え?。。」


「私田村由美って言うんだぁ。全然覚えてないでしょ正臣。いつもクラスの端っこにいて誰からも相手されなかった脇役の女の子。でもそんな女の子に手を差し伸べてくれた王子様がいたんだぁ。あなたが私に生きる意味をくれた。あなたに恋をして気づかれないようにつけ回した。そしたら京都の修学旅行であんな事があったんだよね。一瞬で理解した私は結局脇役なんだって。生きる意味がなくなった。でも思いついたんだ。脇役で生きるんだったらヒロインに生まれ変わればいいって。でも結局ダメだった。佐川杏を殺してもヒロインにはなれなかった。だから今物語を終わらせる事にした。次はあなたの番」





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