「余白の声」第12話「音が止んだあとで」

秋定弦司

音が止んでも、責任だけは消えません

 ――ご安心ください。もう壊れておりますので


 ある方が、たいへん小さな貯金箱をお作りになりました。

 粗末ではございましたが、作り手ご自身が最初の小銭を入れられ、その後はどなたでも自由に小銭を入れられるよう、戸口に置かれておりました。


 出来が良かったとは申しません。


 ですから、ほとんど誰の目にも留まりませんでした。


 ――それでも、ある日。

「チャリーン」と、音がいたしました。


 作り手の方は驚かれました。

 期待していなかったからこそ、なおさらでございます。


 音は、少しずつ増えてまいりました。

 静かに、確実に。


 作り手の方は、最初から人目を集めるつもりなど、ございませんでした。


 ただ、音がすること――それだけで、十分だったのでございます。


 やがて、作り手の方は思われました。


「もう少しだけ、大きくしてもよいのではないか」と。


 今度は、他の貯金箱を参考にし、前よりは幾分か整ったものを作られました。


 その結果でございます。


 ある日、たいへん立派な身なりの方が現れ、小銭ではなく、紙幣を入れて、無言で去って行かれました。


 その瞬間、空気が変わりました。


 それまで小銭を入れていた方々は、一度に入れる枚数を、少しずつ増やすようになりました。


 作り手の胸に、音にならない違和感が残りました。


 ほどなくして、ある方が申し出てまいります。


「その貯金箱を、参考にさせてください」


 最初に小銭を入れた方でございました。


 ――信用してしまったのも、無理からぬことでございます。


 その方は、貯金箱を壊したのではございません。


 信用が、別の形で使われただけでございます。


 外見は見事でした。

 作り手の方のものより、立派でさえございました。


 中身を改めるまでは。


 作り手の方は、声を荒らげませんでした。


「どなたが、そのような使い方を望まれたのでしょうか」


 低く、穏やかな声でございました。


 ――そして、作り手の方は申されました。


「もう、結構です」


 それは、終わりを告げる言葉でございます。


 結果として、作り手の方はご自身の手で、貯金箱を片付けられました。


 二度と、置かないと決められたのです。


 残された方々は、そこにあったものを使い、それぞれに物語を紡ぐことでしょう。


 どうぞ、ご自由に。


 ただし。


 それが尽きた時、責任の所在を、作り手の方に求められても――たいへん困りますので。


 貯金箱は、もう音を立てません。


 そこに何が残っていたのか――それを確かめるのは、使い切った人だけです。

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「余白の声」第12話「音が止んだあとで」 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX

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