狐の嫁入り(後編)

 その後、行われた見合いは無事成立。

天狐と菊姫は互いの家族に報告をしに現世へ降りる予定のようだった。


 私は二人の仲睦まじい様子が嬉しくて、ハンカチで目元を当てていたが、「そろそろ泣きやめ!」と菊姫から笑いながら鼻を摘まれてしまったのだった。


 そして、今――。

なんと、私は宴の席で菊姫に膝枕をしてもらっていた。


「今夜は無礼講じゃと酒を飲ませたはいいが、お主がこれほど酒が弱いとはのぅ」

「だってぇ〜、本当に嬉しいんですもん〜」


 側にいた子稲荷達に笑われながら、パタパタと団扇で扇いで貰う。菊姫の従者に至っては、「無礼な……!」という怒りの声が聞こえていたが、でろんでろんに酔っていて動けなかった。


 何故、仲居である私がこんな状態になっているのか説明させていただこう。天狐が率いる東の御山では日本酒作りが盛んらしく、祝い事がある時は神も人間も関係なく飲めや歌えやが当たり前のようだった。


 それに倣ってお宿で働く仲居や料理人、たまたま泊まりに来ていた他の神々も宴に参加したまでは良かった。生まれて初めて飲んだ日本酒があまりに美味しすぎて、酔い潰れてしまったというわけである。


「我らの作る酒は日本一の美酒だからな。それを美味いと気に入ってもらえるのは本当に喜ばしいことだ」

「他の神々も気に入っているようで何よりじゃ。それよりも天狐や。この娘に送る御礼品は考えたのかえ?」


 菊姫の問いかけに天狐は「実は……」と困ったように眉尻を少し下げた。


「何も望んでいないと言われてしまってな。私が立派に成長してくれた姿を見られただけで嬉しいのだと……」

「人間にしては珍しいの。全く、西の御山に参拝しにくる人間達に絹子の爪を煎じて飲ませたいくらいじゃ。妾の山に登ってくる人間は欲深いぞ? 祈る内容は金の事ばかりで飽き飽きしておるわ」


 菊姫があからさまにゲンナリとする様子を見て、天狐はハハハッ! と豪快に笑う。


「それはこちらも同じだな。なぁ、菊姫よ。一つ相談があるのだが」

「なんじゃ?」

「現世に降りた後、我々が納める土地は縁結びに強いご利益がある山にしようと思うんだ」

「縁結び? それはまた珍しい発想をしたものじゃの」


 目を丸くする菊姫を見て、天狐はにっこりと笑う。


「我ら稲荷神は商売繁盛や金運のイメージが強いだろう。だが、我々はこの絹子がいたからこそ結ばれた縁だ。これを生かさないわけにはいかない」

「それはそうじゃな。絹子がいなかったら、お主との見合いは上手くいかなかったじゃろうし。東と西が盃を交わす光景は見れなんだろうな」


 菊姫達が酔い潰れた私を優しい眼差しで見つめる。その視線に気づいた私は、へらへらとした薄ら笑いを浮かべ、「何を話してるんですかぁ〜?」と問いかけていた。


「未来の事を話しておったのじゃ」

「未来ですかぁ〜?」

「そうじゃ。縁結びに強いご利益のある神として、仕事を全うしようかと思うておるのじゃ」

「縁結びですかぁ〜。いいですねぇ、それじゃあ私もご利益にあやかりましょうかねぇ〜」


 下品な顔で笑う私を見て、「おや、絹子は夫が欲しいのか?」と天狐は食いつきがちに聞いてきた。


「いいえ〜、私は一生ここで働きたいんですぅ〜。ここでいろんな神様とお話したりするのが好きなんですぅ〜」

「そうなのか? 人間は働きたくないと考える者が圧倒的に多いが、絹子は違うのか?」

「私は神のお宿『あまてらす』の仲居として働き続けるのが幸せなのです……。私の天職、なのれ……ふ……」


 私は天狐との話の途中で眠りこけてしまった。その様子を見た菊姫と天狐は顔を見合わせ、声を押し殺してクスクスと笑い始める。


「ククク、天狐よ。我々との会話の途中で眠りに落ちてしまう人間は絹子が初めてじゃな」

「そうだな。でも、絹子の願いを聞けて本当に良かったと思うよ。さぁ、絹子。お前には稲穂の種を授けてやろう。蒔いた種はいつしか芽を出して成長し、其方に様々な出会いをもたらしてくれるだろう。縁結びの神としての初仕事が其方で光栄だ」


 その時、別の場所で宴を楽しんでいた玉乃の話によると、二人は私に向かって黄金の種を飛ばしていたようです。


 その種が今後どのように成長していくのか分かりませんが、きっと良いご縁を授けてくれるに違いありません。何故なら、お二人は現世で一番ご利益のある縁結びの神様としてご活躍なさる夫婦の神様なのですから――。


◇◇◇


 天狐と菊姫が出立される日の早朝、私は激しい後悔に見舞われていた。


「あぁ、どうしましょう。神のお宿『あまてらす』の仲居として恥ずべき行為だわ……」


 もう最悪だった。私は天狐と菊姫に勧められるがまま日本酒を飲み、菊姫と天狐と会話したところまでは微かに覚えている。


 だが、その後の記憶は綺麗サッパリ抜け落ちていたのだ。玉乃に聞いた話によれば、酔い潰れて菊姫様に膝枕をしてもらっていたり、子稲荷達に介抱してもらっていたりと耳を覆いたくなるくらいの振る舞いをしてしまったらしい。


 どんよりと負のオーラを纏った私の気持ちはそっちのけで、隣で並んで立っていた玉乃が「大丈夫ですって!」と励ましてきた。


「お見合いは大成功に終わりましたし、一番喜んでおられたのは菊姫様と天狐様でしたよ! 絹子さんのお陰で我らが現世で成すべき方向性が決まったって仰ってました!」

「そうなのかもしれないけど、私の行動は仲居として恥ずべき行為だったのよ? 私の行動が問題で『あまてらす』の評判に傷がついちゃったらどうしよう……。私、ここで働けなくなっちゃうかも知れない……」


 今にも泣き出しそうになっている私を見て、「わ〜っ、絹子さん! 泣かないでください!」と慌てて空へ指をさす。


「ほら、顔を上げてください! お二人が乗る特別な牛車が空を走っていきますよ!」


 私はしょんぼりとしながら顔を上げた直後、太陽が出ているのにパラパラと小雨が降ってきた。


 狐の嫁入りだった。牛車の物見から菊姫がクスクスと笑っているのが見える。隣にいる天狐と『あの小娘、また泣いておるわ』と笑い合っているのが、こちらにまで聞こえてくるようだった。

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神のお宿の仲居さん〜狐の嫁入り編〜 尾松成也 @r-mugiboshi

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