第17話 隣にいるはずだった場所




 最初に違和感を覚えたのは、

 朝の昇降口だった。


「おはよー」


 いつも通りの声で声をかけた。

 いつも通りの時間。

 いつも通りの距離。


「おはよう」


 返ってきた声も、

 変わらない。


 ……はずなのに。


 *


 何かが、

 違う。


 はっきりした理由はない。

 でも、胸の奥がざわつく。


 靴箱に向かう背中。

 その横顔。


 昨日までと、

 同じはずなのに。


 「視線が、

 少しだけ、遠い」


 そんな感覚。


 *


「今日、文芸部行く?」


 何気なく聞く。


「行くよ」


 即答。


 その答えに、

 なぜか、胸が締めつけられる。


「そっか」


 自分の声が、

 少しだけ乾いて聞こえた。


 *


 昼休み。


 机を寄せて話す時間。


 友達としての距離感は、

 変わっていない。


 変わっていない、

 はずなのに。


 「文芸部」という単語が出ると、

 一瞬、表情が和らぐ。


 それを、

 私は見逃さなかった。


 *


 放課後。


 私は、

 少しだけ遅れて文芸部に向かった。


 覗くつもりはなかった。

 本当だ。


 ただ、

 確認したかっただけ。


 *


 ドアの前で、

 足が止まる。


 中から、

 声が聞こえた。


 低い声。

 聞き慣れた声。


 そして。


 もう一つ。


 柔らかくて、

 少し緊張した声。


 *


「……それ、

 すごくいいと思う」


「本当ですか?」


「うん。

 前より、ずっと」


 ――あ。


 胸の奥が、

 ひやりとする。


 その会話。


 前にも、

 聞いたことがある。


 でも。


 今の声の温度は、

 違った。


 *


 ドアの隙間から、

 中を見る。


 机に並んで座る二人。


 距離が、

 近い。


 触れてはいない。

 でも、

 空気が違う。


 「二人だけの空間」

 そう呼ぶしかない雰囲気。


 *


 転校生は、

 笑っていた。


 無理のない笑顔。


 初めて見た、

 安心した顔。


 それを向けられているのが、

 ――あいつだ。


 *


 胸が、

 ぎゅっと縮む。


 ああ。


 やっぱり。


 やっぱり、

 何かが起きたんだ。


 *


 私は、

 ノックをした。


 逃げたら、

 負ける気がしたから。


「おじゃましまーす」


 二人が、

 同時にこちらを見る。


 その反応が、

 もう答えだった。


 *


「あ、

 来たんだ」


「こんにちは」


 転校生が、

 丁寧に挨拶する。


 前よりも、

 少し柔らかい声。


 それが、

 胸に刺さる。


「どしたの?」


「んー、

 ちょっと顔出し」


 いつも通りに、

 振る舞う。


 でも、

 心臓は早い。


 *


 椅子に座る。


 二人の間に、

 割って入る形。


 ……なのに。


 「割り込めてない」


 そんな感覚。


 見えない壁が、

 そこにある。


 *


「二人、

 なんか楽しそうだね」


 軽く言う。


 探るつもりで。


「そう?」


「うん」


 あいつは、

 いつも通り。


 でも、

 転校生は一瞬、言葉に詰まる。


 それが、

 答えだった。


 *


「……」


 私は、

 笑った。


 笑うしかなかった。


 ああ。


 もう、

 同じ場所じゃない。


 *


 帰り道。


 三人で歩く。


 いつもの並び。


 私が、

 隣。


 でも。


 心の距離は、

 違った。


 あいつの意識は、

 少しだけ、

 前を歩く転校生に向いている。


 それが、

 分かってしまう。


 *


 ――私、

 ずっと隣にいたのに。


 そう思った瞬間、

 喉が詰まる。


 隣にいることと、

 選ばれることは、

 違う。


 そんな当たり前を、

 今さら突きつけられる。


 *


 信号待ち。


 転校生が、

 少しだけ振り返る。


「……先輩」


「なに?」


「今日は、

 ありがとうございました」


 柔らかい声。


 それを向けられたあいつは、

 少し照れたように笑う。


「どういたしまして」


 ――そのやり取り。


 私は、

 見てしまった。


 *


 胸の奥で、

 何かが音を立てて崩れる。


 ああ。


 これは。


 「始まっている」


 *


 家の前で別れる。


「また明日」


「うん、またね」


 手を振る。


 いつも通り。


 でも、

 心は、

 いつも通りじゃない。


 *


 家に帰って、

 ベッドに倒れ込む。


 天井を見る。


「……焦ってる」


 声に出して、

 そう言った。


 否定できない。


 *


 転校生。


 清楚で、

 静かで。


 でも。


 ちゃんと、

 踏み込んできた。


 私が、

 守っていた距離に。


 *


 ――奪われた、

 なんて言いたくない。


 でも。


 「待っていた」私と、

 「動いた」彼女。


 その差は、

 残酷なほど、はっきりしている。


 *


 スマホを握る。


 メッセージを打ちかけて、

 消す。


 何を言えばいい?


 「寂しい」?

 「不安」?

 「好き」?


 どれも、

 今さらだ。


 *


 目を閉じる。


 胸が、

 苦しい。


 でも。


 逃げたくない。


 *


「……私も、

 一歩踏み出さないと」


 小さく、

 そう呟いた。


 もう、

 ただの幼なじみでは、

 いられない。


 隣にいるだけでは、

 足りない。


 *


 それを、

 はっきり自覚した夜だった。


 そして。


 この焦りが、

 次の行動を生む。


 ――取り返すためじゃない。


 「選ばれる側」に、

 なるために。






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2026年1月2日 12:16
2026年1月2日 17:16
2026年1月3日 17:16

俺と美少女転校生だけの文芸部を、幼なじみがやけに覗いてくる 696首 @696-rokurokubi

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