第25話
「じゃあな」
極力小さい声で、それでも聞こえるように耳元で別れを告げて立ち上がる。
色々と、本当に色々と世話になったので、せめてものお礼としてダイコンを一本エリサの傍に置いておく。
あとは抜き足差し足忍び足で、そろりそろりと居住スペースを通り、調理スペースに置いてある塩の入った袋を回収。
今度こそ何も蹴飛ばさないように、しっかり足元を確認しながら扉に向かい、やっと家を出るというところで上体を起こしたエリサと目が合った。
さすがにこの距離で聞こえるような声を出すわけにはいかないので、小さく手を振る。するとエリサも控えめに手を振り返してきた。
散々に脅され泣かされたというのにあれはどうなんだ。普通は恨んだり怒ったりしそうなものだが……まあ暢気な性格なのだろう。
エリサに見送られるようにして家から出て、そのまますぐそこにある塀の隙間を通って村の外に出る。
ここで<気配遮断>を使ってみると、今度はしっかり発動したことがわかった。やはりエリサが俺の存在を認識していたのが発動しない原因だったのか。
「ふーっ……」
村から一キロほど離れたところでやっと一息吐く。
シュパッと潜入してササッと目的の物を拝借し煙のように消え去る華麗でスマートな怪盗をやるはずが、女の子を脅して奪う強盗をやる羽目になるとは……。
だが結果としては上々に終わったし、これで良かったということにしておこう。
ともかくここまで来れば、あとは来た道を戻るだけだ。
一応櫓の上の見張りに見つからないよう体勢を低くして、それでも可能な限り急いで湧き水近くのいつもの場所へ。
そこでは佐藤さんがどこか寂しそうに背を丸め膝を抱えて座り込んでいた。
「おーい、帰ったぞー」
「っ!? す、鈴木くん!」
佐藤さんはバッとこちらを向くと、慌てた様子で立ち上がって駆け寄ってきた。これは随分待たせてしまったようだ。
「鈴木くん、大丈夫? 怪我してない?」
「大丈夫大丈夫。<気配遮断>してたし、村人にもモンスターにも遭遇してない」
エリサとは遭遇どころか同衾し、そのままずっと密着していたが、まあ危害を加えてくる相手ではなかったからノーカウントだ。
「ほんと? 良かったあ…………って、鈴木くん。それ……」
「おお、これか。鍋だ」
佐藤さんは俺が右手で持っている鍋が気になっているようだ。渡してじっくり見てもらおう。
「わあ……。このお鍋は……鈴木くん! 取っ手に木が付いてるやつ! 良いお鍋だ!」
「そうだろうそうだろう。上物の鍋を頂いてきた」
やはり佐藤さんはわかってくれる。
エリサは「じょ、上物?」などと言って首を傾げていたが、これは紛れもなく良い鍋なんだ。
「うん、凄い、凄いよ! それにこのサイズなら料理だけじゃなくて、水やりにも便利に使えそうだね」
「あー、それもあったか。今までは手でちまちまやってたもんな。途中で半分ぐらい零れるし」
「そうだよ、これはもう農業革命だよ鈴木くん。それに取っ手が……あれ? それは?」
今度は俺が左手で持っている麻袋に目をつけたようだ。
「これは袋だな。頑丈そうだし、インベントリに入らない物を持ち運ぶのに使える」
「そっか、これから色々荷物が増えるかもしれないもんね」
「そうそう。そしてさらに、この袋の中にあるこれが……塩だ」
「……し、塩?」
佐藤さんは目をガン開きにして、俺が袋から取り出した容器を凝視している。
蓋を開けて、中の白いブツをこれでもかと見せつけてやろう。
「ほら、紛れも無く塩だぞ」
「ほ、ほんとに塩……! しかも海塩……各種ミネラルが豊富……!」
佐藤さんは塩を見て感動に打ち震えている。感激のあまり今にも涙を流しそうだ。
「ああ、それとこれがあった」
インベントリに入れてあったタマネギを一つ手に出す。貴重なジャガイモとダイコン以外の食糧だ。
「これは、タマネギ……!?」
「おう。十四個ある」
「す、鈴木くん……っ!」
佐藤さんはついに堪えきれなくなったのか、両手を広げて俺に飛び掛かってきた。俺も両手を広げてガシッと受け止める。
純粋に成果を喜び合う抱擁のつもりだったが、押し付けられる素晴らしい感触に一瞬でそれどころではなくなった。
「鈴木くん、凄いよ! どうなるかと心配してたら、こんな……!」
「お、おお……」
まさかこんなご褒美があったとは。これならもう少し粘って塩漬け肉か何かを頂いておけば、今頃とんでもないことになっていたかもしれない。
「これで少しは…………あれ? 何だろ、この匂い。何か甘いような……?」
佐藤さんはそう言って、俺の胸元をスンスンと嗅ぎ始めた。
しかし匂いといっても別に何も…………エリサだ。ずっと密着していたエリサの匂いだ。
「あ、ああ……ずっと狭い物置にいたからな。暗すぎて見つけられなかったけど、そこに何か甘い匂いの物があったんだと思う」
別に俺と佐藤さんは付き合っているわけではないのだから、嘘を吐かなくてもいいのかもしれない。
だが長い時間心配させてしまったようだし、一人寂しく待つのもそれはそれで辛いものがあったはずだ。
そこへ俺がずっと美少女を後ろから抱きしめながら乳を揉んで……いや、揉んではいない。いないが、まあ色々触れたり触れなかったりしていたというのは、あまり聞かせたい話ではなかった。
「ふーん……?」
「果物か何かだったのかな。それを見つけられれば良かったんだが」
「うーん、果物っていうか……ほんのりミルク系?」
「乳製品か。それは惜しいことをしたな」
ともかく俺はシラを切り続けるしかない。
佐藤さんはどうにも納得がいかないようで俺の胸元をスンスンと嗅ぎ続けていたが、しばらく待つと我に返ったのか慌てて離れてしまった。
「え、えっと。それで、どうする? 早速何か作っちゃう?」
「ああ。何かっていうか……まあスープだな」
ジャガイモとタマネギとダイコンのスープだ。タマネギは有限なので一個だけにしておく。
「塩もちょっとだけだね」
「いや、塩はあんまり気にしなくてもいいぞ。無くなったらまた貰いに行けばいいし」
「貰いに?」
「え? あ、ああ。勝手に頂いてくるってこと」
「うーん。でもやっぱり危ないし、なるべく節約したいかな」
まあ確かに今回は何事も無く成功したが、村への潜入は死と隣り合わせだ。
それに塩はいくらでも持って行っていいような軽さで譲ってくれたものの、ロクな物を返せないままエリサの家から拝借し続けるのも憚られる。
今まではあの村の人間などどうなってもいいと思っていたが、今となってはそうもいかなくなってしまった。仮に村が滅んでしまうと、大恩あるエリサも大変な目に遭ってしまう。これはなるべく避けたいところだ。
しかし敵対する相手に俺が攻撃を仕掛けたりとか、村のアシストをするつもりは毛頭無い。やはり心情的に村の連中を助けることには抵抗があるし、そもそも相手がどこの誰なのかわからない。手の出しようが無かった。
「えーっと、まずはジャガイモを洗わないと」
「ジャガイモを、洗う……?」
佐藤さんが妙なことを言い出したが、そうだ。丸焼きにして外側を廃棄するわけではないのだから、そういう工程も必要になってくるのか。
使う分のジャガイモを綺麗に洗い、鋭い石で切る……というか割って鍋に入れておく。ダイコンもジャガイモと同様の処理をして、タマネギは皮を剥いてから適当な大きさにして鍋へ。
そしてせっかくだからスープは綺麗な水で、ということで鍋を湧き水で満たし…………あとはここから一時間以上歩いてファイアー小僧の元に向かう必要がある。
「…………遠いな」
「うん……」
「魔法が使えたら……」
最重要課題である鍋と塩の問題が解決したと思ったら、今度は自前の魔法が欲しいという課題が最重要に格上げされた。
今は使えないので仕方なくそのまま橋を越え、そこらを歩いていたファイアー小僧に焚火を熾してもらう。やはりファイアー小僧さんには頭が上がらない。
あとは使い終わった歩くマッチ棒をへし折り、そこら辺に転がっている石でかまどを組んで鍋を置く。具材は大き目に切ったので煮込み時間はそれなりに必要だ。
十分煮えてきたところで塩を少しだけ入れて完成。いざ実食だ。
「よし、じゃあ…………あれ? どうやって食うんだ?」
「…………食器……」
まだまだ文化的で最低限度の暮らしにもほど遠いようだ。
次の更新予定
エタファン3 東中島北男 @asdfasdfasdf
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エタファン3の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます