終末ハウスへようこそ!

一十八十

終末ハウスへようこそ!

「15時になりました。本日の新規入居者数は6名、退去者は2名、現在居住者数92名です。収容および退去は完了しています。視認確認を開始してください」


オフィスの中、ポーンと時間を告げる音に視線を上げてモニターにデータを表示させる。居住カプセルごとにつけられたカメラ越しの画面と生体状況を表示するグリーンとバイタルの表示が並ぶ。


「デイリーチェックシートを起動。確認作業に入る」

「起動しました。生体反応はグリーン92、グレーアウトは8です」

「個別確認を開始する」

「了解、マスター。グリーンをルーム101から表示します」

「……101、クリア。……102、クリア。……」


サポートAIに支持を出し、居住者のいるカプセルにいる人物がデータと同一人物であることを確認しながら顔色とバイタルをチェックしていく。

ひとつひとつ確認するのは手間ではあるが、これがデジタル介護医療師である私の日々の仕事の内のひとつだ。


「206、……心拍数、呼吸の低下を確認。医師へ連絡」

「206、チェックしました」


仮想モニター越しに住民の顔を眺める。入居当初の疲れ切った老人の姿と違い、マシンに介護されたその寝姿は意識こそないものの、肌ツヤは良くなり髪も黒いものが増えていた。ストレスの低い仮想空間へと意識を移住させた結果だろう。それでも高齢となった身体は徐々に死へと向かっていく。この住民もそのうち、ここを去ることになるだろう。


「……207、クリア」


必要以上に情を持つことは不要だ。ストレスチェックにひっかかる。

それでも、次のチェックを告げる私の声は冷たく響いて聞こえた。


---


「お疲れ様です」


全ての居住者のチェックを終えて、本部に報告書を送信すれば本日の日勤業務はほぼ終了する。16時から勤務に入っている準夜勤の職員が飲み物をデスクに置いてくれた。私より幾分若い彼はいつもこうして交代する予定の担当職員へ飲み物を持ってきてくれる。指差呼称で確認を義務付けられている確認作業後に喉が渇くのは皆同じで、取りに行くのは大した手間ではないが、こうした心遣いは有難いと思う。


「ありがとう」

「どういたしまして!データ確認します。伝達事項はありますか?」

「……データ通りです」


毎度のことながら伝達事項の有無を聞かれるが、データを見れば分かる事以外で伝えることはいつも特にない。コミュニケーションの一環として聞いているだけだと思うが、いつも少しばかり気まずく感じてしまうのは自身の社交性の低さを実感してしまうからだろう。そんな気持ちを飲み物と一緒に飲み込み、少し表情を隠した。


「はい。2部屋清掃中か。新規が6、……要観察が8名。増えましたね」

「ああ」

「あ、307号室5年目突入だ。この年数の差って何なんですかねえ」

「寿命は人によって差があるからな。プログラムみたいにはいかない」

「生き物の厄介なところですね」

「その厄介に付き合うのが私たちの仕事だ。ここはまだ楽な方だな」

「あー……通常介護サービスは大変ですからね。富裕層ばかりだし」


ここは高齢者向け介護医療サービスに支払う余裕がなく、生活していく困難を抱えた人が選ぶ厚生福祉サービスの一つだ。一度入居するとカプセルの中で寝たきり状態で死ぬまで過ごすことになる。社会復帰は不可能であることを当人と家族共に了承した上での入居が条件となっている。

こうした施設が出た当初、世間は人道的ではないといった批判が相次いだが、肯定的な高齢者は意外にも多く、現在は元気で余裕のある人が賑やかに反対運動をしているのを、いつものことと流される世の中になっていた。


「リアルからログアウトするその前に、バーチャルにインしませんか?……ね。俺も年取ったらこの施設の世話になりたいとか思うのかなあ」

「さあ。けど、不遇の時代を過ごした世代は異世界転生モノのオレツエエにひそかに憧れてることがあるらしいからな」


壁に貼られた営業用ポスターの煽り文句を見ながらつぶやく彼に、昔のことを思い出しながら返事をする。


「見たことあります。昔のアニメだ!」

「長時間フルダイブ型VRマシンの選択コンテンツは疑似的にそれを体験できるのが売りだ。初期と比べて種類も増えたしな。老いた体に無理を強いて働きながら生き永らえるより良いと判断するのも悪いことじゃないだろう」

「そういうものですかねえ」

「おかげで私たちは仕事がもらえて生活が出来る」

「ああ、それはそうですね。けど」


言い淀む姿に何を言いたいのか察する。

この施設に入る人は入居前に仮施設に入り、行政に手助けしてもらいながら残した財産全てを処理した上で、VR保護施設でカプセル内で眠ったように過ごす。

反対活動をしている人が叫ぶ、人道的ではないという批判はそこから来ている。

VR保護施設に入居した後の処遇は譲渡した金額で長さが決まるといった、ネット怪談に近い暗い噂話は私の耳にも入っている。


実際のところ、どうなのか。

私たちは、裏付けるだけのものを知ることが出来る立場ではない。

ただ、入居してから亡くなるまでの年数について、10年以上の人を少なくとも私は知らない。早い人なら一年も経たずに儚くなることも多い。入居対象者が高齢者であることがその理由ではあるのだろうが――


「俺は、生きてる方がいいけどなぁ。VRの中で死ぬのって、幸せなんですかね?」

「さぁね」

「17時になりました。引継ぎを終えてへ交代してください」


しばらく逡巡したのであろう沈黙の後、出てきた言葉に返した言葉は、思いのほか冷たく響いた。

誤魔化すように口を開こうとした瞬間、日勤終了の時間を告げる音が鳴る。

私は、水を差されたような気になってしまい、空気を少し吸った口を閉じ、空になった飲み物を持って席を立った。


「おつかれさま」

「はい、おつかれさまです」


ゴミを捨ててクリーンルームを経由し、手を洗う。

先ほど浮かんだ暗い思考も、冷たい水と共に洗い流されたらいいのに。

考えては、いけないのだ。ここで働き続けるのならば。

手早く帰宅準備を整えて建物を出れば、薄汚れた反対運動の横断幕が見える。

やや過激なメッセージに、先ほどのやり取りが頭に浮かぶ。

――しあわせか、どうか。


「……他人ひとが決めることじゃないよ」


呟きは薄闇色に染まりつつある街に溶けて消えた。

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