第2話 名乗るほどの者じゃない、”モブ”だから!!

『ミアの暴走を止めるのは不可能』

 ——前世でゲームを周回して出した俺の結論だ。


「あくまで”ゲーム”での話だけどな」


 人混みに紛れ、ミアの白銀の髪が揺れる。

俺は彼女との距離を保ち、歩調を合わせながら、尾行をしていた。


「今日は4月19日。主人公とミアが出会うイベントをへし折る」


 それがミアを追う理由である。

まず、ゲームでは主人公の選択肢と各登場人物の好感度により、ルートが決まっていく。

問題となるのは、メインヒロイン”レンカ”のルートにおけるミアの存在。


「全ての元凶がトリガーになるなんてな」


 焦りで短くなる歩幅を抑えながら、ミアの背中を見つめる。


 ゲームでレンカルートへと行く条件には、主人公が”ミア”と接触しなければならない。


『今日は魔法学の補習だから』

 教室でレンカが口にした言葉から分かるだろう。

 レンカはいわゆる落第生なのだ。


 それゆえ、本来の主人公はレンカを心配して、どうにかして魔法の苦手を克服する方法はないかと考えて街中を歩く。


「それがミアとの出会いに繋がるんだよな」


 瞳に映る白銀髪の少女は背筋を伸ばして歩き、成績トップの才女にふさわしい気品を携えている。

通りすがりの連中がつい二度見するくらいのオーラである。


 そんな彼女が街中で“とあるイベント”に出くわし、主人公が助けると……。

ミアは『お礼がしたい』と主人公に言って、それがレンカの魔法特訓に繋がる。

そのきっかけがミアの暴走とレンカの死亡ルートに繋がるとも知らずに――。


「だから、俺がこのイベントを止める」


 予想が正しければ、そろそろだろう。

俺は薄茶のロングローブを羽織り、学園生だとバレないように制服を隠す。


「お姉さん、綺麗だねぇ。その制服って近くの学園のでしょ?」


 すると、軽快な言葉でミアに話しかける男の声が聞こえてくる。

 やはり来たな、ナンパ男。


 これが俺の待ち構えていたイベントである。

ゲームでは、ここでミアを助けるのが本来の主人公の役割となる——それが最悪の結末への引き金になる。


「タイムリミットは主人公が登場するまでの間」


 主人公より先に、俺がミアを助ける。

 実にシンプルな作戦である。


「問題はタイミングだな」


 眼前では、「綺麗だね?」「暇?」と、ナンパ男が一方的に話しかけ、当のミアに関してはクールにガン無視の塩対応である。

そうなると、男も徐々に苛立ちを表に出し始め、声を荒げながらミアの腕を掴む。


「話くらいは聞いてくれねぇかなっ!?」


「痛っ……」


「へぇ、綺麗な声してんじゃん」


 ナンパ男はニヤニヤと笑みを浮かべる。

こうなると流石のミアも無視を続けるのが難しくなったのだろう。

彼女はつり目を更に細め、肌を突き刺すような圧を出す。


「離してください」


「無視しなければな。少しだけお話するだけだから」


「抵抗しますよ?」


「できるのかよ? それとも、”魔法”でも使うのか?」


 ナンパ男の指摘に、ミアは一歩だけ退く。

遠くからでも分かる。彼女の掴まれた腕が震えているのが……。


 暴力と同じで、魔法も許可された場所以外での使用は原則禁止とされている。

とくに学生は現実世界と同じく、補導の対象となる。

特待生で学費を免除されているミアにとっては事態を大きくしたくないだろう。


「最低です……」


「大丈夫、大丈夫。ちょっとお話をするだけだから」


 ミアの纏う空気に覇気が失くなると、ナンパ男の声色が再び軽やかになる。

そして、大人しくなった彼女を路地裏へと連れ込んでいく。


 頃合いだな。

ここで動かなきゃ、レンカはまた死ぬ未来に行く。

俺はローブに付いたフードを顔が見えないくらいに深くかぶると、ナンパ男の後を追う。


 人気のない裏路地。

ナンパ男が舌なめずりをして、ミアの頬に触れる。


「へへ、いいねぇ。学園近くの魔法禁止区域だから、こうやって脅せる」


「下衆が」


「なら、魔法を打つかい? 魔力検知されて憲兵が来たら、一発で補導だろうなぁ?」


 どうやら、この手の脅しの常習犯らしい。

そうやって、相手を無抵抗にして“お楽しみ“をするんだろう。……が、それは阻止させてもらおう。

俺はナンパ男へ近づき、彼の腕を力強く握った。


「彼女を離してあげてください」


「あぁ? なんだ、テメェ?」


 懐かしいセリフだな。

確かゲームでも主人公相手に一言一句、同じセリフを使っていた。


 おかげで確信を得られた。

今日は間違いなく、主人公がミアを助けるイベントがある日なのだと。


 まあ、そのイベントをモブの俺がぶっ壊すんだけどな。


「なに笑ってやがんだっ!!」


「あ、笑ってましたか?」


「馬鹿にしてんのかぁっ!?」


 どうやら懐かしさのあまり笑っていたらしい。

ナンパ男は掴まれた腕を乱雑に振りほどき、俺の胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。


その拳に炎が纏い始める。

見たままの通り“魔法”である。


「痛い目にあいてぇみたいだなっ!!」


「つまり喧嘩を売ると?」


「当たり前だろぉっ!!」


「なら、正当防衛は適用されるよな!!」


 俺は男の体重を前に引くように掴み、股の間に蹴りを入れてバランスを崩す。

当然、いきなり急所を突かれた男は声にならない悶絶を上げる。


「てめぇっ、許さねぇぞ!!」


「許されないのは貴方です!!」


 すると、ミアが声を荒げ、両手を前にかざすと、指先から緑色の靄のような風が集まり始める。


 次の瞬間、彼女の手の先から、強風が放たれ、ナンパ男を吹き飛ばす。

 そのまま彼は綺麗な放物線を描きながら、大通りへと吹っ飛ばされた。


 当然ながら、通行人は何事かと慌てた声を出し、魔力の発生を検知した憲兵が駆けつける。

 このまま捕まったら面倒だ。


「逃げよう!!」


「えっ!?」


 俺はミアの手を引いて路地から遠ざかる。

あまりの突然の出来事に彼女は理解が追いついてないのか、直球的な質問を投げる。


「あなた、誰ですか?」


「名乗るほどの者じゃないよ。なにせ“モブ”だから」


「“モブ”?」


 意味の分からない単語が飛び出し、ミアは首を傾げる。

とりあえず逃げるのが最優先だから、そのまま混乱しといてくれよ。


 そして、路地裏から大通りを抜ける瞬間、本来の主人公とすれ違う。

これでミアと主人公が出会う運命は避けられたはずだ。



 こうして大通りから離れ、住宅街へと辿り着くと、俺たちは足を止める。


「はぁはぁ……ここまで来れば大丈夫だろう」


「あ、あの、助けて下さり、ありがとうございます」


 ミアは小動物のように小さくお辞儀をする。


「ああ、気にする必要はないよ。じゃあ気をつけて帰ってね!!」


「あっ……」


 俺は握りしめたミアの手を離すと、全速力で逃亡する。


 主人公とのフラグは折った。

目的は達成したし、これ以上はミアとの接触は危険だ。


「しばらくは“フードの男“を追いかけてくれよ」


 ゲームでは月日が経つにつれて、ミアの感情は不安定になっていく。それが暴走に繋がる。

とくに“恋”なんて感情は一番メンタルが揺れ動くもの。


「正体がバレたら、今度は俺が刺されるかもな」


 自然と出た苦い笑みをローブで隠す。

しばらくミアには恋愛関連のイベントを遠ざける必要がある。

かといって、別のイベントで主人公へ惚れられても困る。


 だからこそミアには自分を助けた“ローブの男”を追っかけてもらう。


「なにより、主人公とレンカのルートを進めないといけないしな」


 俺の目標はレンカが殺されず、主人公と幸せになってもらうことだ。

しかし、ゲームのレンカルートへ行く為のフラグである『ミアとの接触』は俺が折った。

俺が代わりに主人公とレンカの間を取り持たないといけない。


「俺の役割はモブでいい。けど、彼女の物語は幸福であってほしい」


 俺はフードを上げて、選択肢に縛られず自由に走り出すのであった。



「“モブ”……」


 つい数分前。

ローブの男に助けてもらった少女ミアは一人きりでポツリと呟く。


「見返りもなく助けてもらえたなんて初めて……」


 トクン、トクンと彼女は心音が高鳴るのを感じる。

今までの人生、ミアへ近づく男性は下心のある連中ばかりであった。

しかし、フードの男は純粋にミアを助けてくれたのだ。


 おかげで彼女は経験の無い高鳴りに困惑していた。


「“モブ”さん……ふふふ、“モブ”さん、“モブ”さん、“モブ”さん」


 彼女は何度も何度も何度も、“モブ”と口にしては言語化できない感情の心地よさを覚えていた。


『名乗るほどの者じゃないよ。なにせ“モブ”だから』

 フードの男の言葉の意味は分からない。

けれど、彼に対してミアは特別な感情が芽生え始めていた。


「また、会いたいな……ううん、探さないと」


 もう一度、会って、「どうして助けてくれたの?」と、聞きたい。

 そうすれば、“この”感情の意味も分かるよね?


「“モブさん”。次は、私のほうから見つけるから——逃げないでね?」


 彼女は影のある微笑みを浮かべながら、“その”ルートへの選択を進み始めるのであった。

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2026年1月1日 07:02
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学園恋愛ゲームのモブに転生した俺、幼馴染ヒロインの死亡ルートを回避するため攻略対象外のヤンデレヒロインを攻略したら、依存的に懐かれてしまったのだが ジェネビーバー @yaeyama

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