学園恋愛ゲームのモブに転生した俺、幼馴染ヒロインの死亡ルートを回避するため攻略対象外のヤンデレヒロインを攻略したら、依存的に懐かれてしまったのだが

ジェネビーバー

第1話 モブから始めるヤンデレヒロイン攻略

「12月24日に彼女は殺される」


 これは俺だけが知っている”ゲームの結末”だ。


 4月の穏やかな陽光が学び舎の窓から差し込む春の昼下がり。

6限目の授業が終わり、生徒が各々の放課後を過ごそうと動き始める中、とある男女の喜び混じりの会話が聞こえてくる。


 赤毛の男と栗毛のボブカットの少女。

傍から見ればカップルと勘違いしそうな二人組は当たり障りない会話を繰り広げていた。


「それでね~、魔法学の筆記は満点だったけど、実技は補習になっちゃってね。だから、今日は一緒に帰れないんだ」


「なに笑っているんだよ。補習開始までに魔法の練習をするぞ、レンカ」


「えへへ~、ありがと。補習、楽しみだね~」


「補習を楽しむなよ」


 赤毛の男子のツッコミに、不幸なんて知らなさそうな笑みを浮かべる”レンカ”と呼ばれる少女。

とても平穏で、これから彼女に悲劇が降り注ぐなんて誰も想像しないだろう。


 その二人の光景を教室の後ろから眺める男が一人……そう、俺である。

そして、俺だけが重要な情報を知っている。


 レンカがクラスメイトの女子に未来を……。


「ここからはセーブもロードも無い一発勝負だ」


 俺は深い息を吐き出しながら、の記憶を思い出す。


 さて、まずは自己紹介から。

俺のの名前は”ニール・ブラウン”という。

現在……つまり、俺には前世が存在している。


「まさか十代の学生に転生するとは」


 社畜サラリーマンがある日、目が覚めたらいつの間にか転生していた。

 すごく雑っ!!……だが、最大の問題は別にある。


「あの子、殺されるんだよな……」


 視界に映る、陽だまりのような笑みを浮かべるレンカを見ながら、小さく呟く。


 まず、この転生先は『リグレットメモリア』というゲーム世界である。

ジャンルは”ファンタジー学園恋愛ゲーム”という凡庸なジャンルなのだが……


『メインヒロインの全てのルートが死亡エンド』

という、ハッピーエンドが存在しない物語なのである。

真エンドを探すために一時期SNSで話題になったくらいである。

結局、真エンドなんてなくて、低予算のクソゲーという評価で落ち着いたけどな。


「だけど、俺はリグレットメモリアの世界に転生した」


 俺は席から立ち上がり、未来で殺されるヒロイン”レンカ・メリング”を横目で見ながら、教室を後にする。


「もしかしたら、今度こそ彼女を救えるかもしれない」


 この転生先はゲーム設定を引き継いだ、限りなくリアルに近い世界なのである。

セーブやロードもない。選択肢もない。

なにより、そう確信させる要素があった。それは……。


「ちょっと待って!!」


 そんな時、廊下を歩き始めた俺を背後から呼び止める声が聞こえてくる。

振り返ると、レンカが栗毛の髪を揺らしながら近づいてきた。


「はい、これ、落としたでしょう?」


 彼女の手には学生証が握られていた。

考え事をしていたせいで落としたことに気づかなかったらしい。


「ありがとう、レンカ」


「えへへ、どういたしまして。私もドジで落とし物とかしょっちゅうだから、気をつけようね~」


「あはは、もし今度、レンカが落とし物をしたら、俺が届けてあげるよ」


「うん、期待してるね~」


「落とし物する前提なんだ」


 俺は学生証を受け取ると、彼女は裏表なく明るく笑い、「またね」と再び教室へと戻る。

その手を振って消える姿を見ながら、俺はベタにも心音が早まるのを感じる。


「……いや違う、恋じゃない。これは死なせたくないって感情だ」


 廊下に残された俺は学生証を眺めながら、”ニール・ブラウン”という名前を見て苦笑する。


「まさか“モブキャラ”に転生するとはな」


 そう、俺はリグレットメモリアの主人公に転生したわけではないのだ。


 先程、教室でヒロインのレンカと楽しく話していた赤毛の男。

あれが、本来のゲームの主人公である。


 この”ニール・ブラウン”という名前はゲーム内で聞いたことがない。


 前世では何度もゲームを繰り返し、徹底的に調べ尽くしたから間違いない。

もしかしたら、ゲームの教室背景に後ろ姿で映ってたかもしれないけどな。


 とにかく、この世界がゲームとは異なると確信を得た理由が“モブ”転生なのだ。


「モブ相手にも君は優しいよな……」


 当然、ゲーム内でレンカがモブに落とし物の学生証を渡すシーンは存在しない。

しかし、彼女は俺に学生証を届けてくれた。

レンカはそういう人物なのだ。


「だから、俺は君を救ってやりたい」


 ゲームでは何度も彼女が死ぬ終わりを見てきた。

そうしているうちに俺の中ではヒロインの”レンカ”を助けてやりたいという気持ちが増幅していったのである。


 だからこそ、この転生はチャンスである。


「レンカをには殺させない」


 これから先、起こり得るレンカの死亡フラグを先回りして防げれば、生存ルートだっていけるかもしれない。


 前世で学生だった頃、ぼっちな俺が人生ではじめて購入したADV。

青春の一時を注いだゲーム。


 世間でクソゲーと言われようが、俺にとっては思い出深いゲームなのだ。


 だからこそ思う。

今度こそ、ヒロインであるレンカを救ってみせる。


「モブに転生した意味なんて知らない。だが――レンカを救う。それだけは譲れない!!」


 これがゲームだろうが、リアルだろうが、人の生死が関わっているのに変わりはない。

今はただ、ありのままの現状を受け入れて前に突き進むだけだ。


 俺は学校を抜け出し、春先の温かな風を受けながら走り出す。

そして、俺が向かったのは、学園近くにある大通りだった。


 飲食店から服やアクセサリーを取り扱うアパレルショップなどの店が立ち並び、小さな活気を生んでいた。

無論、学園からのアクセスも良いため、制服姿の学生もちらほらと見える。


 そんな中、俺は緊張と息の上がりで、 短い呼吸を繰り返しながら周囲を観察する。


「……居た」


人通りの多い商店街。歩行者の中で、一際目立つ銀髪のロングヘアをなびかせる背中が見えた。


「”ミア・オランテス”――」


 彼女の名前を口にしながら、俺は震えるほどに手を握りしめる。

 そう、ミアこそがヒロイン”レンカ”を殺すクラスメイトなのだ。


「ここからが本番だ」


 ゲーム内で彼女はレンカを殺す運命を背負ったヤンデレヒロインである。

そして、攻略対象外のヒロインでもある。このゲームがクソゲーと呼ばれる理由の一つだ。


 だが、今回は違う。物語に介入するのは選択肢の無い”モブ”なのだから。


 そして、主人公とレンカの恋路を成就させる最善の手段は一つしかない。


「お前を攻略してやるよ、ミア」


 全てのターニングポイントはミアの”初恋”。

 彼女の恋は暴走し、やがて――。


「だからこそ、お前を俺に縛り付けてやる」


 徹底的にモブの俺に依存させ、追わせて、他の人間なんて眼中にならないくらいに盲目に惚れさせてやるよ。

それで、レンカが生き残り、笑ってくれるなら……


「俺は悪にでもなってやる」


 その瞬間、まるで俺の心を見透かしたように、ミアの銀の髪が翻り、蒼い瞳と視線が一瞬だけ交錯する。


 震えはもうない。

 俺は一歩踏み出して、最初の選択を始めるのだった。

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